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更級日記

(三十九)父下向

 文月十三日に父は下る。
 五日前からは、なまなかに父を見るのも何だろうからと、親のいる母屋にも入らない。
 当日は立ち騒いで、その時になってしまった以上は、すだれを引き上げて、顔を見合わせて、涙をぽろぽろ落として、そのまま出ていってしまうのを見送る心地は、ひどく目もくらんで、そのまま横になってしまうけれども、こちらにとどまる家来が父の送りをして帰った時に、懐紙に
 
  思ふこと心にかなふ身なりせば
   秋の別れを深く知らまし
 
(思うことが心のままになる私であったなら、秋との別れをあなたと深く知ることもできたろうに)
 
とばかり書かれていたのを見やることもできず、もっとましなときであれば、腰折れになりかかった歌でも考え続けたのだけれども、ともかく言うべき手立ても思いつかぬままに
 
  かけてこそ思はざりしか
   この世にてしばしも君に別るべしとは
 
(かつて思いもしませんでした。この世でしばしもあなたに別れねばならぬとは)
 
と書かれたのでもあろうか。
 人が見えることもますますなくなってゆき、寂しく心細く物を思いつつ、父はどの辺りだろうかと明け暮れ思いやっていた。
 道中も知っているので、はるかに恋しく心細く思うことは一通りでない。
 明けてより暮れるまで、東の山際を眺めて過ごす。
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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