釜飯屋の更級日記

松風(二)

源氏、寺に渡って斎日さいにちの講等行うことを定める。
桂殿逍遥。
大堰の家に両三日逗留。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
内裏より文の使いがある。
 源氏は二条の御殿においでになってしばしのほどお休みになる。山里でのお話などを紫上におっしゃる。
「申し上げていた日を過ぎてしまったので、それが本当に苦しくて。例の好き者どもが尋ねきて強いてとどめるのに引かされましてね。今朝は、本当に気分が悪く」
と言ってお安みになった。紫上はいつものようにわだかまりも解けぬようにお見えになるけれども、源氏はそれに気付かぬように
「比較にもならない身分どうしを思い比べられるのも、良くないことでしょう。自分は自分とお思いください」
とお教えになる。
 暮れ掛かる折に内裏へ参ろうとなさるのだけれど、横を向いて急いで何か書いていらっしゃるのはあちらへの文と見える。そば目にも、細やかに見えた。何かひそひそ言ってお遣わしになるのを女房などは憎くお思い申し上げる。
 その夜は内裏に伺候しているはずだったのだが、女君の機嫌をとりに、夜も更けていたが退出しておしまいになる。先ほどの使いが、返書を持って参った。隠すこともおできにならず目の前で御覧になる。殊に憎まれそうな節も見えなかったので
「読んだら破いて隠してくださいね。煩わしい。こんなものが散らばっているのも今となっては不都合な身分となってしまいました」
と言って脇息に寄ってお坐りになって、御本心では、あちらのことがいとしく恋しく思いやられるので、灯を眺めて、殊に物もおっしゃらない。
 文は広げてありながら、女君は御覧にならぬようなので、強いて見て見ぬふうをなさるその目つきに気が置かれますよとにっこり笑われたその愛敬は、いっぱいにこぼれてしまいそうである。お進み寄りになって
「そうそう、初めて娘を見ましたので、契りが浅くも見えなくなってしまったのですが、さりとて、物々しく取り扱うのもはばかりが多いので、思い煩ってしまいますよ。あなたもどうか同じ心に思い巡らしてお心に思い定めてください。どうすべきでしょう。ここでその子を育んでくださいませんか。もう蛭子ひるこのよわいにもなっておりますけれど、罪のない様子なのも見捨て難くてね。まだ子供らしい腰の下も隠そうかなどと思うので、心外でなければどうか腰結いになってください」
とおっしゃる。
「思い掛けないことばかりお言い立てになるお心の隔てに強いて気付かぬようにして機嫌良くしてはいられまいとそう思いましてね。子供らしいお心には、私が本当に相応でしょう。さぞかし愛らしい頃でしょうね」
と言って少し笑われた。子供をはなはだ、愛らしい者となさるお心なので、受け取って抱いて世話をできたらとお思いになる。源氏は「どうしようか。迎えようか」と思い乱れておいでになる。あちらにお通いになることは、本当に難しいことである。嵯峨野のお堂の念仏などを待ち受けて、月に二度ばかりの契りであるらしい。
 それでも織姫にはまさっていようが、力の及ばぬこととは思えどもなおさぞかし物思わしかろう。(松風終)
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