釜飯屋の更級日記

梅枝

東宮の御元服、明石の姫君の裳着を如月に控える。
睦月下旬、源氏、たき物を合わせる。
 
如月十日、蛍兵部卿宮、六条院に参る。
 
朝顔の前斎院、たき物を源氏に送る。
お方々、たき物を合わせて源氏に奉る。蛍兵部卿宮、判じる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
終夜、物の音を合わせて遊ぶ。
 
明石の姫君、裳着。
 
二十余日、東宮の元服。
 
明石の姫君の入内、四月に延引。
調度、草子等のこと。
蛍兵部卿宮、六条院に参る。
人々、手蹟について物語。
蛍兵部卿宮、嵯峨の帝の古万葉集、延喜の帝の古今集等を召し寄せる。
 
内大臣(かつての頭中将)雲居雁の姫君のことを思い煩う。
 源氏の太政大臣は、いぶかしくも落ち着かない様子をしているものだと若君のことでお思い悩みになって
「あの人のことを諦めてしまったのなら、右大臣や、中務の宮などが意中をほのめかしていらっしゃるようだから、どちらにでも思い定めなさい」
とおっしゃるけれど、物もおっしゃらず、かしこまった御様子で控えておいでになる。
「こういうことは、畏れ多い父君ちちぎみの教えにすら従うつもりにならなかった私など口を出すのもおかしいのだけれど、今思い合わせるとあの教えこそ永代えいたいの手本となるものでしたよ。あなたのように寂しそうにしていると、思うところでもあるのかと世人も推し量るものですが、宿世に引かれて、世の常の人に結局なびいたりしては、竜頭蛇尾で人目に悪いことですよ。望みを高く持っても、心のままにはならず、限りがあることですし、好き者めいた心を保っていてはなりません。私も子供の頃より宮中で育って『この身を思いどおりにできずなんと窮屈な。いささかでも罪があれば、軽々しいとのそしりを負うだろう』とはばかっていてすらなお、好き者のとがを負うて世の中からたしなめられました。位も低くこれということもない身の程だからと油断して、心のままの振る舞いなどをなさいますな。心がおのずからおごってきても落ち着かせる理由になる人がない時には、女のことで、優れた人が、昔も、みだりがわしいことになったためしがあるのです。不相応なことに心を寄せて、人の浮き名をも立て、自らも恨みを負うたことが、ついのほだしとなったのですね。思い違いをしていて連れ添うた人で、自分の心にかなわず、忍ぶことの難しい節があったとしても、なお思い返すよう自分の心を修練して、あるいは相手の親の心のために譲り、あるいは、親がいなくて困窮していたとしても、人柄の気遣わしい人ならばその小さな美点に寄せて連れ添いなさい。ついには自分のため、人のためになるはずのそうした心こそ深いものであるはずです」
などと、のどかでつれづれな折にはこうした心遣いをのみお教えになる。こうした御諫言についても、戯れにもほかの人の心を慕うのは哀れなことだと、人に言われるまでもなくそう思われる。
 女も、父の内大臣の常より殊に悲しんでいらっしゃる御様子に、恥ずかしくいとわしい我が身よと物思いに沈んでいらっしゃるけれど、表面は何事もないように鷹揚に外を眺めて過ごしておいでになる。文は、男君が思い余るような折々、心からいとしいというふうにお書きになる。
 
 たが誠をか
 
(今更ほかに誰の誠を頼めようか)
 
と思いながらも、慣れた人なら強いて男の心を疑うところだが、この人はいとしく御覧になる折が多い。
「中務の宮が、太政大臣の御内意を承って、そういうことでまとまったそうですよ」
とある人が申したので、内大臣は、打って変わって胸も塞がったのであろう、忍んで
「こんなことを聞いたのですが、あの人のお心も不人情なものですね。あの父上が、口を入れてもこちらが毅然としていたもので方針を変えられたのでしょう。ここでもし心弱くなびいたら人笑わせなことでしょうね」
などと、涙を浮かべておっしゃると、姫君は、本当に恥ずかしくて、何とはなしに涙がこぼれるので、間が悪くて後ろを向いておいでになるのが、可憐なことこの上ない。「どうしようか。それでも、進んで意向を探ってみようか」などと内大臣が思い乱れつつお立ちになった余韻もそのままに、姫君は端近く物を思うておいでになる。「不思議なことに、心より先に涙の方が表れ出てしまったことだ。お父様にはどう思われたことだろう」などと様々に思うて坐っておいでになると文があり、さすがに御覧になるのである。細やかに
 
 つれなさは憂き世の常になりゆくを
 ・・忘れぬ人や人に異なる
 
(つれなさが二人の仲の常になってもあなたを忘れぬ私という人は世の人とは異なるのでしょうか)
 
とある。あのことについては僅かばかりもほのめかさないつれなさよとお思い続けになるにもつらいけれど
 
 限りとて忘れ難きを忘るるも
 ・・こや世になびく心なるらむ
 
(これを限りと、忘れ難いはずの私のことを忘れてしまうのも、これもまた、時の勢いになびく心なのでしょう)
 
とあるのを、不思議なことだと、放ってもおかれず、疑いながら見ておいでになる。(梅枝終)
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