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源氏物語

朝顔(三)

師走、二条院にあって紫上と語る。
 
雪まろげ。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
昔の人々について紫上と物語をする。
 鴛鴦おしどりが鳴いているので
 
・・かきつめて昔恋しき雪もよに
・・・あはれを添ふる鴛鴦をし浮き寝憂き音
 
(昔の恋しさも積もるようなこの雪降りに悲しみを添えている、浮き寝の鴛鴦おしどりの切ない声よ)
 
部屋に這入っても藤壺の宮のことを思いつつお休みになったところ、夢というのでもなくほのかにお見えになった。はなはだ恨んでいらっしゃる御様子で
「漏らしはしまいとおっしゃったのに、浮き名が隠れものうございますので、恥ずかしく苦しい目を見ますにつけても恨めしゅうございます」
とおっしゃる。返事を申し上げようとお思いになると、襲われるような心地がして、紫の女君が
「これは、どうしてこんな」
とおっしゃるので目が覚めて、はなはだ口惜しく、胸が、置き所もなく騒ぐので、それを抑えていても涙は流れ出てしまった。ただ今も、ますます涙にぬれている。女君は、どうしたことかとお思いになるけれど、源氏は身じろぎもせず伏したままである。
 
・・解けて寝ぬ寝覚め寂しき冬の夜に
・・・結ぼほれつる夢の短さ
 
(心置きなく寝ることもできず寝覚めも寂しい冬の夜は、結ぼれる夢も短いことだ)
 
かえって物足りなく悲しくお思いになるので、早く起き出されて、それとなく所々で誦経じゅきょうなどをおせさになった。
「苦しい目を見せてくださいましたねと恨んでいらしたが、そうも思われることであろう。お勤めもなさり、よろずに罪の軽そうであった御境遇でありながら、あの一事のためにこの世の濁りをすすぐことがおできにならなかったのであろう」とその訳をお考えになるにもひどく悲しいので、「どのようなことをしても、知る人もない世界にいらっしゃるとかいうところへお見舞いを申し上げに参って罪を代わってあげられたら」などとつくづくとお思いになる。
 この人のために取り立てて何かなさることも「人にとがめられよう。主上も、やましくお思いになるであろう」と気後れがするので、阿弥陀仏を心に掛けて念じられる。同じはちすにというのであろう。
 
・・亡き人を慕ふ心に任せても
・・・影見ぬ三つの瀬にや惑はむ
 
(亡き人を慕う心に任せて行っても、その影も見えぬ三途の川に惑うことであろう)
 
と思われるのがつらかったとか。(朝顔終)
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源氏物語

朝顔(二)

霜月また桃園宮に参る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 やや久しくとかくに引っ張ってから開けてお這入りになる。宮の居室でいつものようにお話をなさると、何でもない昔物語を始めとして宮は話し尽くされるけれど、お耳を驚かすこともなく源氏は眠たくなって、宮も、あくびをなさって、宵から眠とうございましてしまいまで物も申せませんとおっしゃる間もなく、いびきであろうか、分からぬ音が聞こえてくるので、源氏は喜びながら立って出ようとなさるところへ、また一人、いたく老人臭いせき払いをして参る人があった。
「畏れ多いことですけれど、私のことは聞いていて御存じだろうとお頼み申し上げておりますのに、この世に在る人の数にも入れていただけないのでしょうね。院は、御婆大殿おばおとどと笑ってくださいましたが」
などと名乗り出るので思い出されるのである。源典侍といったその人は、尼になってこの宮の弟子として修しているのだとは聞いていたけれど、今でもこの世に在ったとは知らなかったので、驚いてしまう。
「先の御代のことも皆、昔語りになりまして、はるかに思い出すにも心細うございますのに、うれしいお声ですね。親無しに伏せる旅人として庇護してくださいませ」
と言って物に寄って坐っていらっしゃる御様子に、尼はますます昔を思い出して、昔に変わらずなまめかしく取り繕いながら、さすがに歯もまばらになった口つきが思いやられるその声遣いは舌足らずで、なおも気を利かせることを考えている。
 
ああ言ひこし程に
 
(この身をつらいと言ってきたその間に、今はあなたの身の上も嘆かねばならなくなりましたね)
 
などと言い寄るのには目をそばめられた。今になって老いが来たようなことをなどと頬笑まれるのではあるが、それとは裏腹に、この人がいとおしくもある。「この人の盛りの時に競い争われた女御、更衣も、あるいは全くお亡くなりになり、あるいは、かいなくはかない一生をさすらっておいでになる人もあるらしい。あの入道の中宮などのお年を思っても」と浅ましいばかりのこの世に、年のほど、命の残りも少なそうで、心ばえなども、たわいなく見えたこの人が生き残り、のどやかに、お勤めをもして過ごしておったとは、やはりおよそ定めないこの世であるとお思いになるにも切なそうな御様子に、尼は心も弾み若やいだ。
 
ああ年ふれどの契りこそ忘られね
あああ親の親とか言ひし一言
 
(年を経ましたけれど親子のような契りを忘れられないのです。親の親とか院がおっしゃいました一言のせいで)
 
と言うので、気味が悪くて
身を変へてのちも待ち見よ
あああこの世にて親を忘るるためしありやと
 
(生まれ変わった後の世でも待ち受けて見ていてください。前世の親を子が忘れるためしがあろうかと)
 
心強い契りですね。今に、静かにお話ができるはずです」
と言って立っておしまいになる。西表にしおもてでは、しとみを下ろしてあるけれども、いとうているようになるのもどうかと一間二間は下ろしていない。月が差し始めておりうっすらと積もった雪がそれに光り合って、かえっていたく面白い夜の様である。先ほどの人のように、老いて人に良く思われたがるのも、冬の月と同じように、良からぬことの世のたとえと聞いているがと思い出されておかしかった。こよいは至ってまめやかに言い寄られて
「一言、憎いとでも人づてでなく言ってくださいましたら、それを折として諦めましょう」
と、熱っぽくお責めになるけれども、「昔、私もこの人も若く、罪も許されていた時ですら、亡き父上などがこの人をひいきにしていらしたけれどあるまじく恥ずかしいことにお思い申し上げて終わってしまったのに、今は盛りも過ぎ、似合わしくもない身分で、ただ一声であったとしても本当に恥ずかしかろう」とお思いになって、更にどうなさる気配もおありにならないので、思いの外にむごいことだと源氏はお思いになる。さすがに情けもなく放ってはおかれず、人づてに返書を下さるのもいら立たしいのである。夜もいたく更けてゆくと風の音が激しくなって、本当に心細く思われるので、品良く涙を押し拭われて
 
ああつれなさを昔に懲りぬ心こそ
あああ人のつらきに添へてつらけれ
 
(とうの昔にあなたのつれなさに懲りてしまわなかった私の心が、あなたの恨めしさに添えても恨めしいのです)
 
ああ心づからの
 
(おのが心よりのことですので)
 
といよいよお言い寄りになるのを、誠にお気の毒なと人々はいつものように申し上げる。
改めて何かは見えむ
 ああ人の上にかかりと聞きし心変はりを
 
(どうしてこの心を変えてあなたに御覧に入れましょう。人の身の上には、そんなこともあったと聞きますが)
 
昔に変わることには慣れておりません」
などとおっしゃった。
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源氏物語

朝顔(一)

九月、斎院、喪で桃園宮に移る。
源氏、桃園宮に参る。
翌朝、前斎院に朝顔の花を奉る。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 今更再び、若々しい書きぶりをお示しになったりすることなども、似合わしくないようにお思いになるけれど、なお、こんなふうに昔から避けられてもいない様子でありながら飽き足りることもないまま過ぎてしまったことを思っては、このまま終われようはずもなく思われるので、昔に立ち返ってまめやかにお言い寄りになる。東の対に紫上から離れておいでになって、朝顔の宮のところの宣旨を迎えてお語らいになる。そちらに伺候する人々のうちで、さほどの身分でもない者の言葉にすらなびかされそうな者たちなどは、過ちもしそうなほどに源氏のことをめで申し上げるけれど、宮は、その昔にすら気持ちは殊の外に離れていらしたのに今はまして、二人とも恋などしそうもないよわいでもあり声望でもあり、「たわいない木や草に付けた文に折を見過ごさず返事をしたりすることも、軽々しいとうわさされていようか」などと人の物言いをはばかられては、打ち解けておあげになりそうな気配もないので、昔に変わらぬ様子のそのお心を、世の人とは変わって、珍しいとも憎らしいとも源氏はお思いになる。こんなことが世の中に漏れ聞こえて
「それは前斎院に懇ろに言い寄っておいでになるからですよ。女五の宮なども、それを悪くないと思っておいでになるそうです。そうなったら似合わしい取り合わせでございましょうね」
などと言っていたのを、西の対の紫上は伝え聞かれて、しばしは「そうはいっても、そんなことがあったなら、隔てを置いて黙ってはおいでになるまい」とお思いになるけれども、ふと目をつけて御覧になると御様子もいつもと違って落ち着きがない。それがまた情けなく、「はなはだ真面目に思い込んでいらしたことを何でもない戯れのように言いなしておいでになったのだろう。あの方は私と同じ血筋ではあるけれど、声望は格別で、昔より、やんごとないお方と聞こえておいでになるのに、そちらにお心も移ってしまえば情けないことにもなろう。さすがに年来のお取り計らいには、立ち並ぶ人もいないことに慣れてしまって、そうしてから人に押しやられることになろうとは」などと人知れず悲しまれる。「連絡も絶え、名残もないようなお取扱いはなさらずとも、本当に頼りなかった私の姿を年来見慣れておいでになったその親しみが、侮りやすいところにもなるのだろう」などと様々に思い乱れられるけれども、平凡なことならば、怨じてみせたりして、憎からずおっしゃるところが、本当に恨めしくお思いになることなので、紫上は色にもお出しにならぬ。源氏は端近く物を思いがちで、しきりに宮仕えをなさっては、勤めのようにしてあちらへ文をお書きになるので、「誠に世の人の言葉も根拠がなくはなかったようだ。せめてそれとなくほのめかしてくださっていたら」と、疎ましくばかりお思いになる。
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源氏物語

薄雲(二)

摂政太政大臣(かつての左大臣)薨御。
 
凶兆となる天変がしきりに起こる。
 あの入道なさった藤壺中宮は、春の初めより御病気になって弥生には至って重くおなりになったので行幸などがあった。主上も桐壺院とお別れになった折には、至って子供らしくて、深く考えることもおありにならなかったのに、この度ははなはだ悲しんでいらっしゃる御様子なので、母である中宮にも、本当に悲しく思われる。
「『今年は、確かに厄から逃れられそうもない年だ』とそう思うてはおりましたけれど、病気も深刻というほどではございませんでしたから、死期を悟ったような顔でおりますことも『人から、余り事々しく思われることもあろう』とはばかられまして、礼拝らいはいなども、いつもより取り分けて行うたわけではございませんでした。そちらへ参って心のどかに昔話でもなどと思いながら、気が確かな折も今では少のうございまして、口惜しく気も塞いだまま過ごしてしまったことです」
と、こういたくか弱そうにおっしゃる。三十七でいらしたのである。されど至って若くて盛りのようでいらっしゃるその様を、惜しく悲しく主上は御覧になる。『斎戒をなさらねばならぬ年に数箇月この方苦しまぬこともなく過ごしておいでになったことすら私は嘆き続けてきたのに、その斎戒も、平生より殊にはなさらなかったということか』と悲しくおぼし召した。ただこの頃になって、気が付いたようによろずのことをおさせになるのである。数箇月この方常と変わらぬ御病気とばかり油断していた源氏の大臣も、今は深く思い込んでいる。定めがあるので主上が程なくお帰りになるにつけても、悲しみは多い。中宮は、いたく苦しくて、はっきりと物もおっしゃれず、お心の内に思い続けるに、貴い宿世、この世の栄えこそ、並ぶ人がないけれど、心の内の不満もまた人にまさっている身であったと思い知られた。主上が、夢にも、事情を御存じでないことを、さすがに心苦しく見ておいでになって、そのことばかりが、後ろめたく、結ぼれた思いをこの世に残しそうな心地がなさったのである。
 源氏の大臣は、政治の方面から見ても、こうした並々ならぬ人ばかりが、続いて亡くなっておしまいになりそうなことをお悲しみになる。人知れぬ切なさにもまた限りがなくて、お祈りなども考え及ばぬものはおありにならぬほどである。年来諦めておいでになった筋のことさえ、今一度言い寄らずにしまったことが悲しく思われるので、藤壺の近くの几帳のもとに寄ってその御様子なども、適当な人々に問うてお聞きになると、親しい者だけが伺候していてこう細かに申し上げる。
「数箇月この方の御病気のためにお勤めを時の間も怠らずなさったことが重なって、ただでさえ衰えていらしたのが、この頃になりましてはますます、柑子こうじなどにすら手をお付けにならなくなりましたので、我々の頼み所もなくなってしまいまして」
と泣いて嘆く人々が多かった。
「院の御遺言のままに主上の後見をしてくださっているとは、年来思い知られることも多いのですけれど、『何かにつけて、どれほど頼りにしてきたことかひそかにお知らせ申し上げましょう』とばかりのんきに思っておりましたところ、今こうなってみては悲しく口惜しく」
とほのかに藤壺の仰せられるのも僅かに聞こえてくるので、お返事も最後までおっしゃれず源氏がお泣きになる様は、至って悲しい。こうも心弱い姿でどうしていられようかと人目があるのをお思い返しになるけれども、昔よりのこの御様子を、そして、一通りの付き合いにつけても惜しむべきこの人のお姿を、心のままにもならぬことであるから、この世におとどめ申し上げる手立てもなく、ふがいなく思われること一通りでない。
「頼りがいもない身でありながら、昔より、私が御後見つかまつるべきものと心の及ぶ限りおろそかならず思ってまいりましたが、太政大臣がお隠れになったことにすら、世の中が不安に思われますのに、またこんなことにおなりになるので、よろずに心も乱れまして、私がこの世におりますことも、残りがないような心地がするのでございます」
などとおっしゃる内に、ともし火などが消え入るように藤壺はお隠れになったので、源氏はお悲しみになる。
 畏れ多い御身分と聞こえる中でも、この方は思いやりなどが世のためしとなるほどあまねくお優しくて、威を借りて人の愁えとなることなどもおのずから交じるものであるのに、いささかも、そんな問題はおありにならず、従者のしようとすることでも、世の苦しみとなりそうなことはおとどめになったものである。
 礼拝とても、勧められるに従っていかめしく珍しくなさる人なども昔のどんな優れた世にもあったのに、このお方は、そのようなこともなくただ、元よりお持ちの宝物、お受け取りになるはずの官爵、相応な封戸ふこのものだけで、誠におもんぱかりの深いことをしかなさらなかったので、何の区別も付きそうにない山伏などまで惜しみ申し上げている。葬送し奉るにも、世の中は騒ぎ立てて、悲しく思わぬ人もない。雲の上人の服などもなべて黒一色となり、えることもない春の暮れである。
 源氏は二条院のお前の桜を御覧になっても、花の宴の折のことなどをお思い出しになる。
 
  今年ばかりは
 
(今年ばかりは墨染めに咲いてくれ)
 
と独り言におっしゃって、人に見とがめられそうなので念誦堂に籠居なさってひねもす泣き暮らされる。夕日が際やかに差して山際のこずえもあらわになったところへ、薄く連なった雲がにび色をしているのを、何事にお目もとどまらぬ頃ではあったけれど、本当に悲しく思われる。
 
  入り日差す峰にたなびく薄雲は
   物思ふ袖に色やまがへる
 
(入り日の差す峰にたなびいている薄雲は、物を思う私の袖に色を似せてくれているのだろうか)
 
人も聞いておらぬところなのでかいもない。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 法要などの行事も過ぎて落ち着いてゆくままに帝は、心細く思っておいでになる。やはり后であった中宮の母上の代より祈りの師として伺候していた僧都で、中宮も、本当に打ち捨てておけず親しい者に思っておいでになったけれど、朝廷でも、声望が高くて、立派な願を多く立てて世にも優れたひじりであった者が、年も七十ばかりとなって今は、終焉のお勤めをしようということで籠居していたのが、中宮のことで出てきたところ、主上よりお召しがあって常に伺候させられていた。この頃は、なお元のごとく参上し伺候すべき由を、源氏の大臣からも言ってお勧めになるので、
「今はもう、徹夜などは、本当に耐え難く思われますけれど、仰せのお言葉のかたじけなさに加えて、古くからのお志もございますから」
と言って伺候していたのだけれど、静かな暁で、ほかの人も近くは伺候していないか、あるいは退出していた折に、年寄りらしくしきりにせき払いをして世の中のことを奏するついでに
「本当に奏しにくく、かえって罪にもなろうかと心配されるところも多いのですけれど、まだ御存じないのも、罪が重くて天眼てんげんも恐ろしく思われますことを、心でむせびつつ、この命が終わることになってしまったら、何のやくがございましょうか。仏も、心が卑しいとおぼし召すことでしょう」
とばかり言いさして声も出ずなってしまうことがあった。主上は「何事だろう。この世に恨みでも残りそうに思うことがあるのだろうか。法師は、ひじりといっても、ひどくそねみ深くて不穏なものだから」とお思いになって
「子供の時より、隔てを置いたこともないのに、そちらには、こう隠しておられることがあったとは、恨めしく思ってしまいます」
と仰せられるので、
「恐れ入りますが、仏の守っておいでになる真言密語の深長な道をすら、更に隠してとどめることなくお知らせしております。まして、心に秘密のあることなどは、どうしてございましょうか。これは来し方行く先の大事でございますが、亡くなっておしまいになった院、中宮のためにも、ただ今、政を行っておいでの大臣のためにも、このままではかえって無節操に世に漏れ出ることになりましょう。こんな老い法師の身には、たとい愁えはあるにしてもどうして悔いがございましょうか。仏天のお告げがあったによって奏するのでございます。あなた様が母胎に宿された時より、中宮が深くお悲しみになることがあって私にお祈りをおさせになったのには故があるのでございます。詳しくは、法師の心には推し量ることもできませんが、事の食い違いがあって大臣が、非道にも罪人にされた時、中宮はいよいよおじて重ねてお祈りを承りましたのを大臣も聞こし召しまして、また更に言葉を加えてお言い付けになって、あなた様が位におつきになるまで祈ることがございました。その承った事情というのが」
と言って、詳しく奏するのを聞こし召すと、浅ましくも怪しいもので、恐ろしくも悲しくも様々にお心が乱れた。しばしのほど返事もおありにならないので僧都は、進奏を不都合におぼし召すのだろうかと息も詰まり、そろそろとかしこまって退出しようとするのを、お呼び止めになって
「もしも訳を知らずに過ごしていたら後の世までもとがめがありそうだったことを今まで包み隠しておられたとは、かえって油断ならない心と思ってしまいますよ。ほかにまたこのことを知っていて漏らし伝える連中があるのでしょう」
と仰せられる。
「なにがしと王命婦よりほかの人で、このことの有り様を見た者は、更にございません。それだからこそ、本当に恐ろしいのです。天変がしきりに先触れし、世の中が静かでないのは、この故なのです。いとけなくて、事の機微の分かりそうもない間はともかく、ようやく相応のお年におなりになって何事もわきまえておいでになるべき時に至って天もそのとがを示すのです。万事、親の代より始まっていたのでございますが、何の罪とも御存じないのが恐ろしいので、忘れようとしていたことですが改めて打ち明けましたことです」
と泣く泣く申し上げる内にすっかり夜も明けたので退出してしまう。
桃園式部卿宮、薨御。
 
源氏、太政大臣に任ずるという主上の内意を固辞。
秋、加階。牛車での参内を許される。
 
権中納言(かつての頭中将)大納言となって大将を兼ねる。
 
王命婦、御匣殿みくしげどのに住む。
 
斎宮女御、二条院に退出。
源氏、斎宮女御方に参って物語。
紫上のいる西の対に渡って物語。
大堰の里に渡る。(薄雲終)
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源氏物語

薄雲(一)

大堰の里の冬の住まい。
 
師走、源氏、明石の姫君を二条院に迎える。
袴着。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 源氏は山里のつれづれをも絶えずお思いやりになるので、公私に慌ただしい折を過ごしてから、お通いになろうと平生より殊に化粧をなさって桜襲のお直衣に見事な服を重ね、香をたきしめた装いでいとま乞いをなさるお姿が、陰もない夕日に、いよいよ清らかにお見えになる。紫の女君は、ただならぬ思いで見送りをなさる。明石の姫君は、子供らしく源氏のお指貫の裾に寄ってお慕いになる内に外までも出ておしまいになりそうなので、源氏は立ち止まって、本当にいとしく思っておいでになる。なだめておいて
 
  明日帰りこむ
 
(明日帰ってこよう)
 
と口ずさんで出ようとなさると、女君が渡殿の戸口で待ち構えていて中将の君をして申し上げさせた。
 
  舟泊むるをち方人のなくはこそ
   明日帰りこむせなと待ち見め
 
(あなたという舟を遠いところに泊めてしまうあの人さえいなければ、明日帰ってくる夫としてあなたを待ち受けても見るでしょうが)
 
いたく親しげに申し上げれば、源氏は本当に匂やかに頬笑んで
 
  行きて見て明日もさね来む
   なかなかにをち方人は心置くとも
 
(その遠いところへ行って人を見て明日は本当に帰ってこよう。かえってその人に隔てを置かれようとも)
 
聞いても何とも分からずざれ回っておいでになる人を紫上は、愛らしいと御覧になるので、その気に食わない「をち方人」にも殊のほか寛大になってしまった。「さぞかし娘を思いやっていらっしゃることであろう。私が親でもひどく恋しくなりそうな姿だから」と見詰めつつ懐に入れて、愛らしいお乳を含ませて戯れておいでになる御様子は、見所が多い。
 お前の人々は
「同じことならどうしてこの方に」
「本当にねえ」
などと語り合っている。
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松風(二)

源氏、寺に渡って斎日さいにちの講等行うことを定める。
桂殿逍遥。
大堰の家に両三日逗留。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
内裏より文の使いがある。
 源氏は二条の御殿においでになってしばしのほどお休みになる。山里でのお話などを紫上におっしゃる。
「申し上げていた日を過ぎてしまったので、それが本当に苦しくて。例の好き者どもが尋ねきて強いてとどめるのに引かされましてね。今朝は、本当に気分が悪く」
と言ってお安みになった。紫上はいつものようにわだかまりも解けぬようにお見えになるけれども、源氏はそれに気付かぬように
「比較にもならない身分どうしを思い比べられるのも、良くないことでしょう。自分は自分とお思いください」
とお教えになる。
 暮れ掛かる折に内裏へ参ろうとなさるのだけれど、横を向いて急いで何か書いていらっしゃるのはあちらへの文と見える。そば目にも、細やかに見えた。何かひそひそ言ってお遣わしになるのを女房などは憎くお思い申し上げる。
 その夜は内裏に伺候しているはずだったのだが、女君の機嫌をとりに、夜も更けていたが退出しておしまいになる。先ほどの使いが、返書を持って参った。隠すこともおできにならず目の前で御覧になる。殊に憎まれそうな節も見えなかったので
「読んだら破いて隠してくださいね。煩わしい。こんなものが散らばっているのも今となっては不都合な身分となってしまいました」
と言って脇息に寄ってお坐りになって、御本心では、あちらのことがいとしく恋しく思いやられるので、灯を眺めて、殊に物もおっしゃらない。
 文は広げてありながら、女君は御覧にならぬようなので、強いて見て見ぬふうをなさるその目つきに気が置かれますよとにっこり笑われたその愛敬は、いっぱいにこぼれてしまいそうである。お進み寄りになって
「そうそう、初めて娘を見ましたので、契りが浅くも見えなくなってしまったのですが、さりとて、物々しく取り扱うのもはばかりが多いので、思い煩ってしまいますよ。あなたもどうか同じ心に思い巡らしてお心に思い定めてください。どうすべきでしょう。ここでその子を育んでくださいませんか。もう蛭子ひるこのよわいにもなっておりますけれど、罪のない様子なのも見捨て難くてね。まだ子供らしい腰の下も隠そうかなどと思うので、心外でなければどうか腰結いになってください」
とおっしゃる。
「思い掛けないことばかりお言い立てになるお心の隔てに強いて気付かぬようにして機嫌良くしてはいられまいとそう思いましてね。子供らしいお心には、私が本当に相応でしょう。さぞかし愛らしい頃でしょうね」
と言って少し笑われた。子供をはなはだ、愛らしい者となさるお心なので、受け取って抱いて世話をできたらとお思いになる。源氏は「どうしようか。迎えようか」と思い乱れておいでになる。あちらにお通いになることは、本当に難しいことである。嵯峨野のお堂の念仏などを待ち受けて、月に二度ばかりの契りであるらしい。
 それでも織姫にはまさっていようが、力の及ばぬこととは思えどもなおさぞかし物思わしかろう。(松風終)
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松風(一)

二条の東の院を造り終わって花散里が移る。
源氏、明石上に上洛すべき由を伝える。
大堰おおいの山荘を修理。
 
明石上、母と姫君を具して上洛して大堰の家に住む。
石山師香『源氏物語八景絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
「桂の院というところをにわかに造らせておいでになると聞くけれど、そこにあの人をお据えになったのだろう」とこうお思いになるにもつまらないので、
おのただれてお改めになるほどの間そちらにいらっしゃるのでしょうね。待ちわびてしまいます」
と心行くこともない紫上である。
「いつもの偏屈なお心ですね。私も今は昔の様子の名残もなくなったと世の人からは言われているようですが」
何やかやと機嫌をとっていらっしゃる間に、日もたけてしまう。忍びやかに、疎い者はお先乗りに交じえず気配りをしてお移りになった。たそがれ時に御到着になった。狩衣姿でいらした折にすら、喩えようもない心地がしたというのに、まして、そのつもりで引き繕っておいでになる直衣姿は、世にないほど若々しく目ばゆい心地がするので、思い乱れてむせんでいた明石上の子故の闇も晴れるようである。そのお子も源氏にとっては珍しくていとしくて、御覧になるにも、どうして、思いは浅かろう。今まで隔ててしまった年月すらも、ひどく悔やまれるほどである。「太政大臣家の君を愛らしいと言って世人が騒ぐのはやはり、時世に従おうというので人はそう見なすのだ。しかしこんなにも、優れた人になる兆しというものは際立ったものなのだ」と、何気なくにっこり笑ったその顔に愛敬があり艶やかなのをはなはだ可憐にお思いになる。あの乳母は、明石に下っていた折は衰えていた容貌も成長するに従って立派になり数箇月この方のことを親しげに申し上げたりするので、悲しくもあんな塩釜の傍らで過ごしていたことを思って源氏はこうおっしゃる。
「ここだって、いたく人里離れて、通うのも難しいのだから、やはり、あの私の本意のところにお移りなさいよ」
とおっしゃるけれども、本当に物慣れない間はここで過ごしましてそれからぜひと申し上げるのももっともである。
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絵合(二)

弥生十余日、梅壺女御と弘徽殿女御、絵合。
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
朱雀院、絵を梅壺に奉る。
 
また御前に絵合。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 左になお一番という果てになってあの須磨の巻が出てきたので、権中納言はお心も騒いでしまった。こちらでも心して果ての巻には、殊に心を打つ優れたものをえっておおきになったのに、こんな優れた名人が、静思して精一杯お描きになったものとは、比べようがない。帥宮を始めとして、涙をおとどめにならない。その折も心苦しく悲しく思ってはおいでになったが、それよりも、御境遇、お心に思っておいでになったことが、ただ今のことのように見えるほど、そこの様子、はっきりとは知らなかった浦々、磯を、隠れもなくお描き表しになってある。草仮名の手に仮名を所々交ぜて書いて、真面目な詳しい日記ではなく、物悲しい歌なども交じっているので、もっと見たくなる。誰も別のことはお心に掛けなくなり、様々な絵の興も、すっかりこちらに移るほど、それは感慨深く面白かった。よろずのことが、その前では皆崩れてしまったように、左の勝ちとなった。
源氏、帥宮と物語。
物語のついでに遊び。
山里に堂を建てる。(絵合終)
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絵合(一)

前斎宮御入内
朱雀院、祝いに、くしの箱、薫衣香くぬえこう等をお送りになる。
 
主上、絵を好まれる。
 このように三人目の這入る余地もなくお二方が伺候しておいでになるので兵部卿宮は、娘を入内させようと快く意気込まれることもなく、帝も成人なさればよもやお見捨てにはなれまいとそれを待ってお過ごしになるのである。お二方は、御声望もとりどりに競争しておいでになる。主上は、よろずのことに優れて絵を、興あるものと思っておいでになる。専らお好みになるためか、御自身でもこの上なくお描きになる。お二方では斎宮の女御が至って面白くお描きになったそうで、こちらにお心が移って、そちらへお通いになっては絵を描いて心を通わせておいでになる。若い雲客でも、そのことを学んでいる者を、心に留めて、面白い者とお思いになったので、ましてかわいらしい人が、趣ある様にしかつめらしくもなく気の向くままに描き、艶に物に寄り掛かってとかくためらいがちに筆をお遣いになる御様子、可憐さがお心に染みて、至ってしげくお通いになって以前よりなおさら思いも増さったので、権中納言は、それをお聞きになって「私が、人に劣るはずがあろうか」と飽くまでさかしく当世風でいらっしゃるお心を励まされて、優れた上手を召し寄せて他言を大層戒めて又とない様の絵を二つとない紙に描かせてお集めになる。物語絵こそは趣も目に見えて見所があるものなのだと言って、面白く、趣のあるものだけをえっては描かせる。例の月次つきなみ絵も、見慣れない様にことば書きを書き続けて主上にお見せになる。取り分け面白く作ってあるので女御の居室でもまたこれを見ようとなさったのに、権中納言は心安くお取り出しにもならず、いたく秘めて、そちらへ絵を持ってお移りになるのを惜しんで我が物としていらっしゃるので、源氏の大臣は、お聞きになって、権中納言のお心の子供らしさはなお改まり難いらしいなどとお笑いになる。
「強いて隠しておいて心安くもお見せにならず悩まし申し上げるのは、至って浅ましいことです。こちらにも昔めいた絵ならございますが御用意させましょう」
と奏して、二条の御殿で、古い絵も新しいのも這入った厨子を開かせて、紫の女君ともろともに、しゃれているのはそれそれとえっては調えさせる。長恨歌、王昭君などのような絵は、面白く美しくもあるけれど、忌むべきことがあるものは今回奉るまいと、えってこちらにとどめておおきになる。あの旅の日記の箱もお取り出しになってこのついでに女君にもお見せになったのである。それはお心を深く知らずに今見た人ですら、少し物をわきまえている人なら涙を惜しみそうもないほど物悲しかった。まして、夢のようなその折のことが忘れ難く、思いを覚ます折もないお心には、またもやあの悲しみが思い出された。今まで見せてくださらなかったことの恨みを女君はこうおっしゃったのである。
「 独りゐて嘆きしよりは
   海人の住むをかくてぞ見る海松べかりける
 
(独りいて嘆くよりは、海人の住む潟の絵を、海松みるではないけれどこうして見ることもできたはずですのに)
 
心もとなさも慰んだでしょうに」
とおっしゃる。本当にいとしくお思いになって
 
  浮き海布憂き目見しその折よりも今日はまた
   過ぎにしに返る波た
 
(その潟で浮いた海藻を見、憂き目も見たその折よりも今日はまた、返る波ではないが過ぎたあの頃に返ったような涙が出ますよ)
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 それは藤壺中宮にだけは見せ奉るべきものであった。見苦しくなさそうなのを一帖ずつ、さすがに浦々の様子がさやかに見えているものをおえりになるその折にも、あの、明石の住まいを、まず時の間も、どうなっているかと御想像にならぬことはないのである。
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源氏物語

澪標(三)

皐月五日、明石の姫君の五十日いかいわい
 
源氏、五月雨の頃、花散里の方に渡る。
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
源氏、元のごとく淑景舎を曹司とする。
 
藤壺、太上天皇に準じた御封みふを賜る。
 
葉月、権中納言(かつての頭中将)の娘、入内。
 その秋、源氏は住吉に詣でられる。お礼参りをなさろうということだから立派な行列で世の中もどよめいて、月卿雲客が我も我もと奉仕なさる。折しも、あの、明石の人も、いつもは年ごとに詣でていたのを、去年今年は、障ることがあって中断していたそのおわびを兼ねて参詣を思い立った。舟にて詣でたのである。岸に着けたその折に、見れば、言い騒ぎながら詣でていらっしゃる人の物音が、なぎさに満ちていて、いかめしい奉納品を持って連なっている。楽人がくにんとおつらなどは、装束を整え、その容貌も選んである。どなたが詣でられたのかと人が問うたところ「内大臣殿が、お礼参りで詣でられたのに、それを知らぬ人もあったのだな」と言って、たわいない身分の下衆すら心地よさそうに笑っている。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
「本当に驚いた。月日は幾らもあるというのに。かえって、こんな御境遇を遠くに見てしまうと、自分の身の程が取るに足らないものにも思えてしまう。あの方から懸け離れた宿世とばかりも言えないながら、あんな取るに足らない身分の者ですら物思いもなさそうにこの奉仕を晴れがましく思っているようなのに、どれほど罪深い身だというので、心に掛けて待ち遠しくあの方を思い申し上げつつ、こんな評判になっていたことも知らずに出てきてしまったのだろう」などと思い続けていると、いたく悲しくて人知れず袖もぬれそぼった。深緑の松原に花紅葉をこき散らしたように見える、色の濃いあるいは薄い上のきぬが、数えきれないほどだ。六位の中でも蔵人のきぬは青色が際立って見え、あの賀茂の水垣を恨んだ右近将監うこんのじょうも、衛門尉えもんのじょうになって、事々しそうな随身を連れた蔵人となっている。良清も、衛門佐えもんのすけになって、人より殊に物思いもないような様子で仰山な赤ぎぬ姿の至って良い姿である。
海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
前斎宮帰京。母である六条御息所、病によって尼となる。
源氏、六条御息所のところに参る。
七、八日後、御息所死去。
文を前斎宮に奉る。
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
朱雀院、前斎宮を思う。
 
源氏、藤壺に参って前斎宮入内のことを申す。(澪標終)