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源氏物語

若紫(三)

十月、朱雀院行幸。
 
北山の尼君、死去。
 
源氏、京極の家に宿り、少納言乳母に会う。翌朝帰路、随身にいもが門の歌を歌わせる。惟光を京極の家に遣わして姫君を問う。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 源氏の君は、「どうしたものか。醜聞も立とうことだ。せめて年のほどだけでも、わきまえもあり、女も心を交わしたことであろうと推し測られるようならば、世間並みのことだが、それでも父宮に尋ね出されたら、間の悪いことであろう」と思い乱れておいでになるけれども、そのままに時を逃してしまうのはいたく口惜しいはずであるから、未明の内に出てゆこうとなさる。北の方は、いつものように、愛想もなく、わだかまりも解けないでいらっしゃる。
「二条の方に、本当に、どうしても見なければならぬことがあるのを思い出しまして。きっとすぐに帰って参りましょう」
と言って出られて、伺候する人々にも知らせなかったのである。その前に自室で、直衣などはお召しになる。そうして、惟光ばかりを馬に乗せて、行っておしまいになる。門をたたかせると、訳を知らぬ者が開けたので、そのままお車をそろそろと引き入れさせて惟光の大夫たいふが、妻戸を鳴らしてせき払いをすれば、少納言の乳母が聞いてそれと心得て出てきた。
「こちらまでおいでになりましたよ」
と大夫が言えば、
「幼い人ならお休みになっております。どうして、こんな夜更けにおいでになりました」
と、何のついでだろうと思って言う。
「父宮のところへお移りになるはずだと聞きますので、その先に申し上げておこうと思いまして」
と源氏がおっしゃれば、
「何事でございましょう。さぞかししっかりとお答え申し上げられますでしょうね」
と言って笑っている。源氏の君が這入ろうとなさるのでいたく気が引けて、
「見苦しい年寄りどもがくつろいでおりますから」
と申し上げる。
「まだお目覚めではあるまいな。さて、お起こし申そう。この朝霧を知らずに寝ておられるものか」
と言うままにお這入りになるので、「もし」とも申し上げられない。姫君は、何心もなくお休みになっているのに、源氏がいだいて目を覚まさせるので『お父様が、お迎えにいらしたのだ』と、寝ぼけて思っておいでになる。その髪を繕いなどなさるままに源氏は、
「さあ共にいらっしゃい。私はお父様の使いで来ているのです」
とおっしゃるけれども、違う人だ、とあきれて、恐ろしく思っているらしいので、
「ああ情けない。私も同じ身分ですよ」
と言うままに、かき抱いて出ようとなさる。それで大夫、少納言などは
「これはどういうことです」
と申し上げる。
「ここへは常に来られるわけでもなく心もとないので、心安いところにと申し上げていたのに、情けなくもお移りになるということで、なおさら申し上げにくくなりましょうから。誰かもう一人おいでなさいな」
とおっしゃるので、少納言は心も落ち着かぬまま
「今日では本当に具合が悪うございましょう。宮がおいでになったら、何と言いやればよいのです。おのずから程経て相応な時においでになればどうとでもなることでしょうに、本当に想像もいたしませんほどのことですから、伺候する人々も苦しがりましょう」
と申し上げれば、
「ままよ、人が来るのは後でもよかろう」
と言ってお車を寄せさせるので、驚いて、どうしたものかと思い合っている。姫君も、いぶかしく思ってお泣きになる。少納言は、とどめ申す手立てもないので、ゆうべ縫っておいた姫君の服を引っ提げて、自らも、まずまずのきぬに着替えて乗ってしまう。二条院は近いので、まだ明るくもならない間においでになって、西の対にお車を寄せてお降りになる。そうして姫君をば、軽々とかき抱いてお降ろしになる。少納言が
「本当になおも夢の心地でございますけれど、私はどうしたものでしょうか」
とためらっているので、
「ここへいらしたのはあなたの心と聞こえますがね。御当人は移し奉ってしまいましたから、帰ってしまおうということならば送ってもよいのですよ」
とおっしゃるので、はにかんで、降りてしまう。と、にわかに興も冷め、胸も静まらず「宮はどうお思いになって、何とおっしゃることであろう。姫君も、果てはどうなるはずの御境遇であろう。とにもかくにも、頼もしい人々に先立たれておいでになるのが悲しいこと」と思うにも、涙は止まらないけれど、さすがにはばかられてこらえている。
 こちらは、お住まいになっていない対なので、帳台などもないのであった。惟光を召してここかしこに帳台、屏風などの支度をさせる。几帳はかたびらを引き下ろすばかり、敷物などはただ繕うばかりになっているので、東の対に、夜具を取り寄せに人をお遣わしになって、お休みになってしまう。姫君は、「本当に恐ろしい。どんなふうにされるのだろう」とわななかれたけれども、さすがに、声を立ててもお泣きになれず、
「少納言のところで寝ます」
とおっしゃる声は本当にいとけない。
「今はもう、そうやってお休みにはなれないのですよ」
と源氏がお教えになると、姫君は本当に悩ましくて泣き伏しておいでになる。乳母は、床に伏すこともできず、物を考えることもできないで起きていた。
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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