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ラフュマ版『パンセ』(パスカル)

628

 傍にいる人に評価されたいという気持ち。
 誇りは私たちの不幸や誤りなどの中にあって自然に私たちを占領してしまう。人の語り草になる限り、私たちは喜んで命を捨てる。
 虚栄心、遊戯、狩猟、訪問、喜劇、名の偽りの永続。
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ラフュマ版『パンセ』(パスカル)

627

 虚栄心は人の心に深く刻み込まれているので、兵士、従卒、料理人、人足も自画自賛して崇拝者を得ようとし、そのようなことを哲学者までもが望み、そのようなことに反対意見を書く人もうまく書いたものだという栄誉を得たがっており、それを読む人も、そのようなものを読んだという栄誉を得たがっており、これを書いている私もそのような欲求を持っているかもしれず、それを読む人ももしかしたら……
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626

 真の幸福の追求。
 大衆はその幸福を富と見せ掛けの幸福とに、少なくとも娯楽に託す。
 哲学者たちはそのすべてのむなしさを示し、託せるところに幸福を託してきた。
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625

 不正。
 みじめさにうぬぼれまで加えるのは極度の不正である。
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624

 預言。
 神はイエス・キリストの敵を服従させ、その間、イエスは神の右の座にいるであろう。
 だからイエスは自ら服従させようとはしまい、という。
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623

 自分が何者であるかを追い求めずに生きることが極度の盲目であるとすれば、その中でも神を信じていながら悪い生き方をすることは恐ろしいことである。
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622

 退屈。
 人間にとってこの上なく耐え難いことは、完全に安穏として情熱もなく、仕事もなく、娯楽もなく、用事もないことである。
 そんなときに、自分が無で、見捨てられ、不足で、依存し、無力であり、空虚であるのを感じる。
 すぐに心の奥底から退屈を、暗闇を、悲しみを、いら立ちを、恨みを、絶望を引き出してしまう。
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621

 人間の中、理性と情熱との間の内乱。
 情熱がなくて理性だけがあれば。
 理性がなくて情熱だけがあれば。
 けれども両方があっては戦いが起こらないわけにいかない。一方と平和を保てば他方と戦うことになる。だから人間は常に分裂し、矛盾している。
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620

 人間が考えるようにできていることは明らかである。それのみが人間の威厳であり、長所である。人間の義務はしかるべく考えることのみにある。さてその考える順序は自分というもののこと、その作者と目的から始まるのである。
 しかし世間が考えていることは何だろう。決してそんなことではなく、踊ること、リュートを弾くこと、歌うこと、詩を作ること、*courir la bagueのことなどである。戦うこと、王様になることである。王様であること、人間であることは何であるかを考えもせず。
 
*馬術競技の一つ。走る馬の上から槍で輪を狙う。
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619

 ピュロン派、ストア派、無神派などの原理はすべて真である……がその結論は偽である。その反対の原理も真だから。