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源氏物語

花散里(一)

夏、麗景殿の女御のもとに参るついでに中河の女の家の前を通る。
 目的地が、御想像どおり人の出入りもなく静かなその有り様を御覧になるにも至って物悲しい。まず麗景殿の女御の居室で昔の物語などをおっしゃる内に、夜も更けてしまった。二十日の月が差し始める折にはこずえの高い木陰が一面にますます暗く見えて、近くのたちばなの香りが、慕わしく匂って、女御の御様子は、年たけてはいたが飽くまで、心掛けがあり、品が良く可憐である。「父上の覚えは優れて華やかということこそなかったが、慕わしく心の引かれる方とは思っておいでになったものを」などとお思い出しになるにつけても昔のことが、連なるように思われてお泣きになる。時鳥ほととぎすが、先ほどの垣根のであろうか、同じ声に鳴く。私を慕ってきたのだなと思われるほどにも艶であったのだ。
 
  いかに知りてか
 
(どうして知ったのか)
 
などと、忍びやかに誦される。
「 橘の香を懐かしみ
   時鳥 花散る里を訪ねてぞ問ふ
 
(橘の香が慕わしいので、時鳥も、花の散るあなたのお宅を訪れるのですよ)
 
故人の忘れ難さの慰めには、ちょうどここへ参らねばなりませんでした。殊の外、思いの紛れることも、数が添うこともあるのですが、大方の人は、世に従うものですから、昔話をぼつぼつ話せる人も少なくなってゆくのですけれど、あなたなどはなおさら、つれづれも、紛れることなく思われることでしょう」
とおっしゃると、本当に改めて言うに及ばない世の中なのだけれど、いたく悲しく物を思い続けておいでになるその御様子の深さにも、お人柄であろうか多く感慨が添うたのである。
 
  人目なく荒れたる宿は
   橘の花こそ軒の妻となりけれ
 
(荒れてしまったこの家では、軒端の橘の花こそが人のお見えの糸口となったのですね)
 
とばかりおっしゃったのが、やはり人よりは本当に立派なことだと思い比べられる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
麗景殿の女御のところで花散里に行き会う。(花散里終)
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源氏物語

賢木(四)

源氏が内裏から退出するついでに右大臣の孫の頭弁とうのべん、源氏を見て「白虹、日を貫けり」の句を誦する。
 
源氏、東宮に参り、藤壺に啓する。
 
朧月夜、文を源氏に送る。
 
霜月初め、故桐壺院の一周忌に源氏、文を藤壺に奉る。
 
師走十余日、藤壺の御八講みはっこう結願けちがんの日、藤壺、落飾。王命婦、同じく出家。
 
睦月、源氏、藤壺に参る。
 
左大臣、致仕の表を奉る。
 
夏、雨の日、源氏と三位中将(かつての頭中将)が参会して韻ふたぎに興じる。二日後、中将、負けわざ。
 その頃、かんの君は退出しておいでになる。わらわやみに久しくお苦しみになって、まじないなども心安くしようということだった。修法などを始めて少し癒えたので誰もが、うれしくお思いになるのに、いつものように源氏とこれを珍しい機会と言い交わされて、無理な仕方で夜な夜な対面なさる。至って盛りに豊かな様子をしておいでになる人が少し苦しんではなはだ痩せておいでになる折で、本当にかわいらしい。皇太后も一所ひとところにおいでになる頃なのでその気配も至って恐ろしいのだけれど、そんなことにこそ思いが勝る癖がおありになっていたく忍んで度重なってゆくので、その様子を見ている人々もあるようだけれど、煩わしくて皇太后には、そのことを啓しない。右大臣にとってもまた思い掛けないことだけれど、雨がにわかにおどろおどろしく降って雷がいたく鳴り騒ぐ暁に右大臣の公達、皇太后のつかさなどが立ち騒いであちらこちらの人目もうるさく、女房たちも、ひどくおじて近くに集うてまいるので、どうしようもなく、出る手立てもおありにならぬままにすっかり夜が明けてしまう。帳台の巡りにも人々が密に並み居るものだから、本当に胸が潰れそうに思われる。訳知りの人二人ばかりも、心を惑わしている。雷鳴や雨の少しやんだ折に、右大臣がいらしてまずは皇太后の居室においでになったことが村雨に紛れて二人ともお分かりにならずにしまったところへ、軽率にも大臣がつとお這入りになって御簾を引き上げられるや否や
「どうだね。夜中は本当に不穏であったが、あなたのことを思いやってはいながら参ることができなくてね。中将や宮のすけなどは伺候していたかね」
などとおっしゃる素振りが口早で軽々しいのをこんな忍び会いの間にも源氏大将は左大臣の御様子とふと思い比べられて、はなはだ違うものだなと頬笑まれるのである。誠に、すっかり這入ってからおっしゃればよいのに。尚の君は、本当に悩ましく思われて、やおらいざっておいでになるけれどおもてがいたく赤らんでいるので、なおもお苦しいのかと御覧になって
「どうして御気分がお悪いのでしょう。物の怪などが難しいのなら、修法を延べさせておくべきでしたね」
とおっしゃるところへ、薄二藍うすふたあいの帯が服にまつわって引き出されてきたのを見付けられて、怪しいとお思いになるのに、また、たとう紙に、手習いなどしたのが、几帳のもとに落ちている。これはどうしたことかと心から驚かれて
「あれは誰のだ。様子が違うではないか。そいつをよこしなさい。手に取って、誰のものか見てみよう」
とおっしゃるので、見返って朧月夜も見付けられたのである。紛らわす手立てもないが、どうしてお答えになれよう、無我夢中でいらっしゃるけれど、我が子ながらも、恥ずかしがっておいでになるのだろうとそれほどの人なら考えておはばかりになるはずのものである。しかし、いたく性急で、ゆったりしたところがおありにならない大臣で、思い巡らすこともないままそのたとう紙をお取りになるや否や几帳の奥を御覧になったところ、いたくなよやかで、はばかりもせず物に寄り掛かって伏している男がある。今になって、やおら顔を隠してとかく紛らわすのである。思いの外のことに驚いてばかばかしくなるけれども、ぶしつけにどうしてすっぱ抜くことがおできになろう。目もくらむ心地がするので、そのたとう紙を取って寝殿にお移りになった。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 かんの君は、夢のような心地がして、死にそうに思われる。大将殿も、「困ったことだ。ついに、無用な振る舞いが積もり積もって人の批判を負おうとしているのだ」とお思いになりながらも、女君の気の毒な御様子をとかくお慰めになる。
右大臣、朧月夜と源氏のことを皇太后に訴える。(賢木終)
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源氏物語

賢木(三)

秋、源氏、雲林院うりんいんに詣でる。そこの紅葉を藤壺に奉る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより


 一通りのことや、東宮に関することなどについては、信頼しているというふうで、生真面目な返書ばかりを藤壺はおよこしになったので、源氏は「誠におもんぱかりの賢いことよ。いつも変わらずに」と、恨めしくは御覧になるけれど、何事にもしばしば後ろ盾になってこられたのだから「人からいぶかしく見とがめられては」とお思いになって、藤壺が御退出になるはずの日には参上した。まず主上の居室に参上したところ、静かに過ごしておいでになる折で、昔や今の物語を申し上げる。お姿も、故院に本当によく似ておいでになって今少し艶に美しいが添うて、慕わしく和やかでいらしたのである。お会いになってみると互いに感慨も深い。朧月夜のかんの君と、なお絶えていない事情も聞こし召し、その気配を御覧になる折もあるのだけれど、「いやいや、今始めたことならともかく、誠に、心を交わしても似合わしいような、二人の取り合わせではないか」と思うようにおなりになっておとがめにならなかったのである。
 よろずのお話をしたり、学問の道ではっきりしないところを問うたりなさって、また、好き者めいた歌物語なども互いに語り合われるついでに、あの斎宮がお下りになった日のこと、お姿のかわいらしくていらしたことなどをお語りになるので、源氏も打ち解けて、野宮のあの物悲しかったあけぼののことも皆口に出しておしまいになった。二十日の月が次第に差し始めて面白い折なので、遊びなどもしたくなる折だなと主上は仰せられる。

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源氏物語

賢木(二)

源氏、榊の枝の文を御息所に奉る。
 
神無月、桐壺院、御病気。霜月一日、崩御。
 
師走二十日、四十九日が過ぎ、藤壺中宮、三条の宮に移る。源氏、参る。
 
源氏、籠居。
 
如月、朧月夜、尚侍ないしのかみに任ぜられる。
 
朝顔の姫宮、賀茂の斎院となる。
 帝は、桐壺院の御遺言をたがえずに源氏のことを敬愛しておいでになるけれども、若くていらっしゃる上にそのお心も、なよやかなところが過ぎて、強いところはおありにならないのであろう、母の皇太后、祖父の右大臣がとりどりになさることに背くことがおできにならず、世の政も、お心にかなわないようである。源氏には煩わしいことばかりが増さるけれども、朧月夜の尚侍とは、人知れずお心を通わしていて、無理はあっても疎遠にはしない。五壇の法の初めで主上が斎戒しておいでになる機会をうかがっていつものように、夢のように源氏は言い寄られる。あの昔が思い出される細殿の部屋に中納言の君という者が、何かに紛らして入れ奉る。修法で人目もうるさい頃なので、常よりも端近なのが、空恐ろしく思われる。朝夕にお目に掛かる人すら飽きることがない御様子なのだから、珍しい折にしかない御対面であればなおさらどうしておろそかにしよう。女君の御様子も誠に、美しい盛りなのである。重々しいところはともかく、かわいらしく艶に若やいだ風情で、添うていたくなるような人だった。程なく明けてゆくかと思うとすぐそこで、宿直奏とのいもうしをいたす、という作り声がする。「自分のほかにまた、この辺りへ隠れている近衛府このえふつかさがいるのだろうな。腹汚い仲間が教えてよこすのだ」と、この近衛大将このえのだいしょうはお聞きになる。おかしくはあるが煩わしくもある。その男がここかしこを尋ねて回って、寅一つ、と申すのが聞こえる。女君は、
 
  心から方々袖を濡らすかな
   明くと教ふる声につけても
 
(この心ゆえあれこれ袖を濡らすのです。夜明けを教える声につけても)
 
とおっしゃる様子が、心細そうで本当にかわいらしい。
 
  嘆きつつ我がはかくて過ぐせとや
   胸のくべき時ぞともなく
 
(嘆きつつ一生こうして過ごせというのでしょうか。心が晴れる時でもなく、夜が明ける時だとは)
 
心も鎮まらないまま出ていっておしまいになる。有明の月で一面に得も言われぬ霧が立ち込めていると、殊更簡素に繕うておいでになるところも、似る者がないように見えて、承香殿しょうきょうでんの女御の御兄弟であるとう少将が、藤壺を出て、少し月の陰になった立てじとみのもとに立っていたことを、知らずにお通りになったとかいうのは哀れなことである。この人が御批判を申し上げるようなこともあったのであろう。
 こんなことにつけても一方では、あの、自分のことをつれなく避けているお方のお心が、結構なことに思われたりもするけれど、自分が思いを寄せているというところからはなお、むごく情けなく思われる折が多くある。
 藤壺には内裏に参上することも、落ち着かず窮屈なことに思われるようになって、東宮を御覧にならないことが、心もとなく思われる。ほかにまた、頼もしい人もおありにならないので、ただその大将の君をよろずに頼んでいらっしゃるというのに、なおもあの憎いお心のやまないことにともすれば胸も潰れつつ「院がいささかもあのことの気配にお気付きにならずにしまったことを思うてすら本当に恐ろしいのに、今更にまたそんなことが世に聞こえては、我が身にはもちろんのこと東宮のためにも必ずや良くないことが出てくるであろう」とお思いになると本当に恐ろしいのでお祈りまでさせて、その人の思いを終わらせて差し上げようと思い至らぬところもなく逃れられるのに、いかなる折であったろうか、あきれたことにあちらからお近付きになった。慎重にお謀りになったのであろう、それと知る人もなかったので、夢のようなことであった。そのままには告げようもないほど言い寄り続けられるけれども宮は、殊の外にお避けになって果ての果てはいたく胸が苦しくなるので、近く伺候していた王命婦、弁などは、驚いて看護し奉る。男は、つらくむごくお思いになること一通りでないので、来し方、行く先も暗くなる心地がして正気もうせてしまい、すっかり明けてしまったのだけれど出てゆかれずにしまった。お苦しみに驚いて人々が、近くに参って、しきりに入り乱れるので、無我夢中のまま塗りごめに押し入れられておいでになる。服を隠し持っている人は、本当に煩わしい心地である。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 藤壺の宮は、本当に悩ましく物をお思いになったので上気なさってなおもお苦しみになる。兄の兵部卿の宮、中宮大夫などが参って、僧を召せなどと騒ぐので、大将は、本当に悩ましく聞いておいでになる。ようよう、暮れゆく折には少し癒えてきたのである。あんなところに源氏が籠もっておいでになろうとは藤壺は思いも掛けず人々も、またお心を惑わすまいということで、こんなことがございましたとも申さないのであろう、ひのおましにいざり出てゆかれる。小康を得られたらしいというので兵部卿の宮も御退出になるなどしてお前は人少なになってしまう。いつも、近く慣れさせておいでになる人は少ないので、今日もここかしこの物の後ろなどに伺候しているのであった。王命婦の君などは、
「いかに謀ってここから出し奉りましょう。こよいも宮が上気なさったらふびんでございます」
などと持て余してひそひそ話している。源氏の君は、塗りごめの戸が細目に開いているのをやおら押し開けて屏風のはざ間に伝って這入っておしまいになる。珍しくうれしくて、涙も落ちるままに御覧になる。藤壺がそれと知らずに
「まだ本当に苦しいわ。命も尽きてしまうのでしょうか」
と言って外の方を見ておいでになる横顔は、言い知れぬほど艶に美しく見える。せめて果物だけでもと御用意して据えてあった。箱の蓋などに、ゆかしくよそってあるけれど中を御覧にもならない。この仲のことにいたく思い悩んでいらっしゃるようで静かに深く物を思うておいでになるのが、はなはだ可憐である。額から頭、背へとおぐしの掛かった様子や、この上ない匂やかさなど、ただ、あの西の対の姫君にたがうところがない。年来、少し忘れておいでになったのだけれど、驚くまで二人は似ておいでになるなと御覧になるままに、少し物思いの晴れるような心地もなさる。「気高く立派な様などは、全くあの姫君と別人だとは判断し難いほどだけれど、それも、この上なく昔より引かれてまいったこの心の思いなしであろうか。年たけて格別立派におなりになった」と、類いなく思われるので心惑いがして、やおら帳台に絡まり這入って服の端を引き、音をお立てになる。気配も明らかにさっと匂うたので、驚き恐れるままにひれ伏しておしまいになる。せめて見向きだけでもしてほしいと、いら立たしくて恨めしくてお引き寄せになると、女は服を滑らせて脱ぎ置き、いざってそこからのこうとなさるのに、思わず知らずおぐしさえ男の手に取られていたので、本当に情けなく宿世の程が思い知られて、悲しんでおいでになる。男も、あまたの時を鎮めておいでになったお心が、皆乱れて、正気もなくなりよろずのことを泣く泣くお恨みになるけれど、女は誠に穏やかでないとお思いになって、返事もおっしゃらずにただ
「病気で本当に気分が悪うございますので、こんな折でもなければ何か申し上げられましょうが」
とおっしゃるけれど、尽きることのないお心の程を言い続けられてはさすがに、うれしくお聞きになる節も交じっていたことであろう。前にもなかったことではないが改めて、本当に口惜しく思われるので、ゆかしい返事はなさるけれどいともよく逃れられてこよいも明けてゆく。強いて従い申し上げぬのも面目ないような女の立派な御様子に、男は
「せめてこんなふうに時々でも、私のひどい憂いを晴らすことができましたなら、どんな、分に過ぎた心も持ちますまい」
などとお心を緩ませ申し上げるのであろう。凡なことですら、こうした仲らいには、美しいことも添うというのに、こんな折にはなおさら類いもありそうにない。
 すっかり明けると命婦と弁の二人して源氏に、大層なことを申し上げ、宮は、半ば亡き者のような有り様が気の毒なほどで、源氏が
「私がまだ世に在ると聞こし召されるのもいたく恥ずかしいのですが、だからといってそのまま死んでしまいますこともまた、あの世までの罪となるはずのことで」
などとおっしゃるのも、恐ろしいまでに思い込んでいらっしゃる。
 
「 会ふことの難きを今日に限らずは
   今幾世をか 嘆きつつ経む
 
(敵のように会い難いことが今日に限らないのであれば、あと幾つの来世を、嘆きつつ経ることになるでしょうか)
 
ほだしになるといけませんから」
とおっしゃるので藤壺はさすがにお嘆きになって
 
  長き世の恨みを人に残しても
   かつは心をと知らなむ
 
(長く来世まで恨みを人に残しても、その一方ではあなたのお心をあだのように不実であると知ってほしいのです)
 
あっけなくこう言いなされた様子には、言いようもない心地がするけれど、相手も自分も苦しむことであろうから、人心地もせず出ておしまいになる。
「何の面目があって、またもお目に掛かれよう。私の哀れさを理解ばかりでもしてくだされば」とお思いになって、文もお送りにならない。絶えて内裏や東宮にも参上せずにお籠もりになっていて起き伏し「あの人のお心の悲しかったこと」と、人目に悪いほど恋しく悲しくなるのに、魂もうせてしまったのか、御気分さえ悪く思われる。心細く、何ゆえか
 
  世に経れば憂さこそ増され
 
(俗事に日を経ているから憂さが増さるのだ)
 
とお思い立ちになるには、こちらの紫の女君が本当に可憐で自分をいとしい人と頼んでいらっしゃるのを振り捨てることは至って難い。
 藤壺中宮もあの日の名残で、御気分も悪くていらっしゃる。源氏がこう殊更めいて籠もっていて、音信をなさらないので、王命婦などは哀れみ申し上げる。中宮も、こうして隔てを置かれることは、東宮のためをお思いになるとふびんで、源氏の君が俗事を無益なことに思うようにおなりになれば一筋にお思い立ちになることもあろうかと、さすがに苦しく思われるのであろう、「こんなことが絶えなければ、たださえひどいこの世の中にうわささえきっと漏れ出るだろう。皇太后からは、あるまじきことと言われているらしいこの位をも去ってしまおう」と思うように次第におなりになる。故院の仰せられたことが一通りのお考えでなかったことをお思い出しになるにも「よろずのことが、以前と変わりゆく世の中らしい。せき夫人のようにではなくとも、必ずや、人笑わせな目を見るはずの我が身のようだ」などと、疎ましく過ごし難く思われる世を背いてしまおうとお思い定めになるけれども、東宮に会わずに面変わりするのは悲しく思われるので忍びやかに参上した。大将の君は、さほどでもないことにすら、考えの及ばぬこともなく御奉仕なさるお方であるのに、病気で御気分のお悪いのにかこつけて、お送りにもいらっしゃらない。一通りの贈り物は同じようになさるけれども、すっかり塞ぎ込んでおしまいになってと、訳を知っている者どうしは哀れみ申し上げる。
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源氏物語

賢木(一)

 斎宮がお下りになる日も近付くので御息所は、心細くお思いになる。特別な人のように思われて気が置かれたあの左大臣家の女君もお亡くなりになって後、よもやあのお苦しみは続くまいと世人もうわさを申し上げ、野宮の内の人の心もときめいていたのに、その後も連絡は絶えたまま、この思いの外のお取扱いを御覧になるに、誠に私のことをいとわしくお思いになることがあったのであろうとすっかりお分かりになったので、感慨も様々なところを思い切って一筋に都を出てゆくことになさる。親が添うてお下りになる例も別にないけれど、本当に見放し難い娘の有り様にかこつけて、このいとわしい世を離れてゆこうとお思いになるのに、大将の君はさすがに、もはやこれまでと疎遠になっておしまいになるのも、口惜しく思われて、消息ばかりは、優しく度々通わされる。対面なさるようなことは、今更あるまじきことと女君もお思いになる。「あの人は、私のことを憎むべき者と思い定めておいでになるのだろう。私は、これ以上、心を乱してどうするというのか」と、情にも引かされぬのであろう。元の御殿へも、ちょっとお帰りになる折々はあるのだけれど、いたくお忍びになるので、大将殿は御存じなく、野宮はまた、たやすく、心に任せておいでになれるお住まいでもないので、心もとないままに月日も隔たってしまうのに、父上の桐壺院が、深刻な御病気ではないが、御気分が悪くて時々お苦しみになるので、ますますお心の休まる時がないのだけれど、「すっかり情けの薄い者と思わせてしまうのも、哀れであるし、不人情と世のうわさにもなろうか」と思い起こされて野宮においでになる。長月も七日ばかりで、女君のところでは、御出発もまさに今日明日のことと思っておいでになるので、お心も落ち着かないのだけれど、立ちながらでも、と度々消息があったので、さてもまあとは思い煩われながら、物越しばかりにも対面しないのはあまりに控え目なので人知れず、お待ち申し上げておりますと連絡なさった。はるかな野辺を分け入っておいでになるとすぐに非常に悲しくなる。秋の花も茅萱ちがやも虫のも皆かれて衰えつつあるところへ、松風は恐ろしく吹いて混ざり合い、いずれの音とも聞き分けられないでいる内に、途切れ途切れに琴のが聞こえてくるのが、至って優美である。むつまじくしているお先乗りが十余人ばかりに、随身にも、事々しい姿はさせず、いたくお忍びになってはいるのだけれど殊に繕うておいでになる源氏の御用意が、本当に美しくお見えになると、お供の好き者たちは、所柄も添うて身に染みるように思っている。源氏のお心にも、どうして今までここをなじみにしなかったろうと、過ぎた頃が悔やまれる。大垣といってもはかなげな小柴垣で、板屋がここかしこにあり本当に仮初めらしい。黒木の鳥居は、さすがに神々しく見渡されて息も詰まるようなところに、神司かんづかさの者どもが、ここかしこでせき払いをして仲間どうし物を言っている気配なども、よそとは勝手が違って見える。火たき屋がかすかに光り、人気も少なくしめやかで、ここであの物思わしい人が月日を隔てておいでになる間のことを思いやられると、本当に悲しく心苦しい。北の対の適当なところに隠れて、案内を乞うと、中では遊びを皆やめて、物音があまた聞こえるのにお心が引かれる。何々とかいう人づての消息ばかりで、当人は、対面なさりそうな様子もないので、本当にいとわしくお思いになって、
「こんなふうに出歩くことも今は似合わしくないような位にあると理解してくださっていれば、こんなしめ縄の外のお取扱いはなさらないはずですよ。気掛かりなことも晴れやかにしたいものですから」
とまめやかに源氏がおっしゃると、人々は
「誠にお気の毒で」
「立ったまま思い煩うておいでになるのにふびんですよ」
などと言って持て余すので、「さあ、こちらの人目にも見苦しく、あちらからも子供じみたように思われようし、出ていってお前に坐るのが今更に恥ずかしい」とお思いになり、いたく物憂いけれども、無情に取り扱うことのできるほど強くもないので、とかくに嘆息し、ためらっていざり出ておいでになる素振りは、至って心憎い。
「こちらでは、すのこまでなら許されましょうね」
と言って上ってお坐りになった。際やかに差し始めた夕月夜に殊更に繕うておいでになる装いやつやに似るものはなく美しい。無音ぶいんが積もって数箇月ともなれば言い訳も恥ずかしくて、さかきをいささか折ってお持ちになったのを差し入れて
「この枝の変わらぬ色を導きとして、みず垣をも越えてまいりました。それを情けもなくこんな」
とおっしゃれば、
 
  神垣は印の杉もなきものを
   いかにまがへて折れる榊ぞ
 
(この神垣には印の杉もありませんものを、いかに思い違えて折った榊でしょうか)
 
とおっしゃるので、
 
  乙女子が辺りと思へば
   榊葉の香を懐かしみ とめてこそ折れ
 
(あなたという乙女のいる辺りと思えばこそ、榊葉の香が慕わしい故に、尋ねて折りもしたのです)
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 息詰まるような神域で、頭ばかりはすだれをくぐり、体はなげしに寄り掛かって源氏は坐っておいでになる。この人に心に任せてお目に掛かれ、慕われてもいたような年月には、のんきなおごったお心で、さほどにも思われなかった。また、心の内に、どうしてかこの人に傷があるように思っておしまいになった後は、いとしさも冷め、こう仲も隔たってしまったのに、この珍しい御対面に、昔のことが思い出されるにも、いとしく思い乱れられることは一通りでない。来し方、行く先のことが思い続けられて、心弱く泣いておしまいになる。女は、思いの程を見せまいと包んでいらっしゃるようだけれどもお忍びになれぬ有り様なので、男はいよいよ心苦しく、なおも御出発を思い止まられるようにおっしゃったらしいのだ。月も入ったのだろうか。物悲しい空を眺めつつ男君がお嘆きになるので、女にはむごく思われたあまたのことも消えてしまいそうである。こうなった以上はと、思いも次第に離れていたのに、案の定、お心はかえって揺らぎ乱れてくる。殿上の若い公達などは、打ち連れて来るとなかなか立つこともできないというこの庭のたたずまいも、誠に、艶なことなら引き受けたという有り様である。思い残すこともない仲らいに二人が語り合われた言葉は、しまいまで告げようもない。
 次第に明けてゆく空の塩梅は、殊更に作り出したかのようである。
 
  暁の別れはいつも露けきを
   こは 世に知らぬ 秋の空かな
 
(暁の別れはいつでも湿りがちなものですが、今日のこれはまた、喩えようがない、秋の空ですね)
 
出てゆき難くお手を捉えてためらっておいでになるのが、はなはだゆかしい。
 風がいたく冷ややかに吹いて、松虫の泣きからした声も折知り顔なので、さして思うこともなくてすら聞き過ごし難いほどであるのに、どうしようもない心惑いにはなおさらのこと、かえって歌も成らぬのであろうか。
 
  大方の 秋の別れも悲しきに
   く音な添へそ 野辺の松虫
 
(一通りの、秋の別れでも悲しいのに、鳴いて泣く音を添えるなよ。野辺の松虫よ)
 
悔やまれることは多いけれどそのかいもないので、空が明けてゆくのも間が悪くて出ておゆきになる道のりは、いたく湿りがちである。女も、情に引かれないではいられず名残にもいとしく物を思うておいでになる。ちょっと御覧になっただけの、月の光に映ったお姿や、なおもとどまっている匂いなどを、若い人々は、身に染ませて禁も犯しそうなほどにめで申し上げる。
「いずこへ参る道であっても、あれほどの御様子を見捨ててはお別れできましょうか」
と、むやみに涙ぐみ合っている。
 文が常よりも細やかなことは女君の思いもなびくばかりであるが、また御計画を翻せようはずもないのだから本当にかいのないことである。男君は、さほどにもお思いにならないことをすらお情けのためには麗しく言い続けられるらしいのであるから、ありきたりの仲と同列には思われなかったのにこうして世を背いておしまいになろうとするのをなおさら口惜しくも哀れにも思い悩んでいらっしゃるはずである。旅の御装束を始めとして、人々の分まで、あれやこれやの御調度など、素晴らしく珍しい装いの贈り物をなさるけれども、女君には何とも思われない。軽々しく情けない名をばかり流してあきれたこの身の有り様を、その折が近くなるままに、今始めたことのように起き伏し嘆いておいでになる。斎宮は、いとけないお考えに、不定であった御出立の日がこうして定まってゆくことをうれしくのみ思っておいでになる。世人は、例のないことと、批判もし悲しみもし様々に申し上げているであろう。何事にも、人から批判やうわさをされぬ身分には煩いもありそうにない。かえって、世に抜きん出た人の辺りには、窮屈なことも多いのである。
 十六日、桂川にてはらえをなさる。常の儀式に勝って、長奉送使ちょうぶそうしや、そうでない公卿にも、やんごとなく、声望の高い方をおえりになった。桐壺院の御ひいきもあればこそであろう。御出立の折には大将殿より斎宮へ、いつものように尽きることのないお言葉を申し上げた。
 
口に出すにも恐れ多いあなたのお前にて
 
と、木綿ゆうに付けて
 
鳴る雷ですら、思い合う仲を離したりはするものですか。
 八島もる国つ御神も
  心あらば 飽かぬ別れの仲をことわれ
(日本を見守る地の神も、心があるならば、物足りなくも別れますこの仲の理非を判じてください)
思ってみても物足りない心地がするのです。

 
とある。いたく取り込んでいる折だけれども、返書がある。斎宮のお歌は、女別当にょべっとうをして書かせたものである。
 
  国つ神 空にことわる仲ならば
   なほざりごとをまづやたださむ
 
(地の神が、空にて理非を判ずるような仲でしたら、あなたのなおざりなお言葉をまずはただされるでしょう)
 
大将は、斎宮の御様子を知りたくて、内裏にも参上したくお思いになるけれど、見捨てられてしまったままに見送ることも人目に悪いようにお考えになったので、思い止まられて物思いを続けておいでになる。斎宮の御返歌がいかにも大人びているのを、頬笑んで御覧になっている。お年の程にしては面白そうなお方でいらっしゃると、こんなふうにただごとでなく例にたがった煩わしさには必ずお心が掛かる癖で、「子供であった頃ならばよくよくお目に掛かれたはずなのに見ずにしまったのは残念だが、世の中は定めないから、対面することもきっとあるだろう」などとお思いになる。
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源氏物語

葵(五)

九月、伊勢の斎宮、野宮に入る。
 
十月、三位中将(かつての頭中将)亡き妹のために喪服を着して源氏の方に参る。
源氏物語絵巻『葵』 メトロポリタン美術館コレクションより


源氏、撫子の花を折って、遺児の乳母である宰相の君をもって母宮に奉る。

源氏物語絵巻『葵』 メトロポリタン美術館コレクションより
 すっかり日も暮れたのであかしを近く用意させて、相応な人々に限り、お前で物語などおさせになる。中納言の君というのは、年来源氏が忍んで情けをお掛けになった人であるけれど、この喪中にはかえって、そうした筋の思いもお掛けにならず、これもお優しいお心からと拝見している。一通りには親しくお語らいになって
「この頃はこうして、在りし日より格別に慣れ親しんで、皆さんの見分けも付くようになったのに、常にこうしていられなくなったら恋しくなりましょうね。悲しいことはもちろんとして、ここであったことをただ思い巡らしてみても、耐え難くなることが多いのです」
とおっしゃればますます皆泣いて、
「お隠れになったことにはもちろん、わたくしらの心もただ暗くなるばかりなのですが、あなた様がここから名残もなくさ迷い出られる折のことを思いますと」
としまいまでも申し上げない。源氏は辺りを感慨深く見渡されて
「名残もなくとはどうして。情けが薄いとうわさをしていらっしゃるのだね。せめて気長な人がいれば、最後はきっと分かってくださろうものを。命ははかないものですがね」
と言ってを眺めておいでになるその目元がぬれていて美しいのであった。
 故人の取り分けかわいがっていらしたある童子が、両親もなく、本当に心細い思いをしているのを、もっともなことだと源氏は御覧になって、
貴君あてきは今は、私の方を心に掛けねばならぬ人でしょう」
とおっしゃると、ひどく泣いている。細いあこめを、人よりは黒く染めて、黒い汗衫かざみ萱草かんぞう色のはかまなどを着ているのも、かわいらしい姿である。
「故人のことを忘れない人は、寂しさを忍んでも、幼い息子のことを見捨てずにここにいらっしゃい。夫婦の仲の名残もなくなって人々さえも離れていったら、あの子もますます寄る辺がなくなってしまいましょうから」
などと、皆に、気長に待ってほしい旨をおっしゃるけれども、「いやはや、ますます待ちわびることになるであろう」と思うにもますます心細くなる。
 左大臣は人々に、身分身分で区別を付けつつ、たわいない道具や、誠にかの人の形見となるべきものなど、それとないふうを装って皆配らせた。
 源氏の君は、こんなふうにぼんやりとのみどうして過ごしていらっしゃれようかと院のところへ参上する。お車を出し、お先乗りなどが参集する間に、時雨は折知り顔に注いで、風は木の葉を誘い、辺りを慌ただしく吹き払ったので、源氏のお前に伺候する人々は、本当に心細くて、少し乾く間もあったその袖もしとどに潤うてしまう。今夜はそのまま二条院にお泊まりになるようだということで源氏の侍衛じえいたちも、そちらでお待ち申し上げていようと各々立って出るので、今日でおしまいということはあるまいけれども、またとなく物悲しい。左大臣も母宮も、今日の有り様に改めてまた悲しさが思われる。源氏は宮のお前に消息をおやりになった。
 
院が待ち遠しく仰せられますによって、今日はあちらへ参上します。ちょっといで立ちますにつけても、今日まで長らえてしまったことよと心がかき乱されるばかりで、とてもこの声をお聞かせできる塩梅あんばいではありませんので、そちらへも参らないことにいたしました。
 
とあるので、宮はいよいよ、目もお見えにならぬほど深く憂いに沈んで、返事もなさらない。左大臣が、すなわちおいでになった。本当に耐え難くお思いになるようで、袖を遠ざけることもおありにならず、それを拝見する人々も本当に悲しくなる。大将の君は、人の世について様々にお思い続けになりお泣きになる様が、悲しみも深いことではあるけれど、至って麗しく艶に見える。大臣は、久しくお心をお鎮めになってから
「よわいが積もると、取るに足りないことにつけてすら涙もろくなるものですのに、袖の干る時もないほど思い惑われます今は、なおさら心も鎮まりませんので、人目にも、いたく取り乱して心弱く見えましょうから、それで院などへも参上しないのです。事のついでには、そのようにそれとなく奏してください。幾ばくもない老後になって見捨てられましたのが情けなくもあるのですよ」
と強いて思いを鎮めておっしゃる様子は至って切ない。源氏の君も、度々鼻をかんで
「先立ち先立たれるこの定めなさはそれも世のさがとこの私にも経験はありながら、差し当たって感じております心惑いは、類いもありそうにございません。院も、この有り様を奏しましたら推し量ってくださるに違いありません」
とおっしゃる。
「それでは、時雨もやみそうにありませんから、暮れない内に」
と大臣は促される。見回して御覧になると、几帳の後ろ、障子の向こうなどの場所に女房が三十人ばかり寄り集まって、濃い又は薄いにび色を着つつ、皆、はなはだ心細げに、袖をぬらしつつ坐っているのを、源氏は至って物悲しく御覧になる。
「あなたのお見捨てになるはずのない人もこちらにとどまっていらっしゃるのですから、物のついでには、それでもお立ち寄りくださるだろうなどと私の方では思いを晴らしておりますのに、ひとえに思慮もない女房などは、今日を限りとこの家を見捨てておしまいになるのだと塞いでおりまして、永の別れの悲しみよりも、ただ時々あなたに親しく奉仕してまいった年月が名残もなくなりそうなのを嘆くと見えますのも無理はございません。打ち解けてはいらっしゃいませんでしたけれど、それでもついにはと、当てにもならない頼みを掛けさせておりましたのに。誠に、心細いこの夕べでございます」
と言うにも泣いておしまいになる。
「本当に浅はかな、人々の嘆きでございますこと。誠に、今はこれでもとのんきに思っておりました間は、おのずからお目に掛からない折もございましたけれど、かえって今は、御挨拶を怠ろうにもほかにどなたを頼みといたしましょう。今に必ずお目に掛かりますよ」
と言って出ておゆきになるのを大臣は、お見送りになって中へお這入りになったところ、しつらえを始めとして、以前に変わるところもないけれど、もぬけの殻のようにむなしい心地がなさる。すずりなどは散らかしたまま帳台の前にお捨てになってある源氏の手習いを取って、それを目を拭いつつ御覧になるので、若い人々には、悲しい中にも頬笑んだ者もありそうである。物悲しい昔物語を、からのものも大和のものも書き散らしつつ、そうにもかいにも、様々に交ぜて珍しくお書きになってある。優れたお手だと、空を仰いでお眺めになる。こうした人をよその人と見なさねばならぬのは惜しいことであろう。
 
  ふるき枕 ふるふすま たれと共にか
 
とあるところに
 
  亡きたまぞいとど悲しき
   寝し床のあくがれ難き心習ひに
 
(亡き人の魂はますます悲しかろう。寝るのに慣れたこの床からはさ迷い難いだろうから)
 
また
 
  霜の華白し
 
とあるところに
 
  君なくてちり積もりぬる夏の
   露打ち払ひ 幾夜ぬらむ
 
(あなたがいなくなってちりの積もっているこの床に、撫子の露のような涙を払い、幾夜寝ていることだろう)
 
 先日のものであろう花が、枯れたまま中に交じっている。宮にお見せになって
「あの子のことはそれはそれとしても、こんな悲しいことは世に類いあるまいと思いながら、長くない契りで、こうして心を惑わすはずのものだったのであろうと、前世のことをかえってむごく思いやっては恋しさを冷ましておりますのに、この頃はただますます耐え難く、それにあの大将の君がこうなった以上はよその人になっておしまいになることが、張り合いもなく悲しく思われるのです。一日二日もお見えにならず間遠においでになったことをすら、面白くなく胸も痛く思っておりましたのに、その朝夕の光を失ってはどうして長らえていられましょうか」
と、声を忍びもあえずお泣きになるので、お前にいた年配の人などが、いたく悲しくてどっと涙を流すのは、寒々とした夕べの有り様である。
 若い人々は、所々に群れて坐りつつ仲間どうし物悲しいことを語らっては
「大臣のお考えになるように、源氏の君の物思いは我が子にお目に掛かってこそ晴れるはずとは思いましても、至ってたわいないお年の程の形見でございますから」
と言って各々
「ちょっと退出してまた参上しましょう」
と言ったりするので、互いに別れを惜しむ折はめいめい、物悲しいことも多くある。
 院のところへ源氏が参上したところ、
「本当に面痩せてしまって。精進に日を経る故だろうか」
と気遣わしくおぼし召して、御前で食事などさせてとかくお心に掛けて扱っておいでになる様は優しくかたじけない。
 かつて藤壺にいらしたあの中宮のところに参上すると人々が、珍しがって拝見する。王命婦の君をして源氏に
「思いも尽きぬことでしょうけれど、程を経るにつけてもいかがお過ごしでしょうか」
と消息を言わせた。
「変わらぬものはない世だと一通りにはわきまえておりましたけれど、目に近く見てしまいますと、いとわしいことが多くて思い乱れておりましたけれど、あなたからの度々の消息に物思いを晴らして今日までも世に在ったのでございます」
と言って、こんな折でなくても心苦しいのにますます感極まってくる。無文むもんの上のきぬに、にび色の下襲したがさねえいは巻いておいでになる簡素なお姿で、華やかに装われたときよりも若々しさは勝っておいでになる。あの東宮のところへも久しく参上しない心もとなさなど申し上げてから、夜更けに退出なさるのである。
 二条院では、あちこちを払い磨いて男も女もお待ち申し上げている。上臈女房たちが、皆参上して我も我もと装い化粧をしたところを見るにつけても、気も塞いで居並んでいたあちらの有り様が物悲しく思い出される。
 装束を召し替えて西の対においでになった。冬の衣替えのしつらえは、曇りもなく鮮やかに見えて、麗しい若人、童子が、見苦しくないよう姿を整えていて、少納言の乳母のこの取り計らいを、心もとないところもないと心憎く御覧になる。姫君は、至って愛らしく繕うておいでになる。
「久しく見ない間に、本当に大人びておしまいになって」
と言って、小さい几帳を引き上げて御覧になれば、横を向いて笑っておいでになる御様子は、物足りないところもない。「火影には横顔も、髪の様子もただ、心を尽くし申し上げるあの人にたがうところもなくなってきた」と御覧になるにも本当にうれしくなる。近くお寄りになって、待ち遠しかった間のことなどをおっしゃって
「この頃のお話をゆったりとお聞かせしたいのですけれど、縁起でもなく思われますので、しばし別のところにとどまってから参りましょう。もう今は、絶えずお目に掛かれるはずですから、いとわしく思われるほどでしょうね」
とお語らいになるのを、少納言は、うれしく聞きはするもののなお、心もとなくお思い申し上げる。「やんごとないお忍び所にも、多くかかずらっておいでになるのだから、また、気の置かれる人が出てくることにもなるだろうか」と思うのは、かわいくない心からだろうか。
 居室にお移りになって、中将の君という者が、興に任せて足などもんだりしてから源氏はお休みになった。翌朝には、左大臣のもとに文をおやりになる。返書を御覧になるにも、感慨は尽きることがない。本当に物を思い続けてはいるけれど、秘密に出歩くことも、物憂く思われるようになって思い立ちもなさらない。姫君は、何事も、すっかり願わしく整って、本当に美しくお見えになるばかりで、源氏と似合わしい年の程にもあるいは見なされて、意味ありげなことなど折々おっしゃって試みられるけれども、お察しにもならない様子である。
 つれづれなのでただ姫君のいる方で、碁を打ったり、偏継ぎをしたりして、日をお暮らしになるけれども、心がさとく愛敬も添い、たわいない戯れ事の中にも、筋の良さを表されるので、その方のことは諦めてこられた年月こそただ可憐なばかりだったのが忍び難くなって、気の毒ではあるが……。何があったのであろう、従者にそれと見分けが付くような仲ではないが、男君は早くお起きになって、女君は更にお起きにならない朝があった。人々
「どういうわけで、おいでにならないのでしょうね。御気分でも、お悪いのでしょうか」
と見て嘆き奉っているところへ源氏の君は、居室へおいでになるということで、女君の帳台の内にすずりの箱を差し入れて出ておしまいになった。人の見ておらぬ間にようよう女君が頭をもたげると、結んだ文が、枕もとにある。何気なく、開けて御覧になれば、
 
  あやなくも隔てけるかな
   夜を重ね さすがに慣れし 夜の衣を
 
(あまりに長く中に隔ててきたのです。夜を重ねて、さすがに慣れた、あなたの寝間着を)
 
と気の向くままお書きになったようである。
 こんなお心がおありになろうとはかつて思いも寄らなかったので「どうしてこんな情けないお心を、うっかり頼もしいものにお思い申し上げたことだろう」とあきれておしまいになる。昼頃に、源氏がおいでになって
「苦しそうにしていらっしゃるとのことですが、御気分はいかがでしょう。今日は、碁も打てず寂しくてね」
と言ってのぞかれると、いよいよ服を引っかぶって伏しておしまいになる。人々は、お前を退いているので、源氏はお寄りになって
「どうなさいました。愛想もないお取扱いで。思いの外、情けもおありにならないのですね。人もさぞかし、いぶかしく思いましょうに」
と言ってふすまを引きのけられたところ、浴びたような汗で額髪までいたくぬれておいでになる。
「まあ情けない。これは本当に、穏やかなことではありませんね」
と言ってよろずになだめられるけれども、誠にむごいと思っていらして、少しも返事をなさらない。
「えいままよ、これきりお目に掛かりますまい。恥をかかされた」
などと怨じてすずり箱を開けて御覧になるけれど、返歌もないので、いとけない有り様だと可憐に御覧になって、ひねもす、帳台の中にいてお慰めになるけれども、解け難いお心はますます可憐である。
源氏物語絵巻『葵』 メトロポリタン美術館コレクションより
 その夜、の子餅を用意させた。喪中なので、事々しからず女君にだけ、かわいらしいわり子の中へ色とりどりに用意してあるのを御覧になって源氏の君は、寝殿へおいでになって惟光を召して
「こんな餅をば、これほど一杯に数々あるのでなくてよいから明日の暮れにも用意させなさい。今日は、縁起でもない日であったよ」
と頬笑んでおっしゃる御様子に、惟光は機転が利く男でふと思い当たったので、確かにも承らないままに
「誠に新枕には、日柄をえって召し上がらねばなりませんことで。それにしましても、その『の子餅』は幾つ作らせたらようございましょう」
と、真顔に申すので、
「 三つが三日一つ
 
(三日の餅ならこれの三分の一)
 
ほどではどうだろうね」
と源氏がおっしゃると、すっかり心得て立ってゆく。物慣れた男だなと、君はお思いになる。惟光は二条院の人には言わないで、実家でこれをほとんど手ずから作ってしまったのである。
 男君は、女君をなだめ兼ねて、今初めて盗んできた人のような心地がするのも本当にかわいらしく「年来この人のことをいとおしくお思い申し上げてきたが、昨日からの思いに比べればそんなものは切れ端にもならない。人の心は、怪しいものよ。今は、一夜でも隔てられては耐え切れまい」と思われる。
 おっしゃっておいたあの餅を、惟光は忍んで、夜もいたく更けてから持ってまいった。「年配の少納言では、姫君が恥ずかしくお思いになろうか」と思慮も深く気を遣って、その娘の弁という者を呼び出して
「これを姫君に、忍んで差し上げなさい」
と言って御簾の向こうに香壺こうごの箱を一つ差し入れた。
「これは確かに、枕元に差し上げるべき祝いのものでございます。ゆめゆめ過ちのないように」
と言うので、怪しいとは思うけれども
「過ちだなんて、そんなこといたしませんわ」
と言って箱を取るので、
「誠に、今はそんな言葉は慎んでくださいまし」
「まさか、交じりようがございません」
と言う。若い人で、惟光の内意にも深くは考え及ばないので、持ってまいって枕元に近い几帳より差し入れたのを、源氏の君がいつものように言ってお知らせになったことであろう。
 人は知りようもないことだったが、翌朝早くこの箱を下げさせた時に、親しい限りの人々には思い当たることもあった。皿などは、いつの間に用意したのであろう、台の華足けそくも本当に清らかで、餅の様子も殊更めき、至って面白く調えてある。少納言は、本当にこんなにまではと思っていたのに、感慨も深くかたじけなく、思い至らぬこととてないそのお心にまずは泣かれた。
「それにしても、内々に言っておいてくださったらねえ。あの惟光も、どう思っていたのでしょう」
人々はひそひそと話し合っている。
源氏、二十三歳。正月一日、所々に参る。左大臣のところに参って消息を母宮にやる。(葵終)
源氏物語絵巻『葵』 メトロポリタン美術館コレクションより

カテゴリー
源氏物語

葵(四)

源氏の北の方、二十六歳、鳥戸野とりべのに葬送される。
幻の源氏物語絵巻『葵』 メトロポリタン美術館コレクションより
 左大臣家に御到着になっても、源氏は少しも寝られない。年来の御様子をお思い出しになっては、「ついにはおのずから見直してくださるに違いないと、どうしてそうのんきに考えて、なおざりな慰み事につけては薄情に思わせていたのだろう。世を経て終わりまで、気を許してくださらないままに過ぎてしまったことだ」などと、後悔も多く思い続けられるけれどもかいがない。にび色の服を着ておいでになるのも夢のような心地がして「もし私が先立っていたら、深くお染めになったことであろう」とお思いになり、
 
  限りあれば薄墨衣浅けれど
   涙ぞ袖をとなしける
 
(定めあって、この喪服の薄墨色は浅いけれども、涙は袖を深いふちにしているのです)
 
と言って念誦しておいでになる様はますます艶に美しく、経を忍びやかにお読みになりつつ
 
  法界三昧普賢大士ほうかいさんまいふげんだいじ
 
と言っておいでになるのは、勤め慣れている法師よりも格別である。我が子を御覧になるにもますます湿りがちになりつつ
 
  何に忍ぶの
 
(形見の子すらなかったら何を、昔をしのぶ種としよう)
 
と物思いをお晴らしになる。母宮は、深く憂いに沈んで、そのまま起き上がりもなさらず危うげにお見えになるので、また皆のお心も騒いでお祈りなどおさせになる。あっけなく時は過ぎて法要の御準備などおさせになるにも、思い掛けなかったことなので、尽きることもなく悲しいのである。凡庸な子のことをすら、親はどれほど心に掛けることであろう。これはなおさらそうなるはずの人である。姉妹がまたおありにならないことをすら、物足りなく思っておいでになったのに、これは袖の上の玉が砕けてしまうよりもひどい。大将の君は、二条院にすらちっともお通いにならず、深くお悲しみになって、お勤めをまめになさりつつ明かし暮らされる。所々へは、文ばかりをおやりになる。あの御息所へは、娘の斎宮と左衛門さえもんつかさにお這入りになってしまってからはますますいかめしい物忌みにかこつけて音信をも通じない。つらいものと深く思うようになったこの世のこともなべていとわしいまでになって「せめてあのほだしの子さえ添うていなければ、願いのままにこの姿を変えてしまうのだが」とお思いになるにもまず、対の屋の姫君がお寂しゅうしているであろう様子がふと思いやられるのである。夜は御帳台の内の床に独りお伏しになり、宿直とのい人々ならば周りに近く伺候しているけれど傍らが寂しくて
 
  時しもあれ
 
(よりによって秋という季節に人とは別れられようか)
 
と寝覚めがちなので、声の優れた僧の限りをえって伺候させる念仏に、夜明けが近付くと涙を忍び難くなる。「晩秋の物悲しさの増さりゆく風の音は、身に染みるものだな」と、慣れぬ独り寝に明かし兼ねた朝ぼらけには霧が一面に立っているところへ、菊の花の咲きかけの枝に、濃い青にび色の文を付けて置いて去った者がある。しゃれているなと言って御覧になれば、御息所の手だ。
 
御連絡の間が空きましたことは理解してくださいますね。
 人の世をあはれと聞くも露けきに
  後るる袖を思ひこそやれ
(人の命のはかなさを聞くにも、菊の露のような涙が増えますのに、先立たれたあなたの袖を思いやっています)
ただ今の空の美しさに思い余りまして。

 
とある。「常よりも優にお書きになってあることだ」と、さすがに捨て難く御覧になるのではあるけれども、何事もなかったようにこんなお見舞いを、と面白くもない。さりとて、連絡も音沙汰もないのは哀れであり、恋人の名の朽ちようことにお心も乱れておいでになる。「亡くなった人は、とにもかくにもそういう運命でいらしたのだろうが、どうしてあんなところをはっきりと定かに見聞きしたことであろう」と悔やまれるのは、御自分のお心ではありながら、この人のことを思い直すようにはなれそうになかったのだろう。
 斎宮の物忌みにも気が置かれたりして、久しく思い煩うておいでになるけれども、わざわざお書きになったのに返書がないのは不人情なので、にび色がかった紫の紙に
 
殊の外、程を経てしまいましたけれど、思いを絶やしたことはありません。さりながら、はばかりのある間のこととて理解してくださるでしょうと。
 留まる身も消えしも同じ
  露の世に心置くらむ程ぞはかなき
(とどまる私も消えたあの人も同じこと。露のようなこの世に心を残していられるのもつかの間のことです)
ひとまず忘れておしまいなさい。見てくださるか分かりませんのでこれくらいで。

 
とお書きになった。
カテゴリー
源氏物語

葵(三)

右近の蔵人の将監ぞう、源氏の仮の随身に。
 
賀茂祭の日、若紫の君、髪そぎ。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより


若紫の君、源氏と同車にて見物。
 
源典侍、扇の妻を折って歌を書いて源氏の車に送る。
 
源氏の北の方、物の怪に煩う。

 院よりもお見舞いは絶え間なく、お祈りのことにまで考え及ばれる御様子がかたじけないのにつけてもますます失うのが恐ろしくなるその人の御身である。世間があまねく尊重しているとお聞きになるにも御息所は、何ともないようには思われない。本当に年来これほど競うようなお心はなかったのだけれど、つかの間の、所の車争いにこの人のお心は揺らいでしまったのに、大将殿はそこまで考え及ばなかった。こうした物思いの乱れに、御息所は御気分もお悪くなるばかりなので、よそへお移りになって修法などおせさになる。大将殿は、お聞きになって、いかなる御病気かと哀れにお思いやりになってそこへおいでになった。旅先であるから、いたくお忍びになる。不本意にも訪問のなかったおわびなどを罪も許されるべくおっしゃり続けて、やはり苦しんでおいでになるあの人の御様子のことをも、憂えておっしゃる。
「私はそれほど思い込んでもおりませんけれど、御両親があまり事々しく思い惑われますのが気の毒で。こんな折はあれの面倒を見て過ごそうということなのです。よろずにお心を静めてくださるならば、本当にうれしゅうございますが」
などとお語らいになる。常よりも気遣わしげな御様子をそれもそのはずであるといとおしく御覧になる。打ち解けることのない朝ぼらけに源氏が出ておゆきになるその御様子の美しさにもなお、この人を振って離れてしまうことが思い返される。打ち捨てておけないあの方のところに、ますます慈しみの添うはずのことまでできてしまい、お一方ひとかたに心も落ち着いておしまいになるであろうから、こうしてお待ち申し上げていても気をもむばかりであろう、とそのことに、かえって物思いに気付かされるような心地がなさるところへ、文ばかりが暮れ方にあるのである。
 
ここ数日少し癒えてきたようだった妻の心地がにわかにいたく苦しそうになりまして、離れられませんので。
 
とあるのをいつものかこつけと御覧になるのではあるが
 
 袖ぬるる恋路とかつは知りながら
  下り立つ田子の自ら水からぞ憂き
(泥のように袖をぬらす恋路とかつは知っていながら、水の中に下りてゆく農民のような自らがつらいのです)
  山の井の水
(山の井の水にこの袖がぬれるばかり)
なのもそのはずです。
 
と書いたのである。この手はなおもあまたの人の中に優れているなと御覧になりつつ「人との付き合いはいかにしたものであろう。心も姿も皆とりどりで、捨てるべくもなく、また、思い定めるべき人もないのが苦しくて」と思われる。返書は、いたく暗くなってしまったけれど
 
 袖のみぬるる
(山の井の水に袖のみぬれる)
とはどういうことでしょう。お心が深くないからですね。
 浅みにや人は下り立つ
  我が方は 身もそぼつまで深き恋路
(浅いところへあなたは下りてゆくのでしょう。私の方は、身をぬらすまで深い泥のような恋路だというのに)
並々ならず妻に手間が掛かりますので、そうでなければこの返事も自ら申し上げたところですが。
 
などと言ってやる。
 左大臣家の女君は、いたく物の怪が起こってはなはだお煩いになる。それを御自分の生き霊だとか、大臣であった亡き父の御霊みたまであるなどと言う者がある、とお聞きになるにつけても御息所は考え続けて御覧になると「我が身一つのつらさを嘆くよりほかに、人の上に良からぬことがあれなどと思う心もないのだけれど、物思いに魂はさ迷うというし、そんなこともあるのだろうか」と思い知られることもある。年来残すところなくよろずに物を思うて過ごしてきたけれど、こうまで心を打ち砕かれたことはなかったが、あのみそぎの折に人に軽蔑され、そこにいてはならない者のように取り扱われた後、つかの間に寄る辺のなくなった心が、鎮まり難く思われるゆえか、しばしお眠りになるその夢には、かの姫君とおぼしい、本当に清らかな人のところへ行ってとかくにまさぐり、うつつにも似ず激しく荒々しくひたぶるな心が出てきて荒らかに引きのけたりすると御覧になることが度重なった。「ああ情けない。この魂は誠にこの身を捨てて去ったのであろうか」と、正気でないかに思われる折々もあり「ただでさえ人のことは善いように言わない世の中である。こんなことはなおさら、本当によくも言い立てられそうな話だ」とお思いになるところへ「本当に名にも立ちそうなこと。この世から全くいなくなった後に恨みを残すなら、世の常のことだ。そんなことでさえ人の身の上であれば罪深く忌ま忌ましく思うのに、この世にある我が身ながらあのような疎ましいことを言いなされる宿世がつらいこと。およそ、つれないあの人のことはいかにしても心に掛けまい」とお思い返しになるけれども
 
  思ふも物を
 
(思うまいと思うことも物を思う内)
 
なのであった。
 斎宮は、去年内裏にお入りになるはずだったのに、様々に障ることがあってこの秋にお入りになる。長月にはそのまま野宮ののみやにお移りになるはずなので、再びのはらえの御準備が重ねてあるはずなのに、母君がただ怪しくぼうっと伏して苦しんでおいでになるので、宮中の人は、これを重大事のようにしてお祈りなど様々につかまつる。とはいえ仰山な様子でもなく、どこそこが悪いということはなくて月日を過ごしておいでになる。大将殿も、常にお見舞いはなさるけれども、この人に勝るあのお方がいたくお煩いになるので、お心のいとまもなさそうである。「まだ、そんな折でもなかろう」と皆も油断しておいでになるところへにわかにその気配があってお苦しみになるので、いよいよはなはだしいお祈りを、数を尽くしてなさったけれども、いつもの、執念深い物の怪一つが、更に動かず、並々ならぬ験者たちも、珍しいこととこれに悩む。それでもさすがにはなはだ調伏されて、気の毒げに思い煩って泣きながら
「少し手を緩めてくださいまし。大将に申し上げるべきことがあります」
とおっしゃる。人々
「それ御覧。何か訳があるのでしょう」
と言って、枕に近い几帳のもとへ源氏を入れ奉った。すっかり臨終のようでいらっしゃるので、申し上げておきたいことでもおありになるのであろうかということで左大臣も母宮も少しお退きになった。加持の僧たちが、声を静めて法華ほけ経を読んでいるのが、はなはだ有り難い。几帳のかたびらを引き上げて御覧になれば、本当にかわいらしく、お腹ははなはだ高くて伏しておいでになる様は、よその人ですら、拝見すれば心も乱れるであろうに、源氏がこの人のことをいとおしく、失うのが恐ろしくお思いになるのはなおさらそのはずである。白い服の上へ色合いも至って際やかに、本当に長く豊かなおぐしを結って添えてあるのも、「こうしていると、可憐で艶なところも添うてかわいらしいのだが」と見える。お手を捉えて
「ああひどい。つらい目をお見せになるのですね」
と言ってから、物もおっしゃらず泣いておいでになるので、いつもはいたく気が置かれて伏せておいでになるその目を非常にだるそうに見上げてこちらを見詰めておいでになるところへ涙がこぼれるその様を御覧になるのはどうして感慨も浅かろう。北の方があまりいたくお泣きになるので「気の毒な御両親のことをお思いになり、また、こうして私を御覧になるにつけても、口惜しく思われるのであろうか」とお思いになって
「何事も、あまりそう思い込んではなりませんよ。そうはいってもお悪くはなりますまい。またどうなったとしても必ずや、夫婦の会うところはあると聞きますから、きっと対面はあるでしょう。左大臣、母宮などのことも、深い契りのある仲は、輪廻りんねによっても絶えることがないと聞きますから、相見る折はきっとあるとお思いなさい」
とお慰めになると
「いいえ違うのです。この身がいたく苦しいのでしばし調伏の手を休めてくださいと申し上げようと。ここまで参ろうとは更に思いもしませんのに、物を思う人の魂は誠にさ迷うものなのですね」
と慕わしげに言って
 
  嘆きわび 空に乱るる
   我が霊を結びとどめよ 下がへのつま
 
(嘆息し、思い煩い、空に乱れているこの魂を、私の中にとどめてください。下前のつまを結んで)
 
とおっしゃるその声、その素振りは、人が違ったように変わっておいでになる。あまりいぶかしいので思い巡らして御覧になるに、ただあの御息所なのであった。驚いて、これまで人がとかく言うことを、無節操な人間の物言いは聞きにくいものだお思いになって言い消しておいでになったのに、現にこれを見ながら「この世には、こんなことがあるものか」と気味が悪くなってしまう。まあ面白くないと思われて
「そうはおっしゃいますけれど、どなたか分からないのです。確かにおっしゃってください」
とおっしゃると、ただその人らしい御様子なので、驚いたとは言うもおろかである。人々が近くに参るのにも気が引ける。少しお声も静まったので、物の怪の絶え間かということで母宮が煎薬を持ってお寄りになると北の方は抱き起こされて、程なくお産まれになった。皆うれしくお思いになることはこの上ないけれども、追い立てて人にお移しになってある物の怪どもがひどく憎らしそうにしている気配が至って騒がしくて後産のこともまた本当に心もとない。言い切れぬほどの願を立てさせたゆえか、つつがなくお産が終わったので、比叡ひえい山の座主や、誰々とかいう並々ならぬ僧たちは、したり顔に汗を押し拭いつつ急いで退出してしまう。数日は肥立ちが良くないように見えて多くの人が気をもんだが、それも少しずつ治って、ここまで来ればよもや、と皆お思いになる。修法などもまたまた付け加えて始めさせはなさるけれど、まずは、興があり珍しさもあるこの赤子のお守りに皆の心は緩んでいる。院を始めとして親王たちや公卿も残るところのない産養いの品の珍しく素晴らしいのを夜ごとに見ては騒ぐ。男の子でさえあったので、その折の作法はにぎやかでめでたかった。
源氏物語絵巻『葵』 メトロポリタン美術館コレクションより


 あの御息所は、こうした御様子をお聞きになってもあきれておしまいになる。「かねてより、本当に危ういと聞いていたのに、つつがなくもまた」とお思いになった。怪しく我を忘れる時々のお心地のことが思い続けられる内に、服などに芥子けしの香がすっかり染み付いている怪しさに、鬢水びんみずを使ったり、服を着替えたりなさって試みられるけれど、なおも同じ有り様なので、我が身ながらにすら、気味悪く思われるのに、人からはなおさらどう言われ思われることかと、人におっしゃれるはずのことでもないので心一つに悲しんでいらっしゃる内に、ますます御動揺は増さってゆく。
 大将殿は、心地を少しお鎮めになるまま、驚かされたあの折の問わず語りのことをも、情けなく思い出されつつ「あれきりいたく程を経てしまったのも心苦しい。しかし、近くでお目に掛かればまたどれほど情けなく思われることだろう。あの人のためにも哀れなことだ」とよろずにお考えになって、文ばかりをやることになさるのであった。いたくお煩いになった人の肥立ちを、油断ならず不穏なことに誰もが思っておいでになるのもそのはずで、源氏は出歩かれることもない。しかし北の方はなお至って苦しそうにのみしておいでになるので、まだいつものように対面なさることもない。赤子は、本当に不吉なまで御立派にお見えになるので、源氏は今から格別熱心にお世話をなさるようである。事がうまく運んだ心地がして左大臣も、うれしく思っておいでにはなるけれども、ただ、娘のお心地のすっかり癒えることがないのをじれったくお思いになるのであるが、あれほどひどかったのだからその名残であろうとお考えになって、どうして、そううろたえてばかりもいられよう。赤子の目元の愛らしさなどが、あの藤壺との子にはなはだ似ておいでになるのを御覧になっても、まず、恋しく思い出されるので忍び難くて、源氏はお会いになろうとして
「内裏などにも、あまり久しく参上しませんので、それが気掛かりで今日は初めて外出することにしますから、少し近い辺りでお話ししたいのです。あまり心もとない、お心の隔てでございます」
と恨み言を掛けておいでになると、
「誠に、ただひとえに思わせ振りにのみしていられる仲でもありますまいに、いたく弱っておいでになるとはいいながら、物越しでいられるはずがどうしてありましょう」
と言って、北の方が伏しておいでになるその近くへ敷物を御用意したので、這入ってお言葉をお掛けになる。お返事も時々なさるが、至ってか弱そうである。けれど、すっかり、亡き人のようにお思い申し上げていたあの時の御様子を思い出して御覧になれば、夢のような心地がして、まだ不穏であった間のことなどをお話しになるその折しも、あのすっかり息も絶えたようでいらした人が、打って変わってぶつぶつとおっしゃったあの言葉を思い出されるにも情けないので、
「いえ、お話ししたいことも本当に多いのだけれど、まだあまりだるそうに思っておいでのようだからね」
と言って、この煎薬をお飲みなさいなどと看護までなさるのを、いつお習いになったのであろうかと人々は感心する。このような本当にかわいらしい人がいたく健康を損なわれて、あるかなきかという有り様で伏しておいでになる様は、いたく可憐で気の毒である。おぐしが、乱れた筋もなくはらはらと掛かっている枕の辺りが、有り難いまでに見えるので、「年来この人のどこを、物足りないことに思っていたのであろう」と、怪しいまでにその人のことが見詰められる。
「院などのところへ参上してすぐ退出してまいりましょう。こんなふうに、心安くお目に掛かれればうれしゅうございますのに、母宮がじっとそばにおいでになるので、それに遠慮して過ごしていたのも苦しゅうございました。少しずつ心強く思い込んでいつものお部屋へお戻りなさい。半ばは、あまりいとけなくお振る舞いになるせいでこんなふうにしていらっしゃることになるのですよ」
などと言い置かれて、装いも至ってこざっぱりと出ておゆきになるところを、北の方は常より目をとどめて御覧になりながら伏している。その日は秋の司召つかさめしがある定めで左大臣も共に参上するのだが、公達きんだちも、功績にしてほしいことがあって、大臣に同行なさるので、皆連なって出ておしまいになる。そうして御殿の内は人少なでしめやかな折、にわかに、いつもの発作に北の方はいたく胸をせき上げられる。内裏に消息を申し上げる間もなく絶え入っておしまいになる。大急ぎで皆退出してこられて、除目じもくの夜ではあったけれども、このどうしようもない障りのために事は皆破れたようである。騒ぎは夜中の折であるから、比叡山の座主や、誰々とかいう僧都たちも、請じることがおできにならない。よもやここまで来ればと油断していたところを驚かされて、御殿の内の人は慌てふためいている。所々のお見舞いの使いなどが立ち込んでいたけれど、伝言もできぬほど辺りはどよめいていて、御両親の心惑いは、本当に恐ろしいまでにお見えになる。

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源氏物語

葵(二)

源氏の北の方、懐妊。
 
弘徽殿女御の女三宮、賀茂の斎院に立つ。
 
四月、斎院の御禊ごけい。源氏、勅使として参議にて供奉。
 左大臣家の女君は、そんなふうに出歩かれることもおさおさなかった上に、お心地が苦しくさえあるので、御見物などは思い掛けないことであったのに、若い人々
「いえもう、自分らだけで、忍んで見ましてもえませんでしょう。ありきたりの人ですら、今日の見物では大将殿を、卑しい山がつでさえも拝見しようとするそうですから。遠い国々より、妻や子を引き連れて参ると言いますのに、御覧にならないのは本当にあまりのことでございます」
と言うのを母宮が聞こし召して
「あなたのお心地も今はまずまずという機会です。女房たちも物足りなそうにしていますよ」
と言うので、にわかに廻文かいぶんをして御見物になることをお知らせになる。日もたけてから、略式をもっておいでになった。車が一面に隙もなく止まっているので、装い麗しく連なったままになかなか止めることもできない。良い女房車も多いが、卑しい人のいない隙を思い定めて皆そこへのけさせる中に、少し古ぼけたあじろ車で、下すだれなどは由ありげなのに、いたく引っ込めてほのかな袖口、裳の裾、汗衫かざみなど、物の色が本当に清らかで、殊更やつしていると明らかに見えるのが、二つある。
「これは、そんなふうにのけたりできるお車では更にないぞ」
と抗弁して、手を触れさせない。いずれの方でも、若い者どもは酔い過ぎており、立ち騒いでいる間のことは、始末に負えない。年配の先乗りの人々が、そんなふうにするななどと言うけれど、とどめもあえない。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 それはあの斎宮の母御の御息所が、物を思い乱れておいでになる慰めにもなろうかと、お忍びでおいでになったのである。何事もないようにしているけれども、見ておのずから誰と分かってしまう。
「それくらいな車に、そんなことを言わせておくな」
「大将殿の威を借りているつもりなんだろう」
などと言うのを、大将方の人もそこには交じっているものだから、哀れには見ながら、意を用いるのも煩わしいので知らぬ顔を作っている。
 ついにはお車を連ねて止めてしまうのでこちらは従者の車の奥に押しやられ、見物もできない。ばかばかしいのはもちろんのこと、こんなふうに見すぼらしい姿にしているところをそれと知られてしまったのが憎らしいことこの上ない。しじなども皆へし折られて、ながえはよその車のこしきに打ち掛けてあるので、またとなく人目に悪く、悔やまれて、何をしに来たのであろうと思うてみてもかいがない。見物もせず帰ろうとなさるけれども、通って出る隙もないので、始まった、と人が言うと、さすがに、あの情けの薄い人が前を過ぎてゆくのが待たれてしまうのも心弱いことである。
 
  笹の隈
 
(駒を止めて水をやる、笹の陰)
 
ですらないというのか、ただ慌ただしく、誰もいないかのように通っておしまいになるにつけても、かえって気をもんでしまうのだ。
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源氏物語

葵(一)

源氏、二十二歳。
 
桐壺帝は位を朱雀帝に譲っている。
 
源氏は大将になっており、東宮の後見となる。
『御所車図』 メトロポリタン美術館コレクションより
 そうそう、あの六条の御息所と、先の東宮との間の姫君が、斎宮にお定まりになったので、「大将の思いやりにも本当に心強くはなれないし、幼い姫君の御境遇が心に掛かるのにかこつけて、伊勢へ下ってしまおうかしら」とかねてより思っておいでになった。桐壺院も、こんなことがあると聞こし召して、
「亡き東宮が、本当に並々ならずお思いになり、目を掛けておいでになったものを、粗末にして、平凡な人のように取り扱っていると聞くと哀れでね。私にしても、あの斎宮のことを我が子と同列に思っているのだから、どちらのためにも、おろそかにせぬがよかろう。こう気の向くに任せて遊んでいるのでは、本当に世の批判を負わねばならぬことになりますよ」
などと気色もよろしくなく、御自分のお考えにも、誠にそうだと思い知られるので、かしこまっておいでになる。
「人に恥を見せることなく、どなたのことをも平らかに取り扱って、女の恨みを負わないようになさい」
と仰せられるにも「私のあのけしからぬ、分に過ぎた心のことを聞き付けておしまいになったら」と恐ろしいので、かしこまって退出しておしまいになる。