釜飯屋の更級日記

(三十)時鳥

 念仏をする僧が暁にぬかずく音が尊く聞こえるので、戸を押し開けてみたところ、ほのぼのと明けてゆく山際だった。木暗い梢の一面に霧が立って、花や紅葉の盛りよりも何となく、枝葉の茂りに空じゅうが曇ったようで面白いのに、時鳥ほととぎすさえ、至って近い梢に度々鳴いている。
 
  たれに見せ たれに聞かせむ
   山里の この暁も をち返る音も
 
(誰に見せ、誰に聞かせたらよいだろうか。山里のこの暁も、繰り返す鳥の音も)
 
 その月の三十日、谷の方の木の上に時鳥が、かしがましく鳴いている。
 
  都には待つらむものを
   時鳥 今日ひねもすに鳴き暮らすかな
 
(時鳥よ、鳴くのを都で待っていようものを、こんなところで今日はひねもす鳴き暮らすのですね)
 
などと物を思うのみで……
 
〔※脱文があるか〕
 
……共にいる人が
「今頃は京でも時鳥を聞いている人があるでしょうか。そして、こうして物を思っているだろうと、思いやってくれる人もあるでしょうか」
などと言うので、
 
  山深くたれか思ひはおこすべき
   月見る人は多からめども
 
(こんな山深いところを誰が思いやってくださるでしょう。月を見る人は多いでしょうけれど)
 
と言うと、
 
  深き夜に月見る折は
   知らねどもまづ山里ぞ思ひやらるる
 
(深い夜に月を見る折は、どうしてかまず山里が思いやられるものですよ)
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