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更級日記

(三)くろとの浜

 十七日の朝早く立つ。
 昔、下総の国に「まの」の長という人が住んでいたそうな。
 布を千匹も一万匹も織らせ、さらさせた人の家の跡ということである。深い川を舟にて渡る。
 昔の門の柱がまだ残っているのだという話で、大きな柱が川の中に四つ立っている。
 人々が歌を詠むのを聞いて、私も心の内に

  朽ちもせぬこの川柱残らずは
   昔の跡をいかで知らまし

(もしこの川の柱が朽ちもせず残っていなかったら、昔の跡をどうして知ったことだろう)

 その夜は「くろと」の浜というところに泊まった。
 片一方は広やかで、砂ははるばると白く、松原も茂って、月ははなはだ明るいところで、風の音もはなはだ寂しい。
 人々が面白がって歌を詠みなどするので、私も

  まどろまじ こよひならではいつか見む
   くろとの浜の 秋の夜の月

(まどろみもすまい。こよいでなくてはいつ見られよう。くろとの浜の、秋の夜の月を)
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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