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源氏物語

薄雲(一)

大堰の里の冬の住まい。
 
師走、源氏、明石の姫君を二条院に迎える。
袴着。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 源氏は山里のつれづれをも絶えずお思いやりになるので、公私に慌ただしい折を過ごしてから、お通いになろうと平生より殊に化粧をなさって桜襲のお直衣に見事な服を重ね、香をたきしめた装いでいとま乞いをなさるお姿が、陰もない夕日に、いよいよ清らかにお見えになる。紫の女君は、ただならぬ思いで見送りをなさる。明石の姫君は、子供らしく源氏のお指貫の裾に寄ってお慕いになる内に外までも出ておしまいになりそうなので、源氏は立ち止まって、本当にいとしく思っておいでになる。なだめておいて
 
  明日帰りこむ
 
(明日帰ってこよう)
 
と口ずさんで出ようとなさると、女君が渡殿の戸口で待ち構えていて中将の君をして申し上げさせた。
 
  舟泊むるをち方人のなくはこそ
   明日帰りこむせなと待ち見め
 
(あなたという舟を遠いところに泊めてしまうあの人さえいなければ、明日帰ってくる夫としてあなたを待ち受けても見るでしょうが)
 
いたく親しげに申し上げれば、源氏は本当に匂やかに頬笑んで
 
  行きて見て明日もさね来む
   なかなかにをち方人は心置くとも
 
(その遠いところへ行って人を見て明日は本当に帰ってこよう。かえってその人に隔てを置かれようとも)
 
聞いても何とも分からずざれ回っておいでになる人を紫上は、愛らしいと御覧になるので、その気に食わない「をち方人」にも殊のほか寛大になってしまった。「さぞかし娘を思いやっていらっしゃることであろう。私が親でもひどく恋しくなりそうな姿だから」と見詰めつつ懐に入れて、愛らしいお乳を含ませて戯れておいでになる御様子は、見所が多い。
 お前の人々は
「同じことならどうしてこの方に」
「本当にねえ」
などと語り合っている。
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源氏物語

松風(二)

源氏、寺に渡って斎日さいにちの講等行うことを定める。
桂殿逍遥。
大堰の家に両三日逗留。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
内裏より文の使いがある。
 源氏は二条の御殿においでになってしばしのほどお休みになる。山里でのお話などを紫上におっしゃる。
「申し上げていた日を過ぎてしまったので、それが本当に苦しくて。例の好き者どもが尋ねきて強いてとどめるのに引かされましてね。今朝は、本当に気分が悪く」
と言ってお安みになった。紫上はいつものようにわだかまりも解けぬようにお見えになるけれども、源氏はそれに気付かぬように
「比較にもならない身分どうしを思い比べられるのも、良くないことでしょう。自分は自分とお思いください」
とお教えになる。
 暮れ掛かる折に内裏へ参ろうとなさるのだけれど、横を向いて急いで何か書いていらっしゃるのはあちらへの文と見える。そば目にも、細やかに見えた。何かひそひそ言ってお遣わしになるのを女房などは憎くお思い申し上げる。
 その夜は内裏に伺候しているはずだったのだが、女君の機嫌をとりに、夜も更けていたが退出しておしまいになる。先ほどの使いが、返書を持って参った。隠すこともおできにならず目の前で御覧になる。殊に憎まれそうな節も見えなかったので
「読んだら破いて隠してくださいね。煩わしい。こんなものが散らばっているのも今となっては不都合な身分となってしまいました」
と言って脇息に寄ってお坐りになって、御本心では、あちらのことがいとしく恋しく思いやられるので、灯を眺めて、殊に物もおっしゃらない。
 文は広げてありながら、女君は御覧にならぬようなので、強いて見て見ぬふうをなさるその目つきに気が置かれますよとにっこり笑われたその愛敬は、いっぱいにこぼれてしまいそうである。お進み寄りになって
「そうそう、初めて娘を見ましたので、契りが浅くも見えなくなってしまったのですが、さりとて、物々しく取り扱うのもはばかりが多いので、思い煩ってしまいますよ。あなたもどうか同じ心に思い巡らしてお心に思い定めてください。どうすべきでしょう。ここでその子を育んでくださいませんか。もう蛭子ひるこのよわいにもなっておりますけれど、罪のない様子なのも見捨て難くてね。まだ子供らしい腰の下も隠そうかなどと思うので、心外でなければどうか腰結いになってください」
とおっしゃる。
「思い掛けないことばかりお言い立てになるお心の隔てに強いて気付かぬようにして機嫌良くしてはいられまいとそう思いましてね。子供らしいお心には、私が本当に相応でしょう。さぞかし愛らしい頃でしょうね」
と言って少し笑われた。子供をはなはだ、愛らしい者となさるお心なので、受け取って抱いて世話をできたらとお思いになる。源氏は「どうしようか。迎えようか」と思い乱れておいでになる。あちらにお通いになることは、本当に難しいことである。嵯峨野のお堂の念仏などを待ち受けて、月に二度ばかりの契りであるらしい。
 それでも織姫にはまさっていようが、力の及ばぬこととは思えどもなおさぞかし物思わしかろう。(松風終)
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松風(一)

二条の東の院を造り終わって花散里が移る。
源氏、明石上に上洛すべき由を伝える。
大堰おおいの山荘を修理。
 
明石上、母と姫君を具して上洛して大堰の家に住む。
石山師香『源氏物語八景絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
「桂の院というところをにわかに造らせておいでになると聞くけれど、そこにあの人をお据えになったのだろう」とこうお思いになるにもつまらないので、
おのただれてお改めになるほどの間そちらにいらっしゃるのでしょうね。待ちわびてしまいます」
と心行くこともない紫上である。
「いつもの偏屈なお心ですね。私も今は昔の様子の名残もなくなったと世の人からは言われているようですが」
何やかやと機嫌をとっていらっしゃる間に、日もたけてしまう。忍びやかに、疎い者はお先乗りに交じえず気配りをしてお移りになった。たそがれ時に御到着になった。狩衣姿でいらした折にすら、喩えようもない心地がしたというのに、まして、そのつもりで引き繕っておいでになる直衣姿は、世にないほど若々しく目ばゆい心地がするので、思い乱れてむせんでいた明石上の子故の闇も晴れるようである。そのお子も源氏にとっては珍しくていとしくて、御覧になるにも、どうして、思いは浅かろう。今まで隔ててしまった年月すらも、ひどく悔やまれるほどである。「太政大臣家の君を愛らしいと言って世人が騒ぐのはやはり、時世に従おうというので人はそう見なすのだ。しかしこんなにも、優れた人になる兆しというものは際立ったものなのだ」と、何気なくにっこり笑ったその顔に愛敬があり艶やかなのをはなはだ可憐にお思いになる。あの乳母は、明石に下っていた折は衰えていた容貌も成長するに従って立派になり数箇月この方のことを親しげに申し上げたりするので、悲しくもあんな塩釜の傍らで過ごしていたことを思って源氏はこうおっしゃる。
「ここだって、いたく人里離れて、通うのも難しいのだから、やはり、あの私の本意のところにお移りなさいよ」
とおっしゃるけれども、本当に物慣れない間はここで過ごしましてそれからぜひと申し上げるのももっともである。
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源氏物語

絵合(二)

弥生十余日、梅壺女御と弘徽殿女御、絵合。
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
朱雀院、絵を梅壺に奉る。
 
また御前に絵合。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 左になお一番という果てになってあの須磨の巻が出てきたので、権中納言はお心も騒いでしまった。こちらでも心して果ての巻には、殊に心を打つ優れたものをえっておおきになったのに、こんな優れた名人が、静思して精一杯お描きになったものとは、比べようがない。帥宮を始めとして、涙をおとどめにならない。その折も心苦しく悲しく思ってはおいでになったが、それよりも、御境遇、お心に思っておいでになったことが、ただ今のことのように見えるほど、そこの様子、はっきりとは知らなかった浦々、磯を、隠れもなくお描き表しになってある。草仮名の手に仮名を所々交ぜて書いて、真面目な詳しい日記ではなく、物悲しい歌なども交じっているので、もっと見たくなる。誰も別のことはお心に掛けなくなり、様々な絵の興も、すっかりこちらに移るほど、それは感慨深く面白かった。よろずのことが、その前では皆崩れてしまったように、左の勝ちとなった。
源氏、帥宮と物語。
物語のついでに遊び。
山里に堂を建てる。(絵合終)
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絵合(一)

前斎宮御入内
朱雀院、祝いに、くしの箱、薫衣香くぬえこう等をお送りになる。
 
主上、絵を好まれる。
 このように三人目の這入る余地もなくお二方が伺候しておいでになるので兵部卿宮は、娘を入内させようと快く意気込まれることもなく、帝も成人なさればよもやお見捨てにはなれまいとそれを待ってお過ごしになるのである。お二方は、御声望もとりどりに競争しておいでになる。主上は、よろずのことに優れて絵を、興あるものと思っておいでになる。専らお好みになるためか、御自身でもこの上なくお描きになる。お二方では斎宮の女御が至って面白くお描きになったそうで、こちらにお心が移って、そちらへお通いになっては絵を描いて心を通わせておいでになる。若い雲客でも、そのことを学んでいる者を、心に留めて、面白い者とお思いになったので、ましてかわいらしい人が、趣ある様にしかつめらしくもなく気の向くままに描き、艶に物に寄り掛かってとかくためらいがちに筆をお遣いになる御様子、可憐さがお心に染みて、至ってしげくお通いになって以前よりなおさら思いも増さったので、権中納言は、それをお聞きになって「私が、人に劣るはずがあろうか」と飽くまでさかしく当世風でいらっしゃるお心を励まされて、優れた上手を召し寄せて他言を大層戒めて又とない様の絵を二つとない紙に描かせてお集めになる。物語絵こそは趣も目に見えて見所があるものなのだと言って、面白く、趣のあるものだけをえっては描かせる。例の月次つきなみ絵も、見慣れない様にことば書きを書き続けて主上にお見せになる。取り分け面白く作ってあるので女御の居室でもまたこれを見ようとなさったのに、権中納言は心安くお取り出しにもならず、いたく秘めて、そちらへ絵を持ってお移りになるのを惜しんで我が物としていらっしゃるので、源氏の大臣は、お聞きになって、権中納言のお心の子供らしさはなお改まり難いらしいなどとお笑いになる。
「強いて隠しておいて心安くもお見せにならず悩まし申し上げるのは、至って浅ましいことです。こちらにも昔めいた絵ならございますが御用意させましょう」
と奏して、二条の御殿で、古い絵も新しいのも這入った厨子を開かせて、紫の女君ともろともに、しゃれているのはそれそれとえっては調えさせる。長恨歌、王昭君などのような絵は、面白く美しくもあるけれど、忌むべきことがあるものは今回奉るまいと、えってこちらにとどめておおきになる。あの旅の日記の箱もお取り出しになってこのついでに女君にもお見せになったのである。それはお心を深く知らずに今見た人ですら、少し物をわきまえている人なら涙を惜しみそうもないほど物悲しかった。まして、夢のようなその折のことが忘れ難く、思いを覚ます折もないお心には、またもやあの悲しみが思い出された。今まで見せてくださらなかったことの恨みを女君はこうおっしゃったのである。
「 独りゐて嘆きしよりは
   海人の住むをかくてぞ見る海松べかりける
 
(独りいて嘆くよりは、海人の住む潟の絵を、海松みるではないけれどこうして見ることもできたはずですのに)
 
心もとなさも慰んだでしょうに」
とおっしゃる。本当にいとしくお思いになって
 
  浮き海布憂き目見しその折よりも今日はまた
   過ぎにしに返る波た
 
(その潟で浮いた海藻を見、憂き目も見たその折よりも今日はまた、返る波ではないが過ぎたあの頃に返ったような涙が出ますよ)
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 それは藤壺中宮にだけは見せ奉るべきものであった。見苦しくなさそうなのを一帖ずつ、さすがに浦々の様子がさやかに見えているものをおえりになるその折にも、あの、明石の住まいを、まず時の間も、どうなっているかと御想像にならぬことはないのである。
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澪標(三)

皐月五日、明石の姫君の五十日いかいわい
 
源氏、五月雨の頃、花散里の方に渡る。
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
源氏、元のごとく淑景舎を曹司とする。
 
藤壺、太上天皇に準じた御封みふを賜る。
 
葉月、権中納言(かつての頭中将)の娘、入内。
 その秋、源氏は住吉に詣でられる。お礼参りをなさろうということだから立派な行列で世の中もどよめいて、月卿雲客が我も我もと奉仕なさる。折しも、あの、明石の人も、いつもは年ごとに詣でていたのを、去年今年は、障ることがあって中断していたそのおわびを兼ねて参詣を思い立った。舟にて詣でたのである。岸に着けたその折に、見れば、言い騒ぎながら詣でていらっしゃる人の物音が、なぎさに満ちていて、いかめしい奉納品を持って連なっている。楽人がくにんとおつらなどは、装束を整え、その容貌も選んである。どなたが詣でられたのかと人が問うたところ「内大臣殿が、お礼参りで詣でられたのに、それを知らぬ人もあったのだな」と言って、たわいない身分の下衆すら心地よさそうに笑っている。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
「本当に驚いた。月日は幾らもあるというのに。かえって、こんな御境遇を遠くに見てしまうと、自分の身の程が取るに足らないものにも思えてしまう。あの方から懸け離れた宿世とばかりも言えないながら、あんな取るに足らない身分の者ですら物思いもなさそうにこの奉仕を晴れがましく思っているようなのに、どれほど罪深い身だというので、心に掛けて待ち遠しくあの方を思い申し上げつつ、こんな評判になっていたことも知らずに出てきてしまったのだろう」などと思い続けていると、いたく悲しくて人知れず袖もぬれそぼった。深緑の松原に花紅葉をこき散らしたように見える、色の濃いあるいは薄い上のきぬが、数えきれないほどだ。六位の中でも蔵人のきぬは青色が際立って見え、あの賀茂の水垣を恨んだ右近将監うこんのじょうも、衛門尉えもんのじょうになって、事々しそうな随身を連れた蔵人となっている。良清も、衛門佐えもんのすけになって、人より殊に物思いもないような様子で仰山な赤ぎぬ姿の至って良い姿である。
海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
前斎宮帰京。母である六条御息所、病によって尼となる。
源氏、六条御息所のところに参る。
七、八日後、御息所死去。
文を前斎宮に奉る。
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
朱雀院、前斎宮を思う。
 
源氏、藤壺に参って前斎宮入内のことを申す。(澪標終)
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澪標(二)


宮内卿の宰相の娘を明石の姫君の乳母として下向させる。
 紫の君には、明石のお産のことを言葉に表してはおさおさおっしゃっていなかったけれど、あれこれ聞いておいでになることがあるといけないからとお思いになって
「まあそういうことらしいよ。不思議にねじけた話でね。そうもなってほしいと思う辺りには待たされて思いの外のところにというのが口惜しいのです。女の子だそうだから、本当にいとわしいことですよ。訪ねず知らずでもいられるはずのことですが、そうそう見捨てられそうになくってね。呼びにやってあなたにも見せ奉りましょう。憎んではいけませんよ」
とおっしゃれば、面も赤らんで
「不思議なことに平生から、そんな筋のことを言い聞かせられてしまう私の心のほどが、我ながら疎ましいのです。こう人を憎むことは、いつ習ったのでしょうね」
と怨ぜられるので、源氏はにっこりと笑って
「そうだね。誰がしつけたのだろう。それにしてもそんなお姿を見るのは心外ですよ。人の本意ではない想像をして怨じたりなさるとはね。考えると悲しいことです」
と言って果ての果ては涙ぐまれる。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 年来、物足りなく恋しいと思ってくださったお心の内、折々には文を通わしたことなどをお思い出しになるにも「よろずのことは、慰み事であったのだ」と紫上は忘れてしまおうとなさる。
「あの人をこんなにまで思いやって物を言うのはなお、そう考える訳があるのですよ。しかし早くより申し上げればまた思い違いをなさるはずですから」と言いさされて「人柄が立派であったのも、所柄か、珍しく思われましてね」
などとお語りになる。夕べに塩を焼く煙の美しかったこと、その人が答えて言った言葉、正面からではないけれどその夜ほのかに姿を見たこと、琴のが艶に美しく聞こえていたことなどを総て、お心に留まったというふうに口に出しておっしゃるのにも、「自分は、又となく悲しんでいたのに、慰み事ではあっても心を分けておいでになったのだろう」とただならずお思い続けになって私は私というふうに後ろを向いて物を思うまま、私たちの仲も美しいものでしたねなどと独り言のように嘆いて
 
  思ふどちなびく方にはあらずとも
   我ぞけぶりに先立ちなまし
 
(思い合ったどうしのあなたたちがなびく方へでなくとも、私など煙になって先立ってしまえばいいのです)
 
「何だってまた。面白くもない。
 
  たれにより 世を憂み山に行き巡り
   絶えぬ涙に浮き沈む身ぞ
 
(誰のために、この世のつらさ故に海山を巡りゆき、絶えぬ涙に浮いては沈んでいるこの身でしょうか)
 
いやもう、いかにしてこの心を見せ奉りましょうか。総て見せるには命の方が、ままならぬもののようですけれど。だからこそたわいないことで人から面白くない思いを抱かれまいとそう思うのですが、それもただあなた一人の故なのですよ」
と言って箏を引き寄せて気の向くままに試し弾きをなさり、紫上にも勧められるけれど、例の人がこれに優れていたとかいうのが妬ましいのか、手もお触れにならない。
 この人は至って鷹揚で愛らしく、たおやかでいらっしゃるのだけれどさすがに、執念深いところがあって怨ぜられたのが、かえって愛敬があって、腹を立てられるのを、かわいらしく見所があると源氏はお思いになる。
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澪標(一)

神無月、源氏、故桐壺院のために御八講みはこうを行う。
 
帝、朧月夜と物語。
 
如月、東宮御元服。
同二十余日、東宮受禅。
承香しょうきょう殿女御と院との御子、立太子。
同時に源氏、内大臣に任ぜられる。
致仕の左大臣、摂政太政大臣に任ぜられる。
 
宰相中将(かつての頭中将)権中納言に任ぜられる。
四の君の娘を入内させようとする。
 
二条院の東の院、造作。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
弥生十六日、明石上お産。
 かつての宿曜すくようの占いの中でも、
「お子は三人。帝、后が必ず並んでお生まれになるはずです。最も下の者も、太政大臣として位人臣を極めるはずでございます」
と申していたことが取り分けかなったようだ。大体、御自分が無上の位に昇り、世の政を行うことになるはずと、あれほど優れた、あまたの人相見たちが口々に言っていたことを、年来は、世の中の煩わしさに皆考えないようにしておいでになったのに、藤壺の子である当代の御即位がこうしてかなったことを思いどおりのことでうれしいとお思いになる。自らも避けておいでになる筋の予言については、更にありそうもないこととお思いになる。「あまたの皇子たちの中でも優れてかわいがってくださったのにそれでも臣下とお思い定めになったそのお心を思うにも、宿世はそこから遠かったのだ。主上がこうしていらっしゃるのだから、あらわに人は知らぬことだが人相見のあの言葉も根拠のないことではなかったのだ」とお心の内にお思いになった。
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明石(三)

帝、夢に故桐壺院を御覧になる。
 
太政大臣(かつての右大臣)薨御。
 入道は忍んでまずまずの日柄を見て、母君がとかく思い煩うのを聞き入れず、弟子どもなどにすら知らせず心一つに、起き伏し丘辺の家を輝くばかりにしつらえて、十三日の月が際やかに差し始めた折に源氏にただ
 
  あたら夜の
 
(惜しむべきこの夜の月と花とを、同じことなら、美を知っている人にお見せできましたら)
 
と申し上げた。源氏の君は、物好きのようだとお思いになるけれども、お直衣を繕ってお召しになり、夜更けに御出発になる。お車も、二つとなくこしらえてあったのだけれど、窮屈だと言ってお馬で御出発になる。惟光などばかりを伺候させておいでになる。丘辺の家はやや遠く這入ったところなのである。道中も、周りの浦々を見渡されて、思い合ったどうしで見たいような入り江の月影にも、まずは、恋しいあの人のことをお思い出しになるので、そのまま馬を引いてそこを過ぎ、都へ赴いてしまおうかとお思いになる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
  秋の夜の月毛の駒よ
   我が恋ふる雲居をかけれ 時の間も見む
 
(秋の夜の月ではないが、この月毛の駒よ、私が恋うている空をかけてくれ。時の間でもあの人を見よう)
 
と独りごたれる。その家の造りようは、木立が茂って、厳かなところが勝っており、見所のある住まいである。海のほとりの家は、立派で面白かったが、こちらは、心細く住んでいる様が、こんなところにいては物思いも残すところがあるまいと想像されて切ない。三昧堂が近くて、鐘の声が、松風に響き合って物悲しく、岩に生えている松の根差しも、趣のある様子である。前栽では虫が、声を尽くしている。
石山師香いしやまもろか『源氏物語八景絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 ここかしこの様子などを御覧になる。娘を住まわせているところは殊に磨いてあって、月を入れている真木の戸口は、僅かばかり押し開けてある。ためらいながら、源氏が何かとおっしゃるにも、そんなにまでは見せ奉るまいと、深く思っているようなので、嘆かわしくも打ち解けないそんな性分を「殊の外に一人前らしくもしているな。親しくなってくださりそうもない身分の人ですら、これほどに言い寄っていれば情に引かされたものなのに、本当にこんなにも落ちぶれてしまったので侮られるのだろうか」と、憎らしそうに様々に思い悩んでいらっしゃる。「不人情に無理やりにというのも、事宜に外れる。意地の張り合いに負けるのも人目に悪いけれど」などと思い乱れながらお恨みになる様は誠に、物事をわきまえているとかいう人にこそ見せたいものである。近くの几帳のひもが箏に当たっ て音が鳴ったのも、素振りもしどけなく打ち解けながらまさぐっていたであろうその様子が見えるようで面白く、よく話に聞いておりますその琴だけでもなどとよろずにおっしゃる。
 
  むつ言を語り合はせむ人もがな
   憂き世の夢も半ば覚むやと
 
(むつ言を共に語る人がいてほしいのです。そうすればつらいこの世の夢も半ばは覚めるかと)
 
  明けぬ夜にやがて惑へる心には
   いづれを夢と分きて語らむ
 
無明長夜むみょうぢょうやにそのまま迷っているようなこの心では、どちらを夢と分けて語れましょう)
 
返歌のほのかな気配は、伊勢の御息所に本当によく似ている。何気なく打ち解けて坐っていて思いも掛けないところだったので本当にどうしようもなくて、近くにあった障子の内に這入って、どうやって固めたものか本当に緩みそうになかったから、強いて無理やりにはお開けにならないようである。されど、そうしてばかりもどうしていられようか。その人柄は至って品が良く、ほっそりとしていて、気を許せないような様子をしているのである。こうも強引な契りとなったことをお思いになるにも、感慨は浅くない。近寄って見て思慕も増さったらしく、平生はいとわしい、夜の長さも、今は早く明けてしまったという心地がするので、人に知られまいとお思いになるにも心が落ち着かなくて、懇ろに語らっておいて出ておしまいになる。きぬぎぬの文は、今日はいたく忍んで出してきたのである。むやみにやましくなられたのであろうか。女の方でも、こんなことはどうしても漏らすまいとして文の使いを、事々しくももてなさないことに、入道は胸を痛めている。その後は男も、忍びつつ時々おいでになるのみである。それは「道のりも少し離れているしおのずから、口さがない海人が交じってきて見られたりしないだろうか」と気兼ねをしておいでになったのだが、女の方ではそれを案の定おいでがなくなったと悲しんでいるので、誠にどうなるのであろうと入道も、極楽への願いも忘れてただその気配を待つということになった。こうして今更に心を乱すことになるのも、至って哀れなことである。
 こんなことを二条院の君が、風の便りにも漏れ聞かれることがあったら、戯れだとしても心の隔てがあったのだと思われて疎まれようと、それが心苦しく恥ずかしく思われるのも、ひたむきな、お慈しみのほどなのである。「自分の放蕩をさすがに、気に留めて恨んでいらした折々もあったが、なんだって、無意味な慰み事につけてそんなふうに思われたりしたのだろう」などと時を取り返したくなり、明石の君の様子を御覧になるにつけても、二条の君への恋しさが慰む手立てはないので、いつもより文を細やかにお書きになって
 
そうそう、我ながら不本意な出来心のせいであなたに疎まれた折々を思い出してさえ胸が痛いのにまたしても、怪しくはかない夢を見たのです。このように問わず語りに申し上げたことに、私の隔てのない心のほどを思い合わせてください。
 誓ひし言も
(誓った言葉をたがえたら、神よ、理非を判断してください)
 
などと書いて、
 
何事につけても、
 しほしほとまづぞ泣かるる
  仮初めの海松布見る目は海人のすさびなれども
(さめざめとまずは泣かれるのです。仮初めにあの人に添うたことは海松のような海人の慰み事ですけれども)
 
とあったそのお返事には、何気なく可憐に書いて
 
忍び兼ねてのその夢語りにつけても、思い合わせられることは多うございますのに、
 うらなくも思ひけるかな
  契りしを松より波は越えじものぞと
(うっかり思っていたものですね。契ったのだから松を波が越え不実な心をあなたが持ったりはしまいと)
 
あっさりとはしているけれども一際優れたほのめかしようなので、本当にいとしく放っておき難く御覧になって、その名残も久しく、忍びの旅寝もなさらないようになる。女は、思っていたとおりになったので、今は誠に身を投げてしまおうという心地がする。「行く末も短そうな親ばかりを頼もしい者として、いつの世に人並々になるはずの身とも思ってはいなかったけれど、ただ何となく過ごしてきたあの年月には何事に心を悩ましたりしただろうか。男女の仲とはこんなにも悲しく物思わしいものだったのだ」と、かねて推し量りに思っていたよりもよろずに悲しいのだけれど、平らかに取り繕って、かわいらしい様子に見せている。男の方でもそれをいとしいとは、月日に従ってますますお思いになるのだけれど、打ち捨てておけないあのお方が、心もとなく年月をお過ごしになり、ただならずこちらのことを思いやっていらっしゃるであろうことが、至って心苦しいので、独り伏しがちに過ごしておいでになる。
源氏、絵を描く。紫上も同じく絵を描いていた。
正月、二十八歳。
主上、御病気。
 
文月二十余日、源氏に帰京の宣旨。
 
明石君、懐妊。
 
源氏、帰京の二日前、明石君と合奏して別れを惜しむ。
難波においてはらえを修する。
帰京して二条院に着く。
権大納言に昇進。
葉月十五夜、初めて参内。
明石での従者が帰るついでに消息を明石君に遣わす。
 
筑紫の五節の君、文を源氏に奉る。(明石終)
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明石(二)

弥生十三日、明石入道、出船の支度をして源氏を迎える。
 
源氏、舟に乗って明石の浦に渡る。
文を書いて京の使いを帰らせる。
 
明石入道、源氏のところに参って昔の物語を申す。
 
卯月、衣替えの装束のこと。
 久しく手をお触れにならないきんを源氏が袋よりお取り出しになってつかの間かき鳴らしておいでになる御様子を、拝見する人も、穏やかでなく悲しく思い合っている。広陵散という曲を、さえ渡るように残るところなく弾いておいでになると、かの、丘辺の家でも、松の声、波の音に響き合うままに、心掛けのある若人は、身に染みるように思っているらしい。何と聞き分けられそうもない、かなたこなたの年寄りどもも、出てきて不覚にも浜風に風邪を引いている。入道も、こらえられず、供養法を怠って急いで参った。
「改めて、背いてしまったこの世のこともまた思い出してしまいそうです。後の世にはと願っておりますかのところの様子も想像されますような、この夜の様子ですね」
と泣く泣くめで申し上げる。源氏自身のお心にも、折々のお遊びのこと、その人の琴、かの人の笛、あるいは、声の出し方に、時々につけて世の中にめでられていた境遇、帝を始めとして大切にあがめ奉られておいでになったこと、恋人や我が身の様子についても思い出されて、夢のような心地がなさるままにかき鳴らしておいでになる声も、物寂しく聞こえる。老人は、涙をとどめることもできず丘辺に琵琶と箏を取りにやり、入道だったのが琵琶法師となって、本当に面白く珍しい曲を一つ二つ弾いている。箏を源氏に差し上げたところ少しお弾きになったが、様々に素晴らしく思われるばかりであった。本当はさほどでもない楽器の音すら良い折には勝って聞こえるものだけれども、はるばると滞るところのない海のほとりなのでかえって、春の花、秋の紅葉の盛りよりは、ただ何となく茂っている陰が風流であるところへ、どこかの門をたたくように水鶏くいなが鳴いているのも、
 
  たが門鎖して
 
(誰から締め出されているのだろうか)
 
と物悲しく思われた。本当に二つとないを出す箏を今度は入道が至ってゆかしく弾き鳴らしているのにもお心が留まって
「これは、女が、ゆかしい様子でしどけなく弾いているのが面白いのですよ」
と一般におっしゃったのに入道は、見当違いの笑いを含んで
「あなたが演奏なさるよりもゆかしい様子をした女が、どこにございましょうか。なにがしは、延喜の帝のお手より伝えて弾くこと四代となっておりますのに、こうつたない身で、この世のことは捨てて忘れておりますけれども、どうしても気が塞ぐ折々はかき鳴らしておりましたのを不思議なことに、まねる者がここにはございまして、自然にかの帝のお手に似通っておるのですが、そう思いますのも山伏のひが耳に松風を聞き続けたせいでございましょうか。とはいえ何とかしてその人の手も、忍んで聞いていただきたいものですよ」
と申し上げるままに、わなないて涙を落としそうである。源氏の君は、
「この辺りでは琴も琴とはお聞きになりそうにないのですね。残念ですよ」と言って前にあった箏を遠ざけられて「不思議なことに、昔より箏は女が弾き方を習得するものだったのですよ。嵯峨の御伝授で女五の宮がその時分の上手でいらしたのにそのお血筋で、取り立てて伝えている人もおりません。およそ、ただ今、世の中で評判を取っている人々でも、上辺をなでて思いを晴らしているばかりなのに、こんなところでこう包み隠して弾いておいでになるとは、本当に興のあることですね。どうしたら聞けましょうか」
とおっしゃる。
「お聞きになるには、何のはばかりがございましょうか。お前に召してもようございます。あきんどの家の中にすら、琵琶を聞かせて褒めたたえられ、故事になったような人もございますが、その琵琶というのも、誠の音を見事に弾きこなす人は、いにしえにもめったにおりませんでしたのに、先ほどの者の、おさおさ滞ることのないゆかしい手などは筋が格別でございます。これもどうやって習い覚えたものでしょう。その音が荒い波の声に交じるのは、悲しくも思われながら、かき集めた嘆かわしさの紛れる折々もございます」
などと好事家らしく言っているので、面白いとお思いになって例の箏をまた、琵琶と取り替えて賜った。本当に優れた弾きぶりである。今の世には聞こえぬ筋を弾きつけて、手遣いはいたく唐風に見え、押し手の音は、深く澄んでいる。ここは伊勢の海ではないけれども
 
  清きなぎさに貝や拾はむ
 
(清いなぎさに貝を拾おうか)
 
などと声の良い人に歌わせて、源氏御自身も、時々拍子をとって声をお添えになるのを、入道が箏を弾きさしてはめで申し上げる。
 お菓子などを、珍しい様子に御用意させ、しきりに酒を人々に強いたりして、おのずから現実を忘れもしそうな夜の様子である。いたく更けてゆくままに浜風が涼しくなって月も、入り方になるままにはなはだ澄み、一同が静かになった折に入道は物語を、残りなく申し上げて、この浦に住み始めた折の決心、後の世のためにお勤めをしている様子を、ぼつぼつ申し上げて、この娘の境遇を、問わず語りに申し上げる。面白いとばかりは言えず、物悲しくお聞きになる節もある。
「本当に申しにくいことですけれども、あなた様が、こう思い掛けない地方に一時いっときでも移っておいでになったのは、あるいは、年来この老い法師が祈り申しておりますのを、神仏がお哀れみになって、しばしのほど、あなたのお心を悩まし奉っているのではないかと思っておるのでございます。その故は、住吉の神を頼み奉り始めて今年で十八年になりました。我が娘にはいとけのうございました時より心積もりがございまして、年ごとの春秋ごとに必ずそのお社に参ることがあるのでございます。昼、夜の六時の勤めにも、後世ごせはちすの上という自らの願いはそれはそれとしてこの娘を貴人のところへという本意をかなえたまえとただ念じておるのです。前世の契りがつたないからこそ、こんな取るに足らない山がつとなったのでしょうが、これでも親は、大臣の位を保っておりました。自らこうして田舎の民となっておるのです。次々とそんなふうに劣ってまいるばかりならばどんな身になってゆくのであろうと、悲しく思っておりますけれども、この娘には、生まれた時より、頼むところがございましてね。いかにして都の貴い人に奉ろうと思う心の深うございますによって、身分につけてあまたの人のそねみを負い、自身のためにも、嫌な目を見る折々も多くございましたけれど、更に苦しみとは思わず、『命の限りはきっと、この小さな衣によっても庇護しましょう。このまま先立ってしまいましたら、波の中に交じってでも死んでおしまいなさい』と命じておるのでございます」
などと、総てそのまま告げるべくもないけれどこんなことを泣く泣く申し上げた。源氏の君も、様々に物を思い続けられる折から、涙ぐみつつ聞こし召す。
「非道にも罪人にされて、思い掛けない地方に頼りない生活を送っているのも、何の罪業だかはっきりしないと思っておりましたが、こよいの物語に聞き合わせれば、『これは誠に、浅くない前世の契りではないか』と感慨も深うございます。なぜ、こうも定かに悟っておいでになったことを今まで告げてくださらなかったのでしょう。都を離れた時より、この世の無常であることがつらくなり、お勤めよりほかのことはなくて月日を経ておりますので、すっかり気落ちしてしまいました。このような人がおいでになるとほのかには聞いておりながら、『私のような落魄した者は、忌むべき者と見捨てられていよう』と塞ぎ込んでおりましたのに。それでは、手引きをおできになるということですね。心細い独り寝の慰めにも」
などとおっしゃるのを、入道はこの上なくうれしく思っている。
「 独り寝は 君も知りぬや
   つれづれと思ひ明かし明石寂しさを
 
(独り寝と言えば、あなたも御存じですね。明石の浦でひたすら物を思い続けて夜を明かすことのうら寂しさを)
 
まして私は年月としつき物を思い続けて気も塞いでおりますことを推し量ってくださいませ」
と申し上げる様子は、わなないてはいるけれどもさすがに趣がなくはない。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
「されど、この浦に慣れておいでになる人は」
と言って
 
  旅衣 悲しさに明かし兼ね
   草の枕は夢も結ばず
 
(私は旅衣での旅寝ですから、この浦のうら悲しさに夜を明かし兼ね、夢を結ぶこともありません)
 
とくつろいでおっしゃるお姿は至って、愛嬌があって言いようもない感じなのである。入道は数知れぬ言葉を言い尽くしていたのだけれども書けばうるさかろう。わざとひが事のように書いたのでますます、その心ばえもあほらしく意地っ張りに表されてしまったようだ。
 思っていることがかつかつかなった心地がして、入道が爽やかな思いでいたところ、又の日の昼頃、丘辺に源氏が文を遣わした。娘が立派な様子であるらしいのにも『かえってこんな片田舎に、思いの外のことも隠れているらしいから』と心遣いをなさって、高麗の胡桃色の紙に、見事に繕って
 
 をちこちも知らぬ雲居に眺めわび
  かすめし 宿のこずゑをぞとふ
(ここもかしこも知らぬ遠い空で思い煩いながら、お父上にほのめかされた、お宅のこずえを訪れるのです)
 思ふには
(思うことに、忍ぶことが負けてしまったのです)
 
とばかりあったとかいうことだ。
 入道も、そちらの家に行って人知れずお待ち申し上げようとしていたのがそのとおりになったので文の使いを、本当に目をそばめたくなるほどに酔わせる。返書には、非常に時間が掛かっている。内に這入って促すけれども娘は、更に言うことを聞かず、その文の立派な様子に、筆を構える手つきも恥ずかしそうだ。相手の御身分、自分の身の程は考えるにも懸け隔たっており、心地が良くないと言って物に寄って伏してしまう。それ以上は言い兼ねて、入道がこう書いたのである。
 
本当に恐れ多いお言葉で、田舎びておりますあの子のたもとには包むに余ってしまうのでしょうか。更に目に這入りもしません恐れ多さでございます。しかし、
 眺むらむ同じ雲居を眺むるは
  思ひも 同じ思ひなるらむ
(あなたが眺めているのと同じ空を娘も眺めておりますのは、その思いも、あなたと同じ思いなのでしょう)
と私は見ておるのです。本当に好き者ですね。
 
と申し上げた。
 陸奥紙でいたく老人臭いけれども、書き様は由ありげに見える。誠に好事家だなと、思いの外のことに御覧になる。
 入道が纏頭てんとうとして使いに与えた裳などは並々のものではなかった。又の日源氏は、代筆だなんて経験がございませんよと言っ
 
 いぶせくも心に物を悩むかな
  やよやいかにと問ふ人もなみ
(気が塞ぐばかりにも物を思い煩っておりますよ。やあ、どうだいと問うてくれる人もおりませんので)
 言ひ難み
(恋しいとも、まだ見ぬ恋人には言い難いですね)
 
とこの度は、いたくしなやかな薄様に本当に愛らしくお書きになってある。これを若い人がめでなかったら本当にあまり陰気であろう、美しいとは見るのだけれど、似つかわしくもない身の程がはなはだかいもないのでかえって、自分のことなどを世にあるものと知ってお尋ねになったにつけても涙ぐまれていつものように更に答える気配もなかったのに、強いて言われて、大いに香を染ませてある紫の紙に墨つきは濃く薄く紛らわして
 
  思ふらむ心の程ややよいかに
   まだ見ぬ人の聞きか悩まむ
 
(あなたが思っているという心は、さあ、どれほどでしょう。まだ私を見てもいない人が私のことを聞いて悩むものでしょうか)
 
筆致などは、貴人にもいたくは劣るまい。京のことが思い出されて面白く御覧になるけれども、しきりに文を遣わすのも人目がはばかられるので二三日隔てては、つれづれな夕暮れ、あるいは、物悲しいあけぼのなど、同じように見て機微を解していそうな折を推し量って、それに紛らして書き交わされたところ、その返事は源氏に似合わしくもあり、その慎重な自負心も見ずには終わるまいとお思いになることではあるけれども、良清が、この人を我が物のように言っていた様子につけても、それを思いの外に、年来心を寄せていたであろうにその目の前で思いを阻むのも、哀れなように思い巡らされて、相手が進んでこちらへ参ればそういうことだからと紛らしてしまおうとお思いになるけども、女はやはり、かえってやんごとない身分の人よりもいたく自負があって源氏のことを憎らしくお取り扱い申し上げたので、意地の張り合いで時が過ぎたのである。