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更級日記

(二)旅立ち

 門出した先は、囲いなどもなくて、仮初めのかや屋でしとみなどもない。
 すだれをかけ、幕など引いてある。
 南ははるかに野の方が見やられる。
 東西は海が近くていたく面白い。
 一面に夕霧が立ってはなはだ面白く、朝寝もせずあちこちを見る。そこを立つのは物悲しかったが、その月の十五日、雨が降って暗い中、国境を出て、下総の国の「いかだ」というところに泊まった。
 今にいおりなど浮いてしまいそうに雨が降りなどするので、恐ろしくて寝ることもできない。
 野中に丘のようになっているところにただ木が三つ立っている。
 その日は、雨に濡れたものを干し、国に立ち後れた人々を待つということでそこに日を暮らした。
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(一)物語に憧れて

 東国の果てのなお奥の方に育った私が、何ほどか見苦しかったであろうに、どうして思い始めたことか……世の中に物語というものがあるそうだが、何とかしてそれを見たい……と思いつつ、つれづれな昼間や宵の集まりに、姉やまま母などの人々が、その物語、あの物語、光源氏の有り様などをところどころ語ってくれるのを聞くにも、ますます知りたくなるけれども、どうして私の思うままに、暗誦あんしょうしてくれることがあろう。
 はなはだじれったいので、等身に薬師仏を造って、手を洗いなどして、人が見ていない間にひそかにその部屋に入っては
「京には物語が多くありますそうですが、早く私を上京させて、ある限りお見せください」
とひれ伏してぬかずき、祈り申し上げていると、十三になる年に、上京するということで、長月の三日に門出して「いまたち」というところに移った。
 年来遊び慣れているところを、あらわに壊し散らして立ち騒いで、日の入り際、一面に霧が立ち、至って恐ろしい頃に、車に乗ろうとしてふと見やれば、人の見ぬ間に参ってはぬかずいたあの薬師仏が立っておいでになるのを、見捨て奉るのが悲しくて、人知れず泣かれた。
(原文)
 東路あづまぢの道の果てよりもなほ奥つ方に生いいでたる人、いかばかりかは怪しかりけむを、いかに思ひ始めけることにか、世の中に物語といふもののあなるをいかで見ばやと思ひつつ、つれづれなる昼間、宵居よひゐなどに姉、継母ままははなどやうの人々の、その物語、かの物語、光源氏ひかるげんじのあるやうなど、ところどころ語るを聞くに、いとどゆかしさ増されど、我が思ふままに空にいかでか覚え語らむ。
 いみじく心もとなきままに、等身に薬師仏やくしぼとけを造りて手洗ひなどして人間ひとまにみそかに入りつつ、京にとく上げたまひて物語の多くさぶらふなるある限り見せたまへと身を捨ててぬかを突き祈り申す程に、十三になる年、上らむとて長月三日門出していまたちといふところに移る。
 年頃遊び慣れつるところをあらはにこぼち散らして立ち騒ぎて、日の入り際のいとすごくきり渡りたるに、車に乗るとて打ち見やりたれば、人間ひとまには参りつつぬかを突きし薬師仏やくしぼとけの立ちたまへるを、見捨て奉る悲しくて人知れず打ち泣かれぬ。

「原文」は “バージニア大学 Japanese Text Initiative”(下記リンク)のテキストに作成者が句読点を付し一部の仮名を漢字に直したものです。

http://jti.lib.virginia.edu/japanese/sarashina/SugSara.html

読点は主に以下の目的で打ちました。
・接続詞、接続助詞、副助詞、助詞を伴わない名詞の係る範囲を示す。
(父は喜び、母は悲しんだ。)
・格助詞の係る先を明確にする。
(大急ぎで、逃げた男の後を追い掛けた)
・要素の並列を示す。
(夏の海水浴、秋のハイキング)
・漢字が連続するときに文節の切れ目を示す。
(その時、戸が開いた)
※直接係る単語の間には打たない。
(その時開いた戸)

以下の語を漢字で表記しました。
・常用漢字表にあるもの
・漢語
・固有名詞、人物の呼称
・動植物名
・一音節の名詞
・その他特定の単語[狩衣(かりぎぬ)など]