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源氏物語

澪標(二)


宮内卿の宰相の娘を明石の姫君の乳母として下向させる。
 紫の君には、明石のお産のことを言葉に表してはおさおさおっしゃっていなかったけれど、あれこれ聞いておいでになることがあるといけないからとお思いになって
「まあそういうことらしいよ。不思議にねじけた話でね。そうもなってほしいと思う辺りには待たされて思いの外のところにというのが口惜しいのです。女の子だそうだから、本当にいとわしいことですよ。訪ねず知らずでもいられるはずのことですが、そうそう見捨てられそうになくってね。呼びにやってあなたにも見せ奉りましょう。憎んではいけませんよ」
とおっしゃれば、面も赤らんで
「不思議なことに平生から、そんな筋のことを言い聞かせられてしまう私の心のほどが、我ながら疎ましいのです。こう人を憎むことは、いつ習ったのでしょうね」
と怨ぜられるので、源氏はにっこりと笑って
「そうだね。誰がしつけたのだろう。それにしてもそんなお姿を見るのは心外ですよ。人の本意ではない想像をして怨じたりなさるとはね。考えると悲しいことです」
と言って果ての果ては涙ぐまれる。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 年来、物足りなく恋しいと思ってくださったお心の内、折々には文を通わしたことなどをお思い出しになるにも「よろずのことは、慰み事であったのだ」と紫上は忘れてしまおうとなさる。
「あの人をこんなにまで思いやって物を言うのはなお、そう考える訳があるのですよ。しかし早くより申し上げればまた思い違いをなさるはずですから」と言いさされて「人柄が立派であったのも、所柄か、珍しく思われましてね」
などとお語りになる。夕べに塩を焼く煙の美しかったこと、その人が答えて言った言葉、正面からではないけれどその夜ほのかに姿を見たこと、琴のが艶に美しく聞こえていたことなどを総て、お心に留まったというふうに口に出しておっしゃるのにも、「自分は、又となく悲しんでいたのに、慰み事ではあっても心を分けておいでになったのだろう」とただならずお思い続けになって私は私というふうに後ろを向いて物を思うまま、私たちの仲も美しいものでしたねなどと独り言のように嘆いて
 
  思ふどちなびく方にはあらずとも
   我ぞけぶりに先立ちなまし
 
(思い合ったどうしのあなたたちがなびく方へでなくとも、私など煙になって先立ってしまえばいいのです)
 
「何だってまた。面白くもない。
 
  たれにより 世を憂み山に行き巡り
   絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
 
(誰のために、この世のつらさ故に海山を巡りゆき、絶えぬ涙に浮いては沈んでいるこの身でしょうか)
 
いやもう、いかにしてこの心を見せ奉りましょうか。総て見せるには命の方が、ままならぬもののようですけれど。だからこそたわいないことで人から面白くない思いを抱かれまいとそう思うのですが、それもただあなた一人の故なのですよ」
と言って箏を引き寄せて気の向くままに試し弾きをなさり、紫上にも勧められるけれど、例の人がこれに優れていたとかいうのが妬ましいのか、手もお触れにならない。
 この人は至って鷹揚で愛らしく、たおやかでいらっしゃるのだけれどさすがに、執念深いところがあって怨ぜられたのが、かえって愛敬があって、腹を立てられるのを、かわいらしく見所があると源氏はお思いになる。
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源氏物語

澪標(一)

神無月、源氏、故桐壺院のために御八講みはこうを行う。
 
帝、朧月夜と物語。
 
如月、東宮御元服。
同二十余日、東宮受禅。
承香しょうきょう殿女御と院との御子、立太子。
同時に源氏、内大臣に任ぜられる。
致仕の左大臣、摂政太政大臣に任ぜられる。
 
宰相中将(かつての頭中将)権中納言に任ぜられる。
四の君の娘を入内させようとする。
 
二条院の東の院、造作。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
弥生十六日、明石上お産。
 かつての宿曜すくようの占いの中でも、
「お子は三人。帝、后が必ず並んでお生まれになるはずです。最も下の者も、太政大臣として位人臣を極めるはずでございます」
と申していたことが取り分けかなったようだ。大体、御自分が無上の位に昇り、世の政を行うことになるはずと、あれほど優れた、あまたの人相見たちが口々に言っていたことを、年来は、世の中の煩わしさに皆考えないようにしておいでになったのに、藤壺の子である当代の御即位がこうしてかなったことを思いどおりのことでうれしいとお思いになる。自らも避けておいでになる筋の予言については、更にありそうもないこととお思いになる。「あまたの皇子たちの中でも優れてかわいがってくださったのにそれでも臣下とお思い定めになったそのお心を思うにも、宿世はそこから遠かったのだ。主上がこうしていらっしゃるのだから、あらわに人は知らぬことだが人相見のあの言葉も根拠のないことではなかったのだ」とお心の内にお思いになった。
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明石(三)

帝、夢に故桐壺院を御覧になる。
 
太政大臣(かつての右大臣)薨御。
 入道は忍んでまずまずの日柄を見て、母君がとかく思い煩うのを聞き入れず、弟子どもなどにすら知らせず心一つに、起き伏し丘辺の家を輝くばかりにしつらえて、十三日の月が際やかに差し始めた折に源氏にただ
 
  あたら夜の
 
(惜しむべきこの夜の月と花とを、同じことなら、美を知っている人にお見せできましたら)
 
と申し上げた。源氏の君は、物好きのようだとお思いになるけれども、お直衣を繕ってお召しになり、夜更けに御出発になる。お車も、二つとなくこしらえてあったのだけれど、窮屈だと言ってお馬で御出発になる。惟光などばかりを伺候させておいでになる。丘辺の家はやや遠く這入ったところなのである。道中も、周りの浦々を見渡されて、思い合ったどうしで見たいような入り江の月影にも、まずは、恋しいあの人のことをお思い出しになるので、そのまま馬を引いてそこを過ぎ、都へ赴いてしまおうかとお思いになる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
  秋の夜の月毛の駒よ
   我が恋ふる雲居をかけれ 時の間も見む
 
(秋の夜の月ではないが、この月毛の駒よ、私が恋うている空をかけてくれ。時の間でもあの人を見よう)
 
と独りごたれる。その家の造りようは、木立が茂って、厳かなところが勝っており、見所のある住まいである。海のほとりの家は、立派で面白かったが、こちらは、心細く住んでいる様が、こんなところにいては物思いも残すところがあるまいと想像されて切ない。三昧堂が近くて、鐘の声が、松風に響き合って物悲しく、岩に生えている松の根差しも、趣のある様子である。前栽では虫が、声を尽くしている。
石山師香いしやまもろか『源氏物語八景絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 ここかしこの様子などを御覧になる。娘を住まわせているところは殊に磨いてあって、月を入れている真木の戸口は、僅かばかり押し開けてある。ためらいながら、源氏が何かとおっしゃるにも、そんなにまでは見せ奉るまいと、深く思っているようなので、嘆かわしくも打ち解けないそんな性分を「殊の外に一人前らしくもしているな。親しくなってくださりそうもない身分の人ですら、これほどに言い寄っていれば情に引かされたものなのに、本当にこんなにも落ちぶれてしまったので侮られるのだろうか」と、憎らしそうに様々に思い悩んでいらっしゃる。「不人情に無理やりにというのも、事宜に外れる。意地の張り合いに負けるのも人目に悪いけれど」などと思い乱れながらお恨みになる様は誠に、物事をわきまえているとかいう人にこそ見せたいものである。近くの几帳のひもが箏に当たっ て音が鳴ったのも、素振りもしどけなく打ち解けながらまさぐっていたであろうその様子が見えるようで面白く、よく話に聞いておりますその琴だけでもなどとよろずにおっしゃる。
 
  むつ言を語り合はせむ人もがな
   憂き世の夢も半ば覚むやと
 
(むつ言を共に語る人がいてほしいのです。そうすればつらいこの世の夢も半ばは覚めるかと)
 
  明けぬ夜にやがて惑へる心には
   いづれを夢と分きて語らむ
 
無明長夜むみょうぢょうやにそのまま迷っているようなこの心では、どちらを夢と分けて語れましょう)
 
返歌のほのかな気配は、伊勢の御息所に本当によく似ている。何気なく打ち解けて坐っていて思いも掛けないところだったので本当にどうしようもなくて、近くにあった障子の内に這入って、どうやって固めたものか本当に緩みそうになかったから、強いて無理やりにはお開けにならないようである。されど、そうしてばかりもどうしていられようか。その人柄は至って品が良く、ほっそりとしていて、気を許せないような様子をしているのである。こうも強引な契りとなったことをお思いになるにも、感慨は浅くない。近寄って見て思慕も増さったらしく、平生はいとわしい、夜の長さも、今は早く明けてしまったという心地がするので、人に知られまいとお思いになるにも心が落ち着かなくて、懇ろに語らっておいて出ておしまいになる。きぬぎぬの文は、今日はいたく忍んで出してきたのである。むやみにやましくなられたのであろうか。女の方でも、こんなことはどうしても漏らすまいとして文の使いを、事々しくももてなさないことに、入道は胸を痛めている。その後は男も、忍びつつ時々おいでになるのみである。それは「道のりも少し離れているしおのずから、口さがない海人が交じってきて見られたりしないだろうか」と気兼ねをしておいでになったのだが、女の方ではそれを案の定おいでがなくなったと悲しんでいるので、誠にどうなるのであろうと入道も、極楽への願いも忘れてただその気配を待つということになった。こうして今更に心を乱すことになるのも、至って哀れなことである。
 こんなことを二条院の君が、風の便りにも漏れ聞かれることがあったら、戯れだとしても心の隔てがあったのだと思われて疎まれようと、それが心苦しく恥ずかしく思われるのも、ひたむきな、お慈しみのほどなのである。「自分の放蕩をさすがに、気に留めて恨んでいらした折々もあったが、なんだって、無意味な慰み事につけてそんなふうに思われたりしたのだろう」などと時を取り返したくなり、明石の君の様子を御覧になるにつけても、二条の君への恋しさが慰む手立てはないので、いつもより文を細やかにお書きになって
 
そうそう、我ながら不本意な出来心のせいであなたに疎まれた折々を思い出してさえ胸が痛いのにまたしても、怪しくはかない夢を見たのです。このように問わず語りに申し上げたことに、私の隔てのない心のほどを思い合わせてください。
 誓ひし言も
(誓った言葉をたがえたら、神よ、理非を判断してください)
 
などと書いて、
 
何事につけても、
 しほしほとまづぞ泣かるる
  仮初めの海松布見る目は海人のすさびなれども
(さめざめとまずは泣かれるのです。仮初めにあの人に添うたことは海松のような海人の慰み事ですけれども)
 
とあったそのお返事には、何気なく可憐に書いて
 
忍び兼ねてのその夢語りにつけても、思い合わせられることは多うございますのに、
 うらなくも思ひけるかな
  契りしを松より波は越えじものぞと
(うっかり思っていたものですね。契ったのだから松を波が越え不実な心をあなたが持ったりはしまいと)
 
あっさりとはしているけれども一際優れたほのめかしようなので、本当にいとしく放っておき難く御覧になって、その名残も久しく、忍びの旅寝もなさらないようになる。女は、思っていたとおりになったので、今は誠に身を投げてしまおうという心地がする。「行く末も短そうな親ばかりを頼もしい者として、いつの世に人並々になるはずの身とも思ってはいなかったけれど、ただ何となく過ごしてきたあの年月には何事に心を悩ましたりしただろうか。男女の仲とはこんなにも悲しく物思わしいものだったのだ」と、かねて推し量りに思っていたよりもよろずに悲しいのだけれど、平らかに取り繕って、かわいらしい様子に見せている。男の方でもそれをいとしいとは、月日に従ってますますお思いになるのだけれど、打ち捨てておけないあのお方が、心もとなく年月をお過ごしになり、ただならずこちらのことを思いやっていらっしゃるであろうことが、至って心苦しいので、独り伏しがちに過ごしておいでになる。
源氏、絵を描く。紫上も同じく絵を描いていた。
正月、二十八歳。
主上、御病気。
 
文月二十余日、源氏に帰京の宣旨。
 
明石君、懐妊。
 
源氏、帰京の二日前、明石君と合奏して別れを惜しむ。
難波においてはらえを修する。
帰京して二条院に着く。
権大納言に昇進。
葉月十五夜、初めて参内。
明石での従者が帰るついでに消息を明石君に遣わす。
 
筑紫の五節の君、文を源氏に奉る。(明石終)
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明石(二)

弥生十三日、明石入道、出船の支度をして源氏を迎える。
 
源氏、舟に乗って明石の浦に渡る。
文を書いて京の使いを帰らせる。
 
明石入道、源氏のところに参って昔の物語を申す。
 
卯月、衣替えの装束のこと。
 久しく手をお触れにならないきんを源氏が袋よりお取り出しになってつかの間かき鳴らしておいでになる御様子を、拝見する人も、穏やかでなく悲しく思い合っている。広陵散という曲を、さえ渡るように残るところなく弾いておいでになると、かの、丘辺の家でも、松の声、波の音に響き合うままに、心掛けのある若人は、身に染みるように思っているらしい。何と聞き分けられそうもない、かなたこなたの年寄りどもも、出てきて不覚にも浜風に風邪を引いている。入道も、こらえられず、供養法を怠って急いで参った。
「改めて、背いてしまったこの世のこともまた思い出してしまいそうです。後の世にはと願っておりますかのところの様子も想像されますような、この夜の様子ですね」
と泣く泣くめで申し上げる。源氏自身のお心にも、折々のお遊びのこと、その人の琴、かの人の笛、あるいは、声の出し方に、時々につけて世の中にめでられていた境遇、帝を始めとして大切にあがめ奉られておいでになったこと、恋人や我が身の様子についても思い出されて、夢のような心地がなさるままにかき鳴らしておいでになる声も、物寂しく聞こえる。老人は、涙をとどめることもできず丘辺に琵琶と箏を取りにやり、入道だったのが琵琶法師となって、本当に面白く珍しい曲を一つ二つ弾いている。箏を源氏に差し上げたところ少しお弾きになったが、様々に素晴らしく思われるばかりであった。本当はさほどでもない楽器の音すら良い折には勝って聞こえるものだけれども、はるばると滞るところのない海のほとりなのでかえって、春の花、秋の紅葉の盛りよりは、ただ何となく茂っている陰が風流であるところへ、どこかの門をたたくように水鶏くいなが鳴いているのも、
 
  たが門鎖して
 
(誰から締め出されているのだろうか)
 
と物悲しく思われた。本当に二つとないを出す箏を今度は入道が至ってゆかしく弾き鳴らしているのにもお心が留まって
「これは、女が、ゆかしい様子でしどけなく弾いているのが面白いのですよ」
と一般におっしゃったのに入道は、見当違いの笑いを含んで
「あなたが演奏なさるよりもゆかしい様子をした女が、どこにございましょうか。なにがしは、延喜の帝のお手より伝えて弾くこと四代となっておりますのに、こうつたない身で、この世のことは捨てて忘れておりますけれども、どうしても気が塞ぐ折々はかき鳴らしておりましたのを不思議なことに、まねる者がここにはございまして、自然にかの帝のお手に似通っておるのですが、そう思いますのも山伏のひが耳に松風を聞き続けたせいでございましょうか。とはいえ何とかしてその人の手も、忍んで聞いていただきたいものですよ」
と申し上げるままに、わなないて涙を落としそうである。源氏の君は、
「この辺りでは琴も琴とはお聞きになりそうにないのですね。残念ですよ」と言って前にあった箏を遠ざけられて「不思議なことに、昔より箏は女が弾き方を習得するものだったのですよ。嵯峨の御伝授で女五の宮がその時分の上手でいらしたのにそのお血筋で、取り立てて伝えている人もおりません。およそ、ただ今、世の中で評判を取っている人々でも、上辺をなでて思いを晴らしているばかりなのに、こんなところでこう包み隠して弾いておいでになるとは、本当に興のあることですね。どうしたら聞けましょうか」
とおっしゃる。
「お聞きになるには、何のはばかりがございましょうか。お前に召してもようございます。あきんどの家の中にすら、琵琶を聞かせて褒めたたえられ、故事になったような人もございますが、その琵琶というのも、誠の音を見事に弾きこなす人は、いにしえにもめったにおりませんでしたのに、先ほどの者の、おさおさ滞ることのないゆかしい手などは筋が格別でございます。これもどうやって習い覚えたものでしょう。その音が荒い波の声に交じるのは、悲しくも思われながら、かき集めた嘆かわしさの紛れる折々もございます」
などと好事家らしく言っているので、面白いとお思いになって例の箏をまた、琵琶と取り替えて賜った。本当に優れた弾きぶりである。今の世には聞こえぬ筋を弾きつけて、手遣いはいたく唐風に見え、押し手の音は、深く澄んでいる。ここは伊勢の海ではないけれども
 
  清きなぎさに貝や拾はむ
 
(清いなぎさに貝を拾おうか)
 
などと声の良い人に歌わせて、源氏御自身も、時々拍子をとって声をお添えになるのを、入道が箏を弾きさしてはめで申し上げる。
 お菓子などを、珍しい様子に御用意させ、しきりに酒を人々に強いたりして、おのずから現実を忘れもしそうな夜の様子である。いたく更けてゆくままに浜風が涼しくなって月も、入り方になるままにはなはだ澄み、一同が静かになった折に入道は物語を、残りなく申し上げて、この浦に住み始めた折の決心、後の世のためにお勤めをしている様子を、ぼつぼつ申し上げて、この娘の境遇を、問わず語りに申し上げる。面白いとばかりは言えず、物悲しくお聞きになる節もある。
「本当に申しにくいことですけれども、あなた様が、こう思い掛けない地方に一時いっときでも移っておいでになったのは、あるいは、年来この老い法師が祈り申しておりますのを、神仏がお哀れみになって、しばしのほど、あなたのお心を悩まし奉っているのではないかと思っておるのでございます。その故は、住吉の神を頼み奉り始めて今年で十八年になりました。我が娘にはいとけのうございました時より心積もりがございまして、年ごとの春秋ごとに必ずそのお社に参ることがあるのでございます。昼、夜の六時の勤めにも、後世ごせはちすの上という自らの願いはそれはそれとしてこの娘を貴人のところへという本意をかなえたまえとただ念じておるのです。前世の契りがつたないからこそ、こんな取るに足らない山がつとなったのでしょうが、これでも親は、大臣の位を保っておりました。自らこうして田舎の民となっておるのです。次々とそんなふうに劣ってまいるばかりならばどんな身になってゆくのであろうと、悲しく思っておりますけれども、この娘には、生まれた時より、頼むところがございましてね。いかにして都の貴い人に奉ろうと思う心の深うございますによって、身分につけてあまたの人のそねみを負い、自身のためにも、嫌な目を見る折々も多くございましたけれど、更に苦しみとは思わず、『命の限りはきっと、この小さな衣によっても庇護しましょう。このまま先立ってしまいましたら、波の中に交じってでも死んでおしまいなさい』と命じておるのでございます」
などと、総てそのまま告げるべくもないけれどこんなことを泣く泣く申し上げた。源氏の君も、様々に物を思い続けられる折から、涙ぐみつつ聞こし召す。
「非道にも罪人にされて、思い掛けない地方に頼りない生活を送っているのも、何の罪業だかはっきりしないと思っておりましたが、こよいの物語に聞き合わせれば、『これは誠に、浅くない前世の契りではないか』と感慨も深うございます。なぜ、こうも定かに悟っておいでになったことを今まで告げてくださらなかったのでしょう。都を離れた時より、この世の無常であることがつらくなり、お勤めよりほかのことはなくて月日を経ておりますので、すっかり気落ちしてしまいました。このような人がおいでになるとほのかには聞いておりながら、『私のような落魄した者は、忌むべき者と見捨てられていよう』と塞ぎ込んでおりましたのに。それでは、手引きをおできになるということですね。心細い独り寝の慰めにも」
などとおっしゃるのを、入道はこの上なくうれしく思っている。
「 独り寝は 君も知りぬや
   つれづれと思ひ明かし明石寂しさを
 
(独り寝と言えば、あなたも御存じですね。明石の浦でひたすら物を思い続けて夜を明かすことのうら寂しさを)
 
まして私は年月としつき物を思い続けて気も塞いでおりますことを推し量ってくださいませ」
と申し上げる様子は、わなないてはいるけれどもさすがに趣がなくはない。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
「されど、この浦に慣れておいでになる人は」
と言って
 
  旅衣 悲しさに明かし兼ね
   草の枕は夢も結ばず
 
(私は旅衣での旅寝ですから、この浦のうら悲しさに夜を明かし兼ね、夢を結ぶこともありません)
 
とくつろいでおっしゃるお姿は至って、愛嬌があって言いようもない感じなのである。入道は数知れぬ言葉を言い尽くしていたのだけれども書けばうるさかろう。わざとひが事のように書いたのでますます、その心ばえもあほらしく意地っ張りに表されてしまったようだ。
 思っていることがかつかつかなった心地がして、入道が爽やかな思いでいたところ、又の日の昼頃、丘辺に源氏が文を遣わした。娘が立派な様子であるらしいのにも『かえってこんな片田舎に、思いの外のことも隠れているらしいから』と心遣いをなさって、高麗の胡桃色の紙に、見事に繕って
 
 をちこちも知らぬ雲居に眺めわび
  かすめし 宿のこずゑをぞとふ
(ここもかしこも知らぬ遠い空で思い煩いながら、お父上にほのめかされた、お宅のこずえを訪れるのです)
 思ふには
(思うことに、忍ぶことが負けてしまったのです)
 
とばかりあったとかいうことだ。
 入道も、そちらの家に行って人知れずお待ち申し上げようとしていたのがそのとおりになったので文の使いを、本当に目をそばめたくなるほどに酔わせる。返書には、非常に時間が掛かっている。内に這入って促すけれども娘は、更に言うことを聞かず、その文の立派な様子に、筆を構える手つきも恥ずかしそうだ。相手の御身分、自分の身の程は考えるにも懸け隔たっており、心地が良くないと言って物に寄って伏してしまう。それ以上は言い兼ねて、入道がこう書いたのである。
 
本当に恐れ多いお言葉で、田舎びておりますあの子のたもとには包むに余ってしまうのでしょうか。更に目に這入りもしません恐れ多さでございます。しかし、
 眺むらむ同じ雲居を眺むるは
  思ひも 同じ思ひなるらむ
(あなたが眺めているのと同じ空を娘も眺めておりますのは、その思いも、あなたと同じ思いなのでしょう)
と私は見ておるのです。本当に好き者ですね。
 
と申し上げた。
 陸奥紙でいたく老人臭いけれども、書き様は由ありげに見える。誠に好事家だなと、思いの外のことに御覧になる。
 入道が纏頭てんとうとして使いに与えた裳などは並々のものではなかった。又の日源氏は、代筆だなんて経験がございませんよと言っ
 
 いぶせくも心に物を悩むかな
  やよやいかにと問ふ人もなみ
(気が塞ぐばかりにも物を思い煩っておりますよ。やあ、どうだいと問うてくれる人もおりませんので)
 言ひ難み
(恋しいとも、まだ見ぬ恋人には言い難いですね)
 
とこの度は、いたくしなやかな薄様に本当に愛らしくお書きになってある。これを若い人がめでなかったら本当にあまり陰気であろう、美しいとは見るのだけれど、似つかわしくもない身の程がはなはだかいもないのでかえって、自分のことなどを世にあるものと知ってお尋ねになったにつけても涙ぐまれていつものように更に答える気配もなかったのに、強いて言われて、大いに香を染ませてある紫の紙に墨つきは濃く薄く紛らわして
 
  思ふらむ心の程ややよいかに
   まだ見ぬ人の聞きか悩まむ
 
(あなたが思っているという心は、さあ、どれほどでしょう。まだ私を見てもいない人が私のことを聞いて悩むものでしょうか)
 
筆致などは、貴人にもいたくは劣るまい。京のことが思い出されて面白く御覧になるけれども、しきりに文を遣わすのも人目がはばかられるので二三日隔てては、つれづれな夕暮れ、あるいは、物悲しいあけぼのなど、同じように見て機微を解していそうな折を推し量って、それに紛らして書き交わされたところ、その返事は源氏に似合わしくもあり、その慎重な自負心も見ずには終わるまいとお思いになることではあるけれども、良清が、この人を我が物のように言っていた様子につけても、それを思いの外に、年来心を寄せていたであろうにその目の前で思いを阻むのも、哀れなように思い巡らされて、相手が進んでこちらへ参ればそういうことだからと紛らしてしまおうとお思いになるけども、女はやはり、かえってやんごとない身分の人よりもいたく自負があって源氏のことを憎らしくお取り扱い申し上げたので、意地の張り合いで時が過ぎたのである。
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明石(一)

雨風なおやまず。
 
二条院より使いが来る。
「京でも、『この雨風は、怪しい前兆だ』と言っていて、仁王会にんのうえなどが行われるのだろうと申していたところなのです。内裏に参る公卿なども、総て道が塞がってしまって政も絶えているのです」
などと、不得要領にぎこちなく話すのだけれど、京の方のことだとお思いになると源氏は知りたくなって、お前に召し出して問われたのである。
「ただ、いつでも雨が小やみなく降って風は時々吹き出して数日になりますのを、いつもと違うことだと驚いているのです。本当にこう、地の底へ通るばかりの氷が降り、雷が静まらぬということはなかったことです」
などと、このひどい様子に驚いておじている顔が、いたくつらそうなのにも、心細さが増さったのである。こうして寿命も尽きるのであろうかと思われるところへその又の日の暁より、風が大いに吹き、潮は、高く満ちて、波の音の荒いことは、いわおも山も残りそうにない有り様である。雷が鳴ってひらめく様は、何とも言いようがなくて、落ち掛かってくるように思われるので、気丈な人もいなくなる。
「私は、いかなる罪を犯して、こんな悲しい目を見ているのだろう。父や母とも相見ず、いとしい妻や子の顔も見ないで死ぬであろうことよ」
と嘆くのである。源氏の君は、お心を鎮めて、これくらいの過ちでこのなぎさに命を終わらせることがあってよいものかと奮い立たれるけれども、周囲があまり騒然とするので、種々の色の幣帛へいはくを捧げさせて
「住吉は、この土地の鎮守神ちんじゅがみでいらっしゃるというが、誠に垂迹すいじゃくされた神ならばお助けください」
と多くの大願をお立てになる。各々、自らの命はそれとしても、このような御身がまたとない例として奈落にお沈みになりそうなことがはなはだ悲しいが、心を励まして、少し物を考えることのできる限りは、我が身に代えてこの御身一つを救い奉ろうと、声を大きく合わせて仏、神を念じ奉る。
「帝王の深宮に養われていろいろの楽しみにおごられはしましたけれども、深いお慈しみは大日本にあまねく、不遇なともがらを多く出世させたのですが、今、何の報いで、はなはだ非道なこの波風に溺れられるというのでしょうか、天地よ道理をお立てください。罪もなく罪人にされ、官位を取られ、家を離れ、土地を去って明け暮れ、穏やかな空もなく嘆いておいでになるのですけれど、こう、悲しい目をさえ見、命も尽きようとしているのは、前世の報いかこの世の罪科か、神よ、仏よ、明らかにましますならばこの愁えを穏やかにしてくださいませ」
と、お社の方を向いて様々の願をお立てになる。また海の中の竜王や、よろずの神たちに願を立てさせると、いよいよ雷は鳴りとどろいて、おいでのところの続きの廊に落ち掛かった。炎が燃え上がって、廊は焼けてしまう。正気もなくて、全員うろたえている。後ろの方の厨房とおぼしい屋に移し奉って、かみしももなく立ち込んで至って騒がしく泣く声は、いかずちにも劣らない。空は墨をすったようで、日も暮れてしまった。ようやく、風が直り、雨の脚が静まり、星の光も見えるので、こちらの部屋のいたく風変わりなのも本当に畏れ多くて、寝殿に返し移し奉ろうとするけれども、焼け残ったところも、気味悪げで、あまたの人がひどく足音を響かせており、
「御簾なども皆吹き散らされてしまっております」
「夜を明してからにしては」
と考え合っているので源氏の君は、御念誦をなさって思い巡らしておいでになるというのにいたく心も落ち着かない。月が差し始めて、潮が近くまで満ちてきた跡もあらわに、名残でなおも寄せては返す波が荒いのを、柴の戸を押し開けて眺めておいでになる。この一帯には、物事の機微を知り、来し方行く先のことを考えることができ、あれやこれやを、しっかりと悟っている人もいない。卑しい海人あまどもなどが、貴い人のおいでになるところだというので参集して、聞いても源氏にはお分かりにならぬことを言い合っているのも、いたく風変わりだけれど、追い払うこともできない。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
「あの風がもし、今しばしやまなかったら、潮が上がって、残るところもなかったでしょう。神の助けもおろそかではありませんでしたね」
とある海人が言うのをお聞きになるにも、本当に心細いとは言うもおろかである。
 
  海にます神の助けに掛からずは
   潮の八百会ひにさすらへなまし
 
(海にまします神の助けに頼らなければ、潮の集まり合うところに今頃はさすらっていただろう)
 
ひねもすに荒れ狂っていた雷の騒ぎに、さすがにいたく悩み煩っておいでになったので、思わず知らずまどろまれる。源氏にはもったいないようなお部屋なのでただ物に寄って坐っておいでになったのだけれど亡き父、桐壺院がただ、以前の御様子そのままにお立ちになって
「なぜ、こんな卑しいところにおいでになるのです」
と言ってお手を取ってお起こしになる。
「住吉の神のお導きになるままに速やかに、舟出をしてこの浦を去っておしまいなさい」
と仰せられる。本当にうれしくて
「畏れ多いあなたの影に別れ奉って後、様々悲しいことばかり多うございますので、今はこのなぎさに身を捨ててしまいましょう」
とおっしゃると、
「本当にあるまじきことです。これはただ、ちょっとしたことの報いなのです。私は、位に在った時、悪事を働くこともありませんでしたがおのずから罪科があったので、その罪を終える間はいとまがなくて、この世のことも顧みませんでしたけれど、ひどい愁えにあなたが沈んでいるのを見るに耐え難くて、海に這入り、なぎさに上り、いたく悩み煩ったのです。けれど、このついでに主上に奏すべきことがありますによって急いで参上してしまいましょう」
と言って立ち去っておしまいになる。物足りなく悲しくて、きっとお供に参りましょうと泣き沈んだまま見上げられたところ、そこは人もなく、月の顔のみがきらきらとして、夢のような心地もせず、気配もまだとどまっているような心地がして空の雲が物悲しくたなびいていた。
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源氏物語

須磨(四)

源氏、二十七歳。
花の頃の都を思う。
 
三位中将(かつての頭中将)宰相中将に任ぜられて須磨の配所に来訪。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 弥生の初めに来た巳の日に、
「今日は、こんなふうに、お心に掛かることのある人は、みそぎをなさらねばなりません」
と、小ざかしい人が申し上げるので、源氏は海のほとりも御覧になりたくて出ておいでになる。いたく粗略に軟障ぜじょうばかりを引き巡らして、京からこの国に通っているというある陰陽師を召してはらえをおせさになる。舟に事々しい形代を乗せて流すのを御覧になると、それが我が身によそえられて
 
  知らざりし大海おほうみの原に流れきて
   一方人形にやは 物は悲しき
 
(知らなかったこの大海原に流れてきて、私はこの形代のようだ。一方ならず悲しい)
 
と言って坐っておいでになる御様子は、こんな晴天に出会っては、言いようもなくお見えになる。海は、うらうらと一面にないでいて、舟が当てどもなく流れてゆくので、自らの来し方行く先のことも思い続けられて、
 
  八百よろづ 神もあはれと思ふらむ
   犯せる罪のそれとなければ
 
(八百よろずの神も哀れに思うであろう。これという罪を犯したのではないのだから)
 
とおっしゃると、にわかに風が吹き出して空もすっかり暗くなってしまう。はらえも終えず立ち騒いでいる。にわか雨が降ってきていたく慌ただしいので皆、帰ろうとはなさるけれど、かさを取ることもできない。こんなことは予想もしていなかったけれど、よろずのものが吹き散らされ、またとない風である。波は、いたく激しく立って、人々は大急ぎ。海面いっぱいに、ふすまを張ったように光っては、雷が鳴り、ひらめく。それが落ち掛かってくるような心地がしてようよう道をたどってきて
「こんな目は見たこともない。風などは、吹くときも気配があるものだが、これはひどく珍しいことだ」
とうろたえていると、なおもやまずに雷は辺りに鳴って、雨の脚は、当たれば向こうへ通りそうなほどバラバラと落ちる。これで寿命も尽きてしまうかと、心細く思い惑うているのに、源氏の君はゆったりと経を誦しておいでになる。
 暮れてしまうと雷は少し鳴りやんで、風は夜になっても吹いている。
「多く立てた願の力だろう」
「今しばしあのままだったら、波に引かれて海に這入ってしまっただろうね」
「高潮というものにはあっと言う間もなく人は損なわれるものだとは聞くけれども、本当にこんなことはまだ知らないよ」
と言い合っている。
 暁方、皆は休んでいる。源氏の君もいささか寝入っておいでになったところ……
 
どんな装いとも見えぬ人がこちらの方へ来て
「なぜ、宮からお召しがあるのに参上しないのだろう」
と言って捜し回っている……
 
と見て目が覚めて「それでは海の中の竜王が、いたく私をめでてそれに魅入られたのだな」とお思いになると本当にいとわしく、この住まいを、耐え難くお思いになるようになった。(須磨終)
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源氏物語

須磨(三)

源氏、手習い、作り絵。
海に近い廊に出る。
十五夜に月を見て故郷を思う。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
太宰大弐の娘の五節、この浦を過ぎるついでに消息を奉る。
 
京の人々、源氏を恋う。
 須磨での独り住まいが久しくなるままに、こらえられそうもなく思われてくるけれど「自分にすら、あきれた宿世と思われるこの住まいに、どうしてあの人を連れてこられようか」と、似合わしくもあるまいその様子をお思い返しになる。
 所につけて万事勝手が違い、自分のことを見ても誰とも分かりはしない卑しい者の身の上を御覧になると、慣れぬお心地には浅ましく、自らのことがもったいなく思われる。煙が時々、すぐ近くに立ってくるので、「これは、海人あまが、塩を焼いているのだろうか」と思い続けていらしたが、それはおいでになるその後ろの山に、柴というものがふすぶっていたのである。珍しくて、
 
  山がつのいほりにたける
   しばしばも言問ひなむ 恋ふる里人
 
(山がつのいおりでたいているこの柴ではないが、しばしば訪問してほしくもある。古里に今も住んでいる、私が恋うているその人に)
 
冬になって雪が降り、荒れている頃、空の様子も、殊に恐ろしくお眺めになって、気の向くままに琴をお弾きになって良清よしきよに歌を歌わせ、大輔たいふに横笛を吹かせてお遊びになる。気を付けて、物悲しい手などを弾いておいでになると、ほかの者は演奏をやめて涙を拭い合っている。王昭君おうしょうくんの故事を御想像になって「の国ともなればなおさらどんな気持ちでお遣わしになったことであろう。この世で私がお思い申し上げるあの人をそんなに遠くへやってしまったりしたら」などと思うにも、ありそうなことのようで忌ま忌ましく
 
  霜ののちの夢
 
(霜が降りた夜には夢も覚めてしまう)
 
と誦される。月の光が、いたく明るく差し入って、この旅先の仮初めの部屋の奥までも残るくまがない。夜更けの空も、ゆかの上に映って見える。入り方のその月影が、恐ろしく見えるので、
 
  ただれ西に行くなり
 
(月はただ西に行く。左遷されて行くのではない)
 
と独りごたれて
 
  いづ方の雲路に我も迷ひなむ
   月の見るらむことも恥づかし
 
(いずこの空に私はかけりゆき迷ってしまうのか。ただただ西に行くあの月にそんなところを見られることも恥ずかしい)
 
と独りごたれて、いつものようにしばしも眠れぬ暁の空に千鳥があまり悲しく鳴く。
 
  友千鳥もろ声にく暁は
   独り寝覚めのとこも頼もし
 
(群がる千鳥が声を合わせて泣いてくれる暁には、独り寝て覚めるこのとこも心強い)
 
ほかにまた起きている者もいないので、返す返す独りごちて伏しておいでになる。夜更けに、ちょうずをお使いになり、御念誦ねんじゅなどをなさるのも、珍しいことのようで、結構に思われるばかりなので、人々は見捨て奉ることができず、京の家の方にはちっとも出てゆけなかった。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 明石の浦まではただ、歩いても行かれる道のりなので、良清は、あの入道の娘のことを思い出して文などやったのだけれど、返事もしてこない。結局、父親の方から
「申し上げねばならぬことがございます。ちょっと対面したいのですが」
と言ってきたのだけれど、「あちらはうべなうまいし、わざわざ行って、むなしく帰る後ろ姿もあほらしかろう」とひどく塞ぎ込んで行きもしない。入道は喩えようもなく気位高く考えているので、国の内では、今の国守の縁者ばかりを恐れ多いものにしているようだけれど、ねじけた心には、そうとは更に思わないで年月としつきを経ていたところに、源氏の君がこうしておいでになったのを聞いて北の方に相談したことには、
「桐壺の更衣の子のあの光源氏の君が、御謹慎で朝廷から須磨の浦においでになったそうだが、思い掛けずそんなことがあるのもあの子の宿世だね。何とかして、このついでにあの君に奉ってはどうかね」
と言う。母は、
「まあ聞き苦しい。京の人が語るのを聞けば、やんごとない奥様たちを、本当に多くお持ちになって、その余りには、忍び忍びみかどの妻との過ちさえおありになってこんなにも騒がれたという人が、どうして、こんな卑しい山がつを気に留められましょうか」
と言う。腹を立てて
「あなたにはお分かりになるまいよ。私の心積もりは違うのだ。何かのついでに、ここにお招きするから、そのつもりでいらっしゃい」
と、得意になってそう言うのも、愚かしく見える。目ばゆいまでに部屋をしつらえ、娘のことを大切にしていた。母君は
「何も、結構な人といったところでのっけから、罪人にされて流されておいでになったような人を慕うことがありますか。それも、あの子のことを気に留めてくださりそうならばまだしも、戯れにもなりませんよ」
と言うので、いたくぶつぶつと言っている。
「罪人にされるようなことは唐土もろこしでも我が国でも、こう世に優れ、何事も人とは格別な方には、必ずあることなのだよ。あの君がどんな方でいらっしゃると思う。亡くなった母上の御息所は、私の叔父の按察使大納言あぜちのだいなごんの娘なのだ。この娘というのが本当に優れた評判を取ったので宮仕えにお出しになったところが、国王に優れて目を掛けられることの並びなかったほどに人のそねみが重くなってお亡くなりになったのだけれど、あの君がこうして世にとどまっておいでになるのは本当に結構なことだ。女は、志高く仕えるべきものだ。あの方も私がこんな田舎者だからといってあの子のことをお見捨てにはなるまいよ」
などと言っていた。
 この娘は、優れた容貌ではないのだけれど、慕わしく品が良く心掛けのある様などは誠に、やんごとない人にも劣りそうになかったのである。自身の境遇を口惜しいものと理解していて、「貴人は、私のことなど何の数にもお入れにはなるまいが、身分相応の男とは更に連れ添うまい。命が長くて、心に掛けている人々に死に後れてしまったら、尼にでもなろう。海の底にでも這入ってしまおう」などと思っていたのである。父君は、この娘を窮屈なほどに大切に慈しんで年に二度、住吉に詣でさせた。娘の方でも神の御しるしを、人知れず頼みに思っていた。
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源氏物語

須磨(二)

源氏、二十六歳、隠棲。その二三日前、左大臣の御殿に渡る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
二条院に帰って紫上のところにとどまる。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
次の日、花散里のところに渡る。二条院に帰って所領を紫上に預け渡す。
文を朧月夜のもとに残す。
北山の桐壺院御陵に参る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
文を王命婦に遣わして東宮に啓する。
 
紫上、別れを惜しむ。
 
源氏、申の時に須磨の浦に下着げちゃく
国立国会図書館デジタルアーカイブより
長雨の頃、使者を立てて文を京の所々に遣わす。
文を六条御息所に奉ってまた御息所より使いがある。
 
花散里ら、文を見る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
文月、朧月夜、内裏に帰参。
 須磨では、たださえ秋風が気をもませるのに、海は少し遠いのではあるが、在原行平ありわらのゆきひら中納言の、
 
  せき吹き越ゆる
 
(関を越えて吹く)
 
と言ったとかいうあの浦風に加えて波が、夜な夜な寄せてその音は本当に近くから聞こえるようで、またとなく悲しいものはこんなところの秋であった。源氏のお前は至って人少なでそれも皆休んでいるのに、独り目を覚まして、枕をそばだてて四方よもの嵐をお聞きになると、波がただそこに立ってくる心地がして、涙が落ちたとも思われないのに枕も浮くばかりになってしまった。きんを少しかき鳴らされたが、我ながら至って恐ろしく聞こえるので、弾きさされて
 
  恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は
   思ふ方より風や吹くらむ
 
(人を恋い、思い煩って泣くような音を、この浦の波が立てるのは、私の心に掛かる方から風が吹いているからであろうか)
 
と歌っておいでになると人々は、目を覚まして、結構なことに思われるので、忍ばれず、どうにもならずあまねく起き直ってははなを忍びやかにかんでいる。
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須磨(一)

 至って煩わしく間の悪いことのみが増さるので、強いて知らぬ顔で世間に在って年月としつきを経てもこれよりはなはだしいことになるのではないかと源氏は思うようにおなりになった。
文箱 メトロポリタン美術館コレクションより
 須磨というところは、昔は人の住みかなどもあったが、今は、いたく人里離れており、物寂しくて、海士あまの家すらまれであるなどとお聞きにはなるけれども、雑然として人の密な住まいは非常に不本意であったろう。さりとて、今住んでいる都を遠ざかるのも心もとないであろうから、人目に悪いほど思い乱れられる。よろずのこと、来し方行く末を思い続けられると、悲しみは本当に様々である。住むにはつらいこの世の中と思い切っても、もはやこれまでと離れておしまいになるには、至って捨て難いことが多くある中にも、紫の姫君が明け暮れ悲しんでおいでになる様が気遣わしくいとおしいので、
 
  行き巡りても
 
(一巡りしても)
 
また必ず相見るであろうと、こうお思いになってはみてもなお「一日二日の間、別れ別れに明かし暮らす折すら、心もとなく思われて、女君も、心細くお思いになるばかりであるのに、幾とせの間という定めのある道でもなし、
 
  会ふを限りに
 
(こうして会っているのを限りとして)
 
隔たってゆけば、定めないこの世には、そのまま別れの門出ともなりはしまいか」と悲しく思われるので、忍んで姫君もろともにもと考え及ぶ折もあるけれど、そんなに心細い海のほとりの、波風よりほかに立ち交じる人もないようなところに、こんな可憐な御様子のまま引き連れていっておしまいになるのも、至って似合わしくなく、自分にとってもかえって物思いの切っ掛けになることであろうなどと思い返されるのに、女君は、ひどい道でも取り残されずにさえいられればと、それとなく言っては恨めしそうに思っておいでになる。
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源氏物語

花散里(一)

夏、麗景殿の女御のもとに参るついでに中河の女の家の前を通る。
 目的地が、御想像どおり人の出入りもなく静かなその有り様を御覧になるにも至って物悲しい。まず麗景殿の女御の居室で昔の物語などをおっしゃる内に、夜も更けてしまった。二十日の月が差し始める折にはこずえの高い木陰が一面にますます暗く見えて、近くのたちばなの香りが、慕わしく匂って、女御の御様子は、年たけてはいたが飽くまで、心掛けがあり、品が良く可憐である。「父上の覚えは優れて華やかということこそなかったが、慕わしく心の引かれる方とは思っておいでになったものを」などとお思い出しになるにつけても昔のことが、連なるように思われてお泣きになる。時鳥ほととぎすが、先ほどの垣根のであろうか、同じ声に鳴く。私を慕ってきたのだなと思われるほどにも艶であったのだ。
 
  いかに知りてか
 
(どうして知ったのか)
 
などと、忍びやかに誦される。
「 橘の香を懐かしみ
   時鳥 花散る里を訪ねてぞ問ふ
 
(橘の香が慕わしいので、時鳥も、花の散るあなたのお宅を訪れるのですよ)
 
故人の忘れ難さの慰めには、ちょうどここへ参らねばなりませんでした。殊の外、思いの紛れることも、数が添うこともあるのですが、大方の人は、世に従うものですから、昔話をぼつぼつ話せる人も少なくなってゆくのですけれど、あなたなどはなおさら、つれづれも、紛れることなく思われることでしょう」
とおっしゃると、本当に改めて言うに及ばない世の中なのだけれど、いたく悲しく物を思い続けておいでになるその御様子の深さにも、お人柄であろうか多く感慨が添うたのである。
 
  人目なく荒れたる宿は
   橘の花こそ軒の妻となりけれ
 
(荒れてしまったこの家では、軒端の橘の花こそが人のお見えの糸口となったのですね)
 
とばかりおっしゃったのが、やはり人よりは本当に立派なことだと思い比べられる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
麗景殿の女御のところで花散里に行き会う。(花散里終)