釜飯屋の更級日記

(七十二)荒磯波

 うらうらとしてのどかな宮家で、心を同じゅうする三人ばかり、物語などして退出した又の日、つれづれなままに、二人のことが恋しく思い出されるので
 
  袖ぬるる荒磯波あらいそなみと知りながら
   共にかづきをせしぞ恋しき
 
(袖をぬらすと知りながら、荒磯の波を共にくぐった、あの頃が恋しいのです)
 
と申し上げたところ、
 
  荒磯は あされど何の甲斐なくて
   うしおにぬるる 海士の袖かな
 
(あの荒磯は、貝をあさっても何のかいもなく、海士の袖はうしおにぬれただけでした)
 
今一人は
 
  海松布見る目生ふる浦にあらずは
   荒磯の波間数ふるあまもあらじを
 
(浦に海松みるが生えていなければ、波間を数えて水にくぐる海士もないように、あなたを見ることができなければ、あの荒磯に行く人もおりますまいに)
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