釜飯屋の更級日記

(十六)疫病

 その春は世の中がはなはだ騒然として、まつさとの渡りで月に映った影を物悲しく見たあの乳母も、弥生の月初に亡くなった。
 やりきれなく悲しくて、物語の知りたさも感じなくなった。
 そうしてひどく泣き暮らして、外を見れば、夕日が至って際やかに差しているところに、桜の花が残りなく散り乱れている。
 
  散る花も また来む春は見もやせむ
   やがて別れし人ぞ恋しき
 
(散った花でも、また来る春には見ることもあろう。あのまま別れた人が恋しい)
 
 また聞けば、藤原行成ふじわらのゆきなり大納言の娘御もお亡くなりになったという。
 夫の中将も悲しんでいるというその様を、自分もそうした折なのではなはだ悲しく聞く。
 着京した頃、これを手本にせよと言ってこの姫君の御手蹟しゅせきを頂いたのだけれども、
 
  さ夜更けて寝覚めざりせば
 
(夜が更けたまま、もし目が覚めなかったら)
 
などと書いて
 
  鳥辺山 谷にけぶりの燃え立たば
   はかなく見えし我と知らなむ
 
(鳥辺山の谷に煙が燃え立ったら、それは、はかなく見えていた私だと知ってほしい)
 
と、言い知れぬほど上手に美しくお書きになっているのを見てますます涙が添わる。
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