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更級日記

(二十五)火事

 その翌年の卯月、夜中ばかりに火事があって、大納言殿の姫君と思って大切にしていたあの猫も焼けた。
 大納言殿の姫君、と呼んだら、心得て聞いているような顔に鳴いて歩んできたりしたので、私の父である人も
「珍しく尊いことだ。大納言に申し上げよう」
などと言っていた折でもあり、はなはだ悲しく口惜しく思われる。
 広々として深山のようではありながら、花や紅葉の折は、周りの山辺も取るに足りないほどになるのをしばしば見ていたのに、今は、はなはだそれと違って狭いところで、庭も広くなく、木などもないので本当に面白くないのに、お向かいには、紅白の梅など咲き乱れて、それが風につけて匂うてくるにつけても、住み慣れていたあの家が思い出されることは、一通りでない。
 
  匂ひくる 隣の風を身に染めて
   在りし 軒端の梅ぞ恋しき
 
(匂うてくる、隣からの風を身に染ませるままに、在りし軒端の梅が恋しい)
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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