釜飯屋の更級日記

(三十一)鹿の音

 暁になってしまったろうかと思っていると、山の方より人があまた来るような音がする。
 驚いて見やったところ、鹿が縁のもとまで来て鳴いているのは、こう近くてはゆかしくない声である。
 
  秋の夜の 妻恋ひ兼ぬる鹿の音は
   遠山にこそ聞くべかりけれ
 
(秋の夜の、妻恋を遂げ得ぬ鹿の声は、遠い山にこそ聞くべきものだったのだ)
 
 近辺まで知人が来て帰ったことを聞いたので
 
  まだ人目知らぬ 山辺の松風も
   音して帰るものとこそ聞け
 
(人をまだ見知らぬ山辺の松風でも、音沙汰があって帰るものだと聞きますよ)
モバイルバージョンを終了