文月十三日に父は下る。
五日前からは、なまなかに父を見るのも何だろうからと、親のいる母屋にも入らない。
当日は立ち騒いで、その時になってしまった以上は、すだれを引き上げて、顔を見合わせて、涙をぽろぽろ落として、そのまま出ていってしまうのを見送る心地は、ひどく目もくらんで、そのまま横になってしまうけれども、こちらにとどまる家来が父の送りをして帰った時に、懐紙に
思ふこと心にかなふ身なりせば
秋の別れを深く知らまし
(思うことが心のままになる私であったなら、秋との別れをあなたと深く知ることもできたろうに)
とばかり書かれていたのを見やることもできず、もっとましなときであれば、腰折れになりかかった歌でも考え続けたのだけれども、ともかく言うべき手立ても思いつかぬままに
かけてこそ思はざりしか
この世にてしばしも君に別るべしとは
(かつて思いもしませんでした。この世でしばしもあなたに別れねばならぬとは)
と書かれたのでもあろうか。
人が見えることもますますなくなってゆき、寂しく心細く物を思いつつ、父はどの辺りだろうかと明け暮れ思いやっていた。
道中も知っているので、はるかに恋しく心細く思うことは一通りでない。
明けてより暮れるまで、東の山際を眺めて過ごす。
五日前からは、なまなかに父を見るのも何だろうからと、親のいる母屋にも入らない。
当日は立ち騒いで、その時になってしまった以上は、すだれを引き上げて、顔を見合わせて、涙をぽろぽろ落として、そのまま出ていってしまうのを見送る心地は、ひどく目もくらんで、そのまま横になってしまうけれども、こちらにとどまる家来が父の送りをして帰った時に、懐紙に
思ふこと心にかなふ身なりせば
秋の別れを深く知らまし
(思うことが心のままになる私であったなら、秋との別れをあなたと深く知ることもできたろうに)
とばかり書かれていたのを見やることもできず、もっとましなときであれば、腰折れになりかかった歌でも考え続けたのだけれども、ともかく言うべき手立ても思いつかぬままに
かけてこそ思はざりしか
この世にてしばしも君に別るべしとは
(かつて思いもしませんでした。この世でしばしもあなたに別れねばならぬとは)
と書かれたのでもあろうか。
人が見えることもますますなくなってゆき、寂しく心細く物を思いつつ、父はどの辺りだろうかと明け暮れ思いやっていた。
道中も知っているので、はるかに恋しく心細く思うことは一通りでない。
明けてより暮れるまで、東の山際を眺めて過ごす。