釜飯屋の更級日記

朝顔(一)

九月、斎院、喪で桃園宮に移る。
源氏、桃園宮に参る。
翌朝、前斎院に朝顔の花を奉る。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 今更再び、若々しい書きぶりをお示しになったりすることなども、似合わしくないようにお思いになるけれど、なお、こんなふうに昔から避けられてもいない様子でありながら飽き足りることもないまま過ぎてしまったことを思っては、このまま終われようはずもなく思われるので、昔に立ち返ってまめやかにお言い寄りになる。東の対に紫上から離れておいでになって、朝顔の宮のところの宣旨を迎えてお語らいになる。そちらに伺候する人々のうちで、さほどの身分でもない者の言葉にすらなびかされそうな者たちなどは、過ちもしそうなほどに源氏のことをめで申し上げるけれど、宮は、その昔にすら気持ちは殊の外に離れていらしたのに今はまして、二人とも恋などしそうもないよわいでもあり声望でもあり、「たわいない木や草に付けた文に折を見過ごさず返事をしたりすることも、軽々しいとうわさされていようか」などと人の物言いをはばかられては、打ち解けておあげになりそうな気配もないので、昔に変わらぬ様子のそのお心を、世の人とは変わって、珍しいとも憎らしいとも源氏はお思いになる。こんなことが世の中に漏れ聞こえて
「それは前斎院に懇ろに言い寄っておいでになるからですよ。女五の宮なども、それを悪くないと思っておいでになるそうです。そうなったら似合わしい取り合わせでございましょうね」
などと言っていたのを、西の対の紫上は伝え聞かれて、しばしは「そうはいっても、そんなことがあったなら、隔てを置いて黙ってはおいでになるまい」とお思いになるけれども、ふと目をつけて御覧になると御様子もいつもと違って落ち着きがない。それがまた情けなく、「はなはだ真面目に思い込んでいらしたことを何でもない戯れのように言いなしておいでになったのだろう。あの方は私と同じ血筋ではあるけれど、声望は格別で、昔より、やんごとないお方と聞こえておいでになるのに、そちらにお心も移ってしまえば情けないことにもなろう。さすがに年来のお取り計らいには、立ち並ぶ人もいないことに慣れてしまって、そうしてから人に押しやられることになろうとは」などと人知れず悲しまれる。「連絡も絶え、名残もないようなお取扱いはなさらずとも、本当に頼りなかった私の姿を年来見慣れておいでになったその親しみが、侮りやすいところにもなるのだろう」などと様々に思い乱れられるけれども、平凡なことならば、怨じてみせたりして、憎からずおっしゃるところが、本当に恨めしくお思いになることなので、紫上は色にもお出しにならぬ。源氏は端近く物を思いがちで、しきりに宮仕えをなさっては、勤めのようにしてあちらへ文をお書きになるので、「誠に世の人の言葉も根拠がなくはなかったようだ。せめてそれとなくほのめかしてくださっていたら」と、疎ましくばかりお思いになる。
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