釜飯屋の更級日記

(八十二・終)蓬

 年月は改まり過ぎてゆくけれど、夢のように最期を見届けたあの折のことを思い出せば、心地もうろたえ、目もくらむようなので、その折のことはまた定かに思い出すことがない。
 人々は皆よそに別れて住むようになって、元の家に独りはなはだ心細く悲しいままに、物を思うて明かし、思い煩って、久しく訪れない人に
 
  茂りゆくよもぎが露にそぼちつつ
   人に問はれぬ音をのみぞ泣く
 
(茂りゆく蓬の露にぬれながら、人が訪ねてくれないことを泣くのです)
 
相手は、尼となった人である。
 
  世の常の宿の蓬を思ひやれ
   背き果てたる庭の草むら
 
(尋常の家の蓬のことを思いやってください。すっかりこの世を背いているあなたの庭の草むらから)
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