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源氏物語

桐壺(三)

桐壺帝、更衣を恋慕。
 
月日を経て、源氏、参内。
 
源氏四歳の春、第一皇子、立太子。
 
源氏、六歳。更衣の母、死去。
 
源氏、七歳。読書始ふみはじめ
 その頃、高麗こうらいの人が参上していた中に、優れた人相見がいるということをお聞きになって、外蕃がいばんの人を宮の内に召すことは宇多のみかどの戒めがあるので鴻臚館こうろかんに、はなはだ忍んでこの皇子を遣わした。御後見のように奉仕している右大弁の子のように思わせて伴い奉ると、人相見は、驚いて度々疑い怪しむ。
「国のおさとなって帝王のこの上ない位に昇るべき相がおありになる人のようでいて、そちらで見れば、国の乱れを憂えることがあるでしょう。天子を警固し天下を助ける方で見れば、またその相も外れるはずです」
と言う。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 右大弁も、学問の極めて優れた博士であって、高麗の人と言い交わした言葉は非常に興あるものであった。詩など互いに作って、今日明日にも帰り去ってしまおうとするのに、こうしてまれな人に対面した喜びは、かえって悲しいことであろう、という趣で、面白く高麗の人が作ったところ、皇子も、至って美しい句をお作りになったので、この上なくめで奉って、素晴らしい贈り物を捧げ奉る。朝廷からは、多くのものを賜りもする。おのずから事は広まって、いかなる相であったか主上は漏らされぬけれども東宮の祖父の右大臣などは、いかなることであろうかと思い、疑っておいでになった。帝は、恐れ多いおもんぱかりに大和相をお言い付けになっていて思い当たる節もあったことであり、今までこの君を親王にもさせておいでにならなかったので、あの人相見は誠に優れていたのだとお思いになって、「無品むほんの親王で、外戚の後ろ盾もないまま漂わせはしまい。私の代もいつまでのことか至って定めないので、臣下として天子の後ろ盾をさせたら行く先も頼もしかろうと見える」とお思い定めになっていよいよ皇子に道々の学問を習わせる。殊に賢くて臣下にするには至って惜しいけれども、親王にしておしまいになれば世の疑いをお負いになるはずであるし、宿曜すくようの道の、優れた人に占わせても、同じことを申すので、この皇子を源氏となし奉るべくお思い定めになった。年月のたつに従っても、更衣のことを思うてお忘れになる折はない。心も慰むかと、相応の人々を参上させたけれども、更衣になぞらえて考えられる人すらめったにいない世の中であるよと、疎ましくばかりよろずに思われてきてしまうのであるけれども、先帝の四の宮で、お姿の優れていらっしゃるという聞こえが高くておいでになるお方を、その母である后が、世にないほど大切にしておいでになるのを、今は主上に伺候しているかの典侍は、先帝の御代の人であってその后の宮にも、参上して慣れ親しんでいたので、四の宮が子供でいらした時から拝見しており、今でもちょっとお目に掛かることがあって、
「お亡くなりになった更衣のお姿に似ておいでになる人は、この三代ずっと宮仕えをしておりますけれども、見つけられませんでしたのに、あの后の宮の姫宮は、御成長なさってからは本当によく似ておいでになりますよ。まれな美形でございます」
と奏したところ、それは誠かとお心に留まるままに懇ろに御連絡なさった。母の后は、「ああ恐ろしい。弘徽殿の女御が本当に善くないお方で、桐壺の更衣が隠れもなく粗略に取り扱われてしまったためしもはばかられて」と、快くもお思い立ちにならない内に、この后も亡くなっておしまいになった。
 四の宮がお心細い御様子なので、主上は
「ただ私の娘たちの、同じ仲間にお思い申し上げましょう」
と至って懇ろに人に言わせる。宮に伺候する人々、御後見たち、御兄弟の兵部卿ひょうぶきょうの宮なども、「こんなふうにお心細くていらっしゃるよりは、内裏住まいをさせたら主上のお心も慰むであろう」などとお思いになって参上させた。この宮を藤壺と申し上げる。誠に、御容貌、御様子、怪しいまでに更衣に似ておいでになるのである。こちらのお方は、御身分が勝って世の覚えもめでたく、誰にもおとしめられないので、遠慮もなく、物足りないこともない。あのお方は、人に許されなかったので主上のお慈しみも間が悪かったのである。
 お気が紛れるということではないけれども、おのずからお心も移ろうて格別慰むようであるのも、はかないことであった。
 今は源氏となった君が、辺りをお去りにならないので、主上がしげく通っておいでになるあのお方はなおさら、この君に面を伏せているわけにゆかない。自分が人に劣るとは、どなたがお思いになるであろう、取り取りに本当にお美しいけれども、源氏よりは御年配でいらっしゃるのに、藤壺の宮は至って若く愛らしくて、ひたむきに隠れておいでにはなるのだけれどもおのずからひそかに源氏は拝見することがあった。母の更衣のことも、影すら覚えておいでにならないのに、本当にあのお方はよく似ておいでになりますとあの典侍が申し上げたのを若いお考えにも、本当にいとしくお思いになって、常にそのお方のところへ参りたく、お目に掛かってむつみ合いたく思われる。主上も、この上なく藤壺をお思いになる同士として、
「あの子を疎んではいけませんよ。怪しいことに、あなたを母親によそえてしまいそうな心地がするのです。無礼と思わず、愛らしく思っておあげなさい。顔つき、目色などは、本当にあなたはあの母親によく似ておいでになるゆえ、あの子からも似通ってお見えになるのですよ」
などと言付けをなされば、源氏の君も、幼心に仮初めの花や紅葉につけても思慕の心をお見せする。
 源氏がこよなく心をお寄せになるので、弘徽殿の女御はまた、この宮との仲にも角が立っているのに、付け加えて元よりの憎さも顔を出して、その息子までいとわしくお思いになった。世に類いないと主上も御覧になり、名高くておいでになる、東宮のお姿になおも比べようがないほどの、源氏の君の匂やかさ、愛らしさであるので、世の人は、光る君という名をお付け申し上げる。藤壺は、主上の覚えがこれにお並びになるので、輝く日の宮と申し上げる。
源氏、十二歳。元服。その夜、左大臣の娘(葵上あおいのうえ添臥そいぶしに。
 
蔵人くろうど少将(後の頭中将)右大臣の四君をめとる。
 
二条院、造作。(桐壺終)
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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