釜飯屋の更級日記

絵合(一)

前斎宮御入内
朱雀院、祝いに、くしの箱、薫衣香くぬえこう等をお送りになる。
 
主上、絵を好まれる。
 このように三人目の這入る余地もなくお二方が伺候しておいでになるので兵部卿宮は、娘を入内させようと快く意気込まれることもなく、帝も成人なさればよもやお見捨てにはなれまいとそれを待ってお過ごしになるのである。お二方は、御声望もとりどりに競争しておいでになる。主上は、よろずのことに優れて絵を、興あるものと思っておいでになる。専らお好みになるためか、御自身でもこの上なくお描きになる。お二方では斎宮の女御が至って面白くお描きになったそうで、こちらにお心が移って、そちらへお通いになっては絵を描いて心を通わせておいでになる。若い雲客でも、そのことを学んでいる者を、心に留めて、面白い者とお思いになったので、ましてかわいらしい人が、趣ある様にしかつめらしくもなく気の向くままに描き、艶に物に寄り掛かってとかくためらいがちに筆をお遣いになる御様子、可憐さがお心に染みて、至ってしげくお通いになって以前よりなおさら思いも増さったので、権中納言は、それをお聞きになって「私が、人に劣るはずがあろうか」と飽くまでさかしく当世風でいらっしゃるお心を励まされて、優れた上手を召し寄せて他言を大層戒めて又とない様の絵を二つとない紙に描かせてお集めになる。物語絵こそは趣も目に見えて見所があるものなのだと言って、面白く、趣のあるものだけをえっては描かせる。例の月次つきなみ絵も、見慣れない様にことば書きを書き続けて主上にお見せになる。取り分け面白く作ってあるので女御の居室でもまたこれを見ようとなさったのに、権中納言は心安くお取り出しにもならず、いたく秘めて、そちらへ絵を持ってお移りになるのを惜しんで我が物としていらっしゃるので、源氏の大臣は、お聞きになって、権中納言のお心の子供らしさはなお改まり難いらしいなどとお笑いになる。
「強いて隠しておいて心安くもお見せにならず悩まし申し上げるのは、至って浅ましいことです。こちらにも昔めいた絵ならございますが御用意させましょう」
と奏して、二条の御殿で、古い絵も新しいのも這入った厨子を開かせて、紫の女君ともろともに、しゃれているのはそれそれとえっては調えさせる。長恨歌、王昭君などのような絵は、面白く美しくもあるけれど、忌むべきことがあるものは今回奉るまいと、えってこちらにとどめておおきになる。あの旅の日記の箱もお取り出しになってこのついでに女君にもお見せになったのである。それはお心を深く知らずに今見た人ですら、少し物をわきまえている人なら涙を惜しみそうもないほど物悲しかった。まして、夢のようなその折のことが忘れ難く、思いを覚ます折もないお心には、またもやあの悲しみが思い出された。今まで見せてくださらなかったことの恨みを女君はこうおっしゃったのである。
「 独りゐて嘆きしよりは
   海人の住むをかくてぞ見る海松べかりける
 
(独りいて嘆くよりは、海人の住む潟の絵を、海松みるではないけれどこうして見ることもできたはずですのに)
 
心もとなさも慰んだでしょうに」
とおっしゃる。本当にいとしくお思いになって
 
  浮き海布憂き目見しその折よりも今日はまた
   過ぎにしに返る波た
 
(その潟で浮いた海藻を見、憂き目も見たその折よりも今日はまた、返る波ではないが過ぎたあの頃に返ったような涙が出ますよ)
『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 それは藤壺中宮にだけは見せ奉るべきものであった。見苦しくなさそうなのを一帖ずつ、さすがに浦々の様子がさやかに見えているものをおえりになるその折にも、あの、明石の住まいを、まず時の間も、どうなっているかと御想像にならぬことはないのである。
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