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更級日記

(七十九)後の頼み

 さすがに命は、このつらさにも絶えることなく長らえているようだけれども、後の世のことも思うままにはなるまいと、それが心に懸かる中に、頼みにすることが一つあるのである。
 天喜三年十月十三日の夜の夢に……
 
 居処の軒端の庭に阿弥陀仏が立っておいでになる。
 定かにはお見えにならず、霧が一重隔たったように透いてお見えになるのを、強いて霧の絶え間に拝見すれば、蓮華の座が、土から上がって高さ三、四尺にあり、仏の御丈は六尺ばかりで、金色に光り輝いておいでになり、片方の手をば広げたように、もう片方の手には印を作っておいでになるのを、ほかの人の目には見つけ奉らず、私一人拝見しているのに、さすがにひどく恐ろしいのですだれの近くに寄って拝見することもできずにいたところ、仏が
「それでは、この度は帰って後に迎えに来ましょう」
とおっしゃる声が私一人の耳に聞こえて、人は聞きつけもしない……
 
と見たところで目を覚ませば十四日になっている。
 この夢ばかりを後の頼みとしていたのである。
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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