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更級日記

(十五)梅の立ち枝

 私のまま母であった人は、宮仕えをしていたのが上総に下ったのだから、思っていたのと違うことなどもあって、夫婦の仲も恨めしげで、ほかに移ることになって、五つばかりの子供などとともに、
「優しかったあなたのお心のほどを、忘れることは一生ありますまい」
などと言って、軒端に近い梅の木が本当に大きかったのであるが、これの花が咲く折にはまたここへ来るでしょうよと言い置いてほかへ移ってしまうのを、心の内に、恋しく物悲しく思いつつ、忍び泣きをするのみでその年も改まった。
 ……早くこの梅が咲いてほしい。また来るでしょうということだったけれど、そうなるだろうか……と梅を見守って待ち続けるのに、その花も皆咲いてしまったけれど、訪れもなく、思い煩うて私は、その花を折って母へ歌をやる。
 
  頼めしをなほや待つべき
   霜枯れし梅をも春は忘れざりけり
 
(当てにさせておいて、なおも待たねばならないのですか。霜枯れた梅のことすら、春は忘れずにいたのですよ)
 
と言いやったところ、母は優しい言葉を書いて
 
  なほ頼め 梅の立ち
   契りおかぬ 思ひの外の人も問ふなり
 
(なおも当てにしていなさい。高く伸びた梅の枝は、契っていない思いの外の人も訪れるそうですよ)
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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