釜飯屋の更級日記

(三十九)父下向

 文月十三日に父は下る。
 五日前からは、なまなかに父を見るのも何だろうからと、親のいる母屋にも入らない。
 当日は立ち騒いで、その時になってしまった以上は、すだれを引き上げて、顔を見合わせて、涙をぽろぽろ落として、そのまま出ていってしまうのを見送る心地は、ひどく目もくらんで、そのまま横になってしまうけれども、こちらにとどまる家来が父の送りをして帰った時に、懐紙に
 
  思ふこと心にかなふ身なりせば
   秋の別れを深く知らまし
 
(思うことが心のままになる私であったなら、秋との別れをあなたと深く知ることもできたろうに)
 
とばかり書かれていたのを見やることもできず、もっとましなときであれば、腰折れになりかかった歌でも考え続けたのだけれども、ともかく言うべき手立ても思いつかぬままに
 
  かけてこそ思はざりしか
   この世にてしばしも君に別るべしとは
 
(かつて思いもしませんでした。この世でしばしもあなたに別れねばならぬとは)
 
と書かれたのでもあろうか。
 人が見えることもますますなくなってゆき、寂しく心細く物を思いつつ、父はどの辺りだろうかと明け暮れ思いやっていた。
 道中も知っているので、はるかに恋しく心細く思うことは一通りでない。
 明けてより暮れるまで、東の山際を眺めて過ごす。
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