釜飯屋の更級日記

葵(二)

源氏の北の方、懐妊。
 
弘徽殿女御の女三宮、賀茂の斎院に立つ。
 
四月、斎院の御禊ごけい。源氏、勅使として参議にて供奉。
 左大臣家の女君は、そんなふうに出歩かれることもおさおさなかった上に、お心地が苦しくさえあるので、御見物などは思い掛けないことであったのに、若い人々
「いえもう、自分らだけで、忍んで見ましてもえませんでしょう。ありきたりの人ですら、今日の見物では大将殿を、卑しい山がつでさえも拝見しようとするそうですから。遠い国々より、妻や子を引き連れて参ると言いますのに、御覧にならないのは本当にあまりのことでございます」
と言うのを母宮が聞こし召して
「あなたのお心地も今はまずまずという機会です。女房たちも物足りなそうにしていますよ」
と言うので、にわかに廻文かいぶんをして御見物になることをお知らせになる。日もたけてから、略式をもっておいでになった。車が一面に隙もなく止まっているので、装い麗しく連なったままになかなか止めることもできない。良い女房車も多いが、卑しい人のいない隙を思い定めて皆そこへのけさせる中に、少し古ぼけたあじろ車で、下すだれなどは由ありげなのに、いたく引っ込めてほのかな袖口、裳の裾、汗衫かざみなど、物の色が本当に清らかで、殊更やつしていると明らかに見えるのが、二つある。
「これは、そんなふうにのけたりできるお車では更にないぞ」
と抗弁して、手を触れさせない。いずれの方でも、若い者どもは酔い過ぎており、立ち騒いでいる間のことは、始末に負えない。年配の先乗りの人々が、そんなふうにするななどと言うけれど、とどめもあえない。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 それはあの斎宮の母御の御息所が、物を思い乱れておいでになる慰めにもなろうかと、お忍びでおいでになったのである。何事もないようにしているけれども、見ておのずから誰と分かってしまう。
「それくらいな車に、そんなことを言わせておくな」
「大将殿の威を借りているつもりなんだろう」
などと言うのを、大将方の人もそこには交じっているものだから、哀れには見ながら、意を用いるのも煩わしいので知らぬ顔を作っている。
 ついにはお車を連ねて止めてしまうのでこちらは従者の車の奥に押しやられ、見物もできない。ばかばかしいのはもちろんのこと、こんなふうに見すぼらしい姿にしているところをそれと知られてしまったのが憎らしいことこの上ない。しじなども皆へし折られて、ながえはよその車のこしきに打ち掛けてあるので、またとなく人目に悪く、悔やまれて、何をしに来たのであろうと思うてみてもかいがない。見物もせず帰ろうとなさるけれども、通って出る隙もないので、始まった、と人が言うと、さすがに、あの情けの薄い人が前を過ぎてゆくのが待たれてしまうのも心弱いことである。
 
  笹の隈
 
(駒を止めて水をやる、笹の陰)
 
ですらないというのか、ただ慌ただしく、誰もいないかのように通っておしまいになるにつけても、かえって気をもんでしまうのだ。
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