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源氏物語

明石(一)

雨風なおやまず。
 
二条院より使いが来る。
「京でも、『この雨風は、怪しい前兆だ』と言っていて、仁王会にんのうえなどが行われるのだろうと申していたところなのです。内裏に参る公卿なども、総て道が塞がってしまって政も絶えているのです」
などと、不得要領にぎこちなく話すのだけれど、京の方のことだとお思いになると源氏は知りたくなって、お前に召し出して問われたのである。
「ただ、いつでも雨が小やみなく降って風は時々吹き出して数日になりますのを、いつもと違うことだと驚いているのです。本当にこう、地の底へ通るばかりの氷が降り、雷が静まらぬということはなかったことです」
などと、このひどい様子に驚いておじている顔が、いたくつらそうなのにも、心細さが増さった。こうして寿命も尽きるのであろうかと思われるところへその又の日の暁より、風が大いに吹き、潮は、高く満ちて、波の音の荒いことは、いわおも山も残りそうにない有り様である。雷が鳴ってひらめく様は、何とも言いようがなくて、落ち掛かってくるように思われるので、気丈な人もいなくなる。
「私は、いかなる罪を犯して、こんな悲しい目を見ているのだろう。父や母とも相見ず、いとしい妻や子の顔も見ないで死ぬであろうことよ」
と嘆くのである。源氏の君は、お心を鎮めて、これくらいの過ちでこのなぎさに命を終わらせることがあってよいものかと奮い立たれるけれども、周囲があまり騒然とするので、種々の色の幣帛へいはくを捧げさせて
「住吉は、この土地の鎮守神ちんじゅがみでいらっしゃるというが、誠に垂迹すいじゃくされた神ならばお助けください」
と多くの大願をお立てになる。各々、自らの命はそれとしても、このような御身がまたとない例として奈落にお沈みになりそうなことがはなはだ悲しいが、心を励まして、少し物を考えることのできる限りは、我が身に代えてこの御身一つを救い奉ろうと、声を大きく合わせて仏、神を念じ奉る。
「帝王の深宮に養われていろいろの楽しみにおごられはしましたけれども、深いお慈しみは大日本にあまねく、不遇なともがらを多く出世させたのですが、今、何の報いで、はなはだ非道なこの波風に溺れられるというのでしょうか、天地よ道理をお立てください。罪もなく罪人にされ、官位を取られ、家を離れ、土地を去って明け暮れ、穏やかな空もなく嘆いておいでになるのですけれど、こう、悲しい目をさえ見、命も尽きようとしているのは、前世の報いかこの世の罪科か、神よ、仏よ、明らかにましますならばこの愁えを穏やかにしてくださいませ」
と、お社の方を向いて様々の願をお立てになる。また海の中の竜王や、よろずの神たちに願を立てさせると、いよいよ雷は鳴りとどろいて、おいでのところの続きの廊に落ち掛かった。炎が燃え上がって、廊は焼けてしまう。正気もなくて、全員うろたえている。後ろの方の厨房とおぼしい屋に移し奉って、かみしももなく立ち込んで至って騒がしく泣く声は、いかずちにも劣らない。空は墨をすったようで、日も暮れてしまった。ようやく、風が直り、雨の脚が静まり、星の光も見えるので、こちらの部屋のいたく風変わりなのも本当に畏れ多くて、寝殿に返し移し奉ろうとするけれども、焼け残ったところも、気味悪げで、あまたの人がひどく足音を響かせており、
「御簾なども皆吹き散らされてしまっております」
「夜を明してからにしては」
と考え合っているので源氏の君は、御念誦をなさって思い巡らしておいでになるというのにいたく心も落ち着かない。月が差し始めて、潮が近くまで満ちてきた跡もあらわに、名残でなおも寄せては返す波が荒いのを、柴の戸を押し開けて眺めておいでになる。この一帯には、物事の機微を知り、来し方行く先のことを考えることができ、あれやこれやを、しっかりと悟っている人もいない。卑しい海人あまどもなどが、貴い人のおいでになるところだというので参集して、聞いても源氏にはお分かりにならぬことを言い合っているのも、いたく風変わりだけれど、追い払うこともできない。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
「あの風がもし、今しばしやまなかったら、潮が上がって、残るところもなかったでしょう。神の助けもおろそかではありませんでしたね」
とある海人が言うのをお聞きになるにも、本当に心細いとは言うもおろかである。
 
  海にます神の助けに掛からずは
   潮の八百会ひにさすらへなまし
 
(海にまします神の助けに頼らなければ、潮の集まり合うところに今頃はさすらっていただろう)
 
ひねもすに荒れ狂っていた雷の騒ぎに、さすがにいたく悩み煩っておいでになったので、思わず知らずまどろまれる。源氏にはもったいないようなお部屋なのでただ物に寄って坐っておいでになったのだけれど亡き父、桐壺院がただ、以前の御様子そのままにお立ちになって
「なぜ、こんな卑しいところにおいでになるのです」
と言ってお手を取ってお起こしになる。
「住吉の神のお導きになるままに速やかに、舟出をしてこの浦を去っておしまいなさい」
と仰せられる。本当にうれしくて
「畏れ多いあなたの影に別れ奉って後、様々悲しいことばかり多うございますので、今はこのなぎさに身を捨ててしまいましょう」
とおっしゃると、
「本当にあるまじきことです。これはただ、ちょっとしたことの報いなのです。私は、位に在った時、悪事を働くこともありませんでしたがおのずから罪科があったので、その罪を終える間はいとまがなくて、この世のことも顧みませんでしたけれど、ひどい愁えにあなたが沈んでいるのを見るに耐え難くて、海に這入り、なぎさに上り、いたく悩み煩ったのです。けれど、このついでに主上に奏すべきことがありますによって急いで参上してしまいましょう」
と言って立ち去っておしまいになる。物足りなく悲しくて、きっとお供に参りましょうと泣き沈んだまま見上げられたところ、そこは人もなく、月の顔のみがきらきらとして、夢のような心地もせず、気配もまだとどまっているような心地がして空の雲が物悲しくたなびいていた。
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源氏物語

須磨(四)

源氏、二十七歳。
花の頃の都を思う。
 
三位中将(かつての頭中将)宰相中将に任ぜられて須磨の配所に来訪。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 弥生の初めに来た巳の日に、
「今日は、こんなふうに、お心に掛かることのある人は、みそぎをなさらねばなりません」
と、小ざかしい人が申し上げるので、源氏は海のほとりも御覧になりたくて出ておいでになる。いたく粗略に軟障ぜじょうばかりを引き巡らして、京からこの国に通っているというある陰陽師を召してはらえをおせさになる。舟に事々しい形代を乗せて流すのを御覧になると、それが我が身によそえられて
 
  知らざりし大海おほうみの原に流れきて
   一方人形にやは 物は悲しき
 
(知らなかったこの大海原に流れてきて、私はこの形代のようだ。一方ならず悲しい)
 
と言って坐っておいでになる御様子は、こんな晴天に出会っては、言いようもなくお見えになる。海は、うらうらと一面にないでいて、舟が当てどもなく流れてゆくので、自らの来し方行く先のことも思い続けられて、
 
  八百よろづ 神もあはれと思ふらむ
   犯せる罪のそれとなければ
 
(八百よろずの神も哀れに思うであろう。これという罪を犯したのではないのだから)
 
とおっしゃると、にわかに風が吹き出して空もすっかり暗くなってしまう。はらえも終えず立ち騒いでいる。にわか雨が降ってきていたく慌ただしいので皆、帰ろうとはなさるけれど、かさを取ることもできない。こんなことは予想もしていなかったけれど、よろずのものが吹き散らされ、またとない風である。波は、いたく激しく立って、人々は大急ぎ。海面いっぱいに、ふすまを張ったように光っては、雷が鳴り、ひらめく。それが落ち掛かってくるような心地がしてようよう道をたどってきて
「こんな目は見たこともない。風などは、吹くときも気配があるものだが、これはひどく珍しいことだ」
とうろたえていると、なおもやまずに雷は辺りに鳴って、雨の脚は、当たれば向こうへ通りそうなほどバラバラと落ちる。これで寿命も尽きてしまうかと、心細く思い惑うているのに、源氏の君はゆったりと経を誦しておいでになる。
 暮れてしまうと雷は少し鳴りやんで、風は夜になっても吹いている。
「多く立てた願の力だろう」
「今しばしあのままだったら、波に引かれて海に這入ってしまっただろうね」
「高潮というものにはあっと言う間もなく人は損なわれるものだとは聞くけれども、本当にこんなことはまだ知らないよ」
と言い合っている。
 暁方、皆は休んでいる。源氏の君もいささか寝入っておいでになったところ……
 
どんな装いとも見えぬ人がこちらの方へ来て
「なぜ、宮からお召しがあるのに参上しないのだろう」
と言って捜し回っている……
 
と見て目が覚めて「それでは海の中の竜王が、いたく私をめでてそれに魅入られたのだな」とお思いになると本当にいとわしく、この住まいを、耐え難くお思いになるようになった。(須磨終)
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源氏物語

須磨(三)

源氏、手習い、作り絵。
海に近い廊に出る。
十五夜に月を見て故郷を思う。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
太宰大弐の娘の五節、この浦を過ぎるついでに消息を奉る。
 
京の人々、源氏を恋う。
 須磨での独り住まいが久しくなるままに、こらえられそうもなく思われてくるけれど「自分にすら、あきれた宿世と思われるこの住まいに、どうしてあの人を連れてこられようか」と、似合わしくもあるまいその様子をお思い返しになる。
 所につけて万事勝手が違い、自分のことを見ても誰とも分かりはしない卑しい者の身の上を御覧になると、慣れぬお心地には浅ましく、自らのことがもったいなく思われる。煙が時々、すぐ近くに立ってくるので、「これは、海人あまが、塩を焼いているのだろうか」と思い続けていらしたが、それはおいでになるその後ろの山に、柴というものがふすぶっていたのである。珍しくて、
 
  山がつのいほりにたける
   しばしばも言問ひなむ 恋ふる里人
 
(山がつのいおりでたいているこの柴ではないが、しばしば訪問してほしくもある。古里に今も住んでいる、私が恋うているその人に)
 
冬になって雪が降り、荒れている頃、空の様子も、殊に恐ろしくお眺めになって、気の向くままに琴をお弾きになって良清よしきよに歌を歌わせ、大輔たいふに横笛を吹かせてお遊びになる。気を付けて、物悲しい手などを弾いておいでになると、ほかの者は演奏をやめて涙を拭い合っている。王昭君おうしょうくんの故事を御想像になって「の国ともなればなおさらどんな気持ちでお遣わしになったことであろう。この世で私がお思い申し上げるあの人をそんなに遠くへやってしまったりしたら」などと思うにも、ありそうなことのようで忌ま忌ましく
 
  霜ののちの夢
 
(霜が降りた夜には夢も覚めてしまう)
 
と誦される。月の光が、いたく明るく差し入って、この旅先の仮初めの部屋の奥までも残るくまがない。夜更けの空も、ゆかの上に映って見える。入り方のその月影が、恐ろしく見えるので、
 
  ただれ西に行くなり
 
(月はただ西に行く。左遷されて行くのではない)
 
と独りごたれて
 
  いづ方の雲路に我も迷ひなむ
   月の見るらむことも恥づかし
 
(いずこの空に私はかけりゆき迷ってしまうのか。ただただ西に行くあの月にそんなところを見られることも恥ずかしい)
 
と独りごたれて、いつものようにしばしも眠れぬ暁の空に千鳥があまり悲しく鳴く。
 
  友千鳥もろ声にく暁は
   独り寝覚めのとこも頼もし
 
(群がる千鳥が声を合わせて泣いてくれる暁には、独り寝て覚めるこのとこも心強い)
 
ほかにまた起きている者もいないので、返す返す独りごちて伏しておいでになる。夜更けに、ちょうずをお使いになり、御念誦ねんじゅなどをなさるのも、珍しいことのようで、結構に思われるばかりなので、人々は見捨て奉ることができず、京の家の方にはちっとも出てゆけなかった。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 明石の浦まではただ、歩いても行かれる道のりなので、良清は、あの入道の娘のことを思い出して文などやったのだけれど、返事もしてこない。結局、父親の方から
「申し上げねばならぬことがございます。ちょっと対面したいのですが」
と言ってきたのだけれど、「あちらはうべなうまいし、わざわざ行って、むなしく帰る後ろ姿もあほらしかろう」とひどく塞ぎ込んで行きもしない。入道は喩えようもなく気位高く考えているので、国の内では、今の国守の縁者ばかりを恐れ多いものにしているようだけれど、ねじけた心には、そうとは更に思わないで年月としつきを経ていたところに、源氏の君がこうしておいでになったのを聞いて北の方に相談したことには、
「桐壺の更衣の子のあの光源氏の君が、御謹慎で朝廷から須磨の浦においでになったそうだが、思い掛けずそんなことがあるのもあの子の宿世だね。何とかして、このついでにあの君に奉ってはどうかね」
と言う。母は、
「まあ聞き苦しい。京の人が語るのを聞けば、やんごとない奥様たちを、本当に多くお持ちになって、その余りには、忍び忍びみかどの妻との過ちさえおありになってこんなにも騒がれたという人が、どうして、こんな卑しい山がつを気に留められましょうか」
と言う。腹を立てて
「あなたにはお分かりになるまいよ。私の心積もりは違うのだ。何かのついでに、ここにお招きするから、そのつもりでいらっしゃい」
と、得意になってそう言うのも、愚かしく見える。目ばゆいまでに部屋をしつらえ、娘のことを大切にしていた。母君は
「何も、結構な人といったところでのっけから、罪人にされて流されておいでになったような人を慕うことがありますか。それも、あの子のことを気に留めてくださりそうならばまだしも、戯れにもなりませんよ」
と言うので、いたくぶつぶつと言っている。
「罪人にされるようなことは唐土もろこしでも我が国でも、こう世に優れ、何事も人とは格別な方には、必ずあることなのだよ。あの君がどんな方でいらっしゃると思う。亡くなった母上の御息所は、私の叔父の按察使大納言あぜちのだいなごんの娘なのだ。この娘というのが本当に優れた評判を取ったので宮仕えにお出しになったところが、国王に優れて目を掛けられることの並びなかったほどに人のそねみが重くなってお亡くなりになったのだけれど、あの君がこうして世にとどまっておいでになるのは本当に結構なことだ。女は、志高く仕えるべきものだ。あの方も私がこんな田舎者だからといってあの子のことをお見捨てにはなるまいよ」
などと言っていた。
 この娘は、優れた容貌ではないのだけれど、慕わしく品が良く心掛けのある様などは誠に、やんごとない人にも劣りそうになかったのである。自身の境遇を口惜しいものと理解していて、「貴人は、私のことなど何の数にもお入れにはなるまいが、身分相応の男とは更に連れ添うまい。命が長くて、心に掛けている人々に死に後れてしまったら、尼にでもなろう。海の底にでも這入ってしまおう」などと思っていたのである。父君は、この娘を窮屈なほどに大切に慈しんで年に二度、住吉に詣でさせた。娘の方でも神の御しるしを、人知れず頼みに思っていた。
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源氏物語

須磨(二)

源氏、二十六歳、隠棲。その二三日前、左大臣の御殿に渡る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
二条院に帰って紫上のところにとどまる。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
次の日、花散里のところに渡る。二条院に帰って所領を紫上に預け渡す。
文を朧月夜のもとに残す。
北山の桐壺院御陵に参る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
文を王命婦に遣わして東宮に啓する。
 
紫上、別れを惜しむ。
 
源氏、申の時に須磨の浦に下着げちゃく
国立国会図書館デジタルアーカイブより
長雨の頃、使者を立てて文を京の所々に遣わす。
文を六条御息所に奉ってまた御息所より使いがある。
 
花散里ら、文を見る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
文月、朧月夜、内裏に帰参。
 須磨では、たださえ秋風が気をもませるのに、海は少し遠いのではあるが、在原行平ありわらのゆきひら中納言の、
 
  せき吹き越ゆる
 
(関を越えて吹く)
 
と言ったとかいうあの浦風に加えて波が、夜な夜な寄せてその音は本当に近くから聞こえるようで、またとなく悲しいものはこんなところの秋であった。源氏のお前は至って人少なでそれも皆休んでいるのに、独り目を覚まして、枕をそばだてて四方よもの嵐をお聞きになると、波がただそこに立ってくる心地がして、涙が落ちたとも思われないのに枕も浮くばかりになってしまった。きんを少しかき鳴らされたが、我ながら至って恐ろしく聞こえるので、弾きさされて
 
  恋ひわびて泣く音にまがふ浦波は
   思ふ方より風や吹くらむ
 
(人を恋い、思い煩って泣くような音を、この浦の波が立てるのは、私の心に掛かる方から風が吹いているからであろうか)
 
と歌っておいでになると人々は、目を覚まして、結構なことに思われるので、忍ばれず、どうにもならずあまねく起き直ってははなを忍びやかにかんでいる。
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須磨(一)

 至って煩わしく間の悪いことのみが増さるので、強いて知らぬ顔で世間に在って年月としつきを経てもこれよりはなはだしいことになるのではないかと源氏は思うようにおなりになった。
文箱 メトロポリタン美術館コレクションより
 須磨というところは、昔は人の住みかなどもあったが、今は、いたく人里離れており、物寂しくて、海士あまの家すらまれであるなどとお聞きにはなるけれども、雑然として人の密な住まいは非常に不本意であったろう。さりとて、今住んでいる都を遠ざかるのも心もとないであろうから、人目に悪いほど思い乱れられる。よろずのこと、来し方行く末を思い続けられると、悲しみは本当に様々である。住むにはつらいこの世の中と思い切っても、もはやこれまでと離れておしまいになるには、至って捨て難いことが多くある中にも、紫の姫君が明け暮れ悲しんでおいでになる様が気遣わしくいとおしいので、
 
  行き巡りても
 
(一巡りしても)
 
また必ず相見るであろうと、こうお思いになってはみてもなお「一日二日の間、別れ別れに明かし暮らす折すら、心もとなく思われて、女君も、心細くお思いになるばかりであるのに、幾とせの間という定めのある道でもなし、
 
  会ふを限りに
 
(こうして会っているのを限りとして)
 
隔たってゆけば、定めないこの世には、そのまま別れの門出ともなりはしまいか」と悲しく思われるので、忍んで姫君もろともにもと考え及ぶ折もあるけれど、そんなに心細い海のほとりの、波風よりほかに立ち交じる人もないようなところに、こんな可憐な御様子のまま引き連れていっておしまいになるのも、至って似合わしくなく、自分にとってもかえって物思いの切っ掛けになることであろうなどと思い返されるのに、女君は、ひどい道でも取り残されずにさえいられればと、それとなく言っては恨めしそうに思っておいでになる。
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源氏物語

花散里(一)

夏、麗景殿の女御のもとに参るついでに中河の女の家の前を通る。
 目的地が、御想像どおり人の出入りもなく静かなその有り様を御覧になるにも至って物悲しい。まず麗景殿の女御の居室で昔の物語などをおっしゃる内に、夜も更けてしまった。二十日の月が差し始める折にはこずえの高い木陰が一面にますます暗く見えて、近くのたちばなの香りが、慕わしく匂って、女御の御様子は、年たけてはいたが飽くまで、心掛けがあり、品が良く可憐である。「父上の覚えは優れて華やかということこそなかったが、慕わしく心の引かれる方とは思っておいでになったものを」などとお思い出しになるにつけても昔のことが、連なるように思われてお泣きになる。時鳥ほととぎすが、先ほどの垣根のであろうか、同じ声に鳴く。私を慕ってきたのだなと思われるほどにも艶であったのだ。
 
  いかに知りてか
 
(どうして知ったのか)
 
などと、忍びやかに誦される。
「 橘の香を懐かしみ
   時鳥 花散る里を訪ねてぞ問ふ
 
(橘の香が慕わしいので、時鳥も、花の散るあなたのお宅を訪れるのですよ)
 
故人の忘れ難さの慰めには、ちょうどここへ参らねばなりませんでした。殊の外、思いの紛れることも、数が添うこともあるのですが、大方の人は、世に従うものですから、昔話をぼつぼつ話せる人も少なくなってゆくのですけれど、あなたなどはなおさら、つれづれも、紛れることなく思われることでしょう」
とおっしゃると、本当に改めて言うに及ばない世の中なのだけれど、いたく悲しく物を思い続けておいでになるその御様子の深さにも、お人柄であろうか多く感慨が添うたのである。
 
  人目なく荒れたる宿は
   橘の花こそ軒の妻となりけれ
 
(荒れてしまったこの家では、軒端の橘の花こそが人のお見えの糸口となったのですね)
 
とばかりおっしゃったのが、やはり人よりは本当に立派なことだと思い比べられる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
麗景殿の女御のところで花散里に行き会う。(花散里終)
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源氏物語

賢木(四)

源氏が内裏から退出するついでに右大臣の孫の頭弁とうのべん、源氏を見て「白虹、日を貫けり」の句を誦する。
 
源氏、東宮に参り、藤壺に啓する。
 
朧月夜、文を源氏に送る。
 
霜月初め、故桐壺院の一周忌に源氏、文を藤壺に奉る。
 
師走十余日、藤壺の御八講みはっこう結願けちがんの日、藤壺、落飾。王命婦、同じく出家。
 
睦月、源氏、藤壺に参る。
 
左大臣、致仕の表を奉る。
 
夏、雨の日、源氏と三位中将(かつての頭中将)が参会して韻ふたぎに興じる。二日後、中将、負けわざ。
 その頃、かんの君は退出しておいでになる。わらわやみに久しくお苦しみになって、まじないなども心安くしようということだった。修法などを始めて少し癒えたので誰もが、うれしくお思いになるのに、いつものように源氏とこれを珍しい機会と言い交わされて、無理な仕方で夜な夜な対面なさる。至って盛りに豊かな様子をしておいでになる人が少し苦しんではなはだ痩せておいでになる折で、本当にかわいらしい。皇太后も一所ひとところにおいでになる頃なのでその気配も至って恐ろしいのだけれど、そんなことにこそ思いが勝る癖がおありになっていたく忍んで度重なってゆくので、その様子を見ている人々もあるようだけれど、煩わしくて皇太后には、そのことを啓しない。右大臣にとってもまた思い掛けないことだけれど、雨がにわかにおどろおどろしく降って雷がいたく鳴り騒ぐ暁に右大臣の公達、皇太后のつかさなどが立ち騒いであちらこちらの人目もうるさく、女房たちも、ひどくおじて近くに集うてまいるので、どうしようもなく、出る手立てもおありにならぬままにすっかり夜が明けてしまう。帳台の巡りにも人々が密に並み居るものだから、本当に胸が潰れそうに思われる。訳知りの人二人ばかりも、心を惑わしている。雷鳴や雨の少しやんだ折に、右大臣がいらしてまずは皇太后の居室においでになったことが村雨に紛れて二人ともお分かりにならずにしまったところへ、軽率にも大臣がつとお這入りになって御簾を引き上げられるや否や
「どうだね。夜中は本当に不穏であったが、あなたのことを思いやってはいながら参ることができなくてね。中将や宮のすけなどは伺候していたかね」
などとおっしゃる素振りが口早で軽々しいのをこんな忍び会いの間にも源氏大将は左大臣の御様子とふと思い比べられて、はなはだ違うものだなと頬笑まれるのである。誠に、すっかり這入ってからおっしゃればよいのに。尚の君は、本当に悩ましく思われて、やおらいざっておいでになるけれどおもてがいたく赤らんでいるので、なおもお苦しいのかと御覧になって
「どうして御気分がお悪いのでしょう。物の怪などが難しいのなら、修法を延べさせておくべきでしたね」
とおっしゃるところへ、薄二藍うすふたあいの帯が服にまつわって引き出されてきたのを見付けられて、怪しいとお思いになるのに、また、たとう紙に、手習いなどしたのが、几帳のもとに落ちている。これはどうしたことかと心から驚かれて
「あれは誰のだ。様子が違うではないか。そいつをよこしなさい。手に取って、誰のものか見てみよう」
とおっしゃるので、見返って朧月夜も見付けられたのである。紛らわす手立てもないが、どうしてお答えになれよう、無我夢中でいらっしゃるけれど、我が子ながらも、恥ずかしがっておいでになるのだろうとそれほどの人なら考えておはばかりになるはずのものである。しかし、いたく性急で、ゆったりしたところがおありにならない大臣で、思い巡らすこともないままそのたとう紙をお取りになるや否や几帳の奥を御覧になったところ、いたくなよやかで、はばかりもせず物に寄り掛かって伏している男がある。今になって、やおら顔を隠してとかく紛らわすのである。思いの外のことに驚いてばかばかしくなるけれども、ぶしつけにどうしてすっぱ抜くことがおできになろう。目もくらむ心地がするので、そのたとう紙を取って寝殿にお移りになった。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 かんの君は、夢のような心地がして、死にそうに思われる。大将殿も、「困ったことだ。ついに、無用な振る舞いが積もり積もって人の批判を負おうとしているのだ」とお思いになりながらも、女君の気の毒な御様子をとかくお慰めになる。
右大臣、朧月夜と源氏のことを皇太后に訴える。(賢木終)
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賢木(三)

秋、源氏、雲林院うりんいんに詣でる。そこの紅葉を藤壺に奉る。
国立国会図書館デジタルアーカイブより


 一通りのことや、東宮に関することなどについては、信頼しているというふうで、生真面目な返書ばかりを藤壺はおよこしになったので、源氏は「誠におもんぱかりの賢いことよ。いつも変わらずに」と、恨めしくは御覧になるけれど、何事にもしばしば後ろ盾になってこられたのだから「人からいぶかしく見とがめられては」とお思いになって、藤壺が御退出になるはずの日には参上した。まず主上の居室に参上したところ、静かに過ごしておいでになる折で、昔や今の物語を申し上げる。お姿も、故院に本当によく似ておいでになって今少し艶に美しいが添うて、慕わしく和やかでいらしたのである。お会いになってみると互いに感慨も深い。朧月夜のかんの君と、なお絶えていない事情も聞こし召し、その気配を御覧になる折もあるのだけれど、「いやいや、今始めたことならともかく、誠に、心を交わしても似合わしいような、二人の取り合わせではないか」と思うようにおなりになっておとがめにならなかったのである。
 よろずのお話をしたり、学問の道ではっきりしないところを問うたりなさって、また、好き者めいた歌物語なども互いに語り合われるついでに、あの斎宮がお下りになった日のこと、お姿のかわいらしくていらしたことなどをお語りになるので、源氏も打ち解けて、野宮のあの物悲しかったあけぼののことも皆口に出しておしまいになった。二十日の月が次第に差し始めて面白い折なので、遊びなどもしたくなる折だなと主上は仰せられる。

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賢木(二)

源氏、榊の枝の文を御息所に奉る。
 
神無月、桐壺院、御病気。霜月一日、崩御。
 
師走二十日、四十九日が過ぎ、藤壺中宮、三条の宮に移る。源氏、参る。
 
源氏、籠居。
 
如月、朧月夜、尚侍ないしのかみに任ぜられる。
 
朝顔の姫宮、賀茂の斎院となる。
 帝は、桐壺院の御遺言をたがえずに源氏のことを敬愛しておいでになるけれども、若くていらっしゃる上にそのお心も、なよやかなところが過ぎて、強いところはおありにならないのであろう、母の皇太后、祖父の右大臣がとりどりになさることに背くことがおできにならず、世の政も、お心にかなわないようである。源氏には煩わしいことばかりが増さるけれども、朧月夜の尚侍とは、人知れずお心を通わしていて、無理はあっても疎遠にはしない。五壇の法の初めで主上が斎戒しておいでになる機会をうかがっていつものように、夢のように源氏は言い寄られる。あの昔が思い出される細殿の部屋に中納言の君という者が、何かに紛らして入れ奉る。修法で人目もうるさい頃なので、常よりも端近なのが、空恐ろしく思われる。朝夕にお目に掛かる人すら飽きることがない御様子なのだから、珍しい折にしかない御対面であればなおさらどうしておろそかにしよう。女君の御様子も誠に、美しい盛りなのである。重々しいところはともかく、かわいらしく艶に若やいだ風情で、添うていたくなるような人だった。程なく明けてゆくかと思うとすぐそこで、宿直奏とのいもうしをいたす、という作り声がする。「自分のほかにまた、この辺りへ隠れている近衛府このえふつかさがいるのだろうな。腹汚い仲間が教えてよこすのだ」と、この近衛大将このえのだいしょうはお聞きになる。おかしくはあるが煩わしくもある。その男がここかしこを尋ねて回って、寅一つ、と申すのが聞こえる。女君は、
 
  心から方々袖を濡らすかな
   明くと教ふる声につけても
 
(この心ゆえあれこれ袖を濡らすのです。夜明けを教える声につけても)
 
とおっしゃる様子が、心細そうで本当にかわいらしい。
 
  嘆きつつ我がはかくて過ぐせとや
   胸のくべき時ぞともなく
 
(嘆きつつ一生こうして過ごせというのでしょうか。心が晴れる時でもなく、夜が明ける時だとは)
 
心も鎮まらないまま出ていっておしまいになる。有明の月で一面に得も言われぬ霧が立ち込めていると、殊更簡素に繕うておいでになるところも、似る者がないように見えて、承香殿しょうきょうでんの女御の御兄弟であるとう少将が、藤壺を出て、少し月の陰になった立てじとみのもとに立っていたことを、知らずにお通りになったとかいうのは哀れなことである。この人が御批判を申し上げるようなこともあったのであろう。
 こんなことにつけても一方では、あの、自分のことをつれなく避けているお方のお心が、結構なことに思われたりもするけれど、自分が思いを寄せているというところからはなお、むごく情けなく思われる折が多くある。
 藤壺には内裏に参上することも、落ち着かず窮屈なことに思われるようになって、東宮を御覧にならないことが、心もとなく思われる。ほかにまた、頼もしい人もおありにならないので、ただその大将の君をよろずに頼んでいらっしゃるというのに、なおもあの憎いお心のやまないことにともすれば胸も潰れつつ「院がいささかもあのことの気配にお気付きにならずにしまったことを思うてすら本当に恐ろしいのに、今更にまたそんなことが世に聞こえては、我が身にはもちろんのこと東宮のためにも必ずや良くないことが出てくるであろう」とお思いになると本当に恐ろしいのでお祈りまでさせて、その人の思いを終わらせて差し上げようと思い至らぬところもなく逃れられるのに、いかなる折であったろうか、あきれたことにあちらからお近付きになった。慎重にお謀りになったのであろう、それと知る人もなかったので、夢のようなことであった。そのままには告げようもないほど言い寄り続けられるけれども宮は、殊の外にお避けになって果ての果てはいたく胸が苦しくなるので、近く伺候していた王命婦、弁などは、驚いて看護し奉る。男は、つらくむごくお思いになること一通りでないので、来し方、行く先も暗くなる心地がして正気もうせてしまい、すっかり明けてしまったのだけれど出てゆかれずにしまった。お苦しみに驚いて人々が、近くに参って、しきりに入り乱れるので、無我夢中のまま塗りごめに押し入れられておいでになる。服を隠し持っている人は、本当に煩わしい心地である。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 藤壺の宮は、本当に悩ましく物をお思いになったので上気なさってなおもお苦しみになる。兄の兵部卿の宮、中宮大夫などが参って、僧を召せなどと騒ぐので、大将は、本当に悩ましく聞いておいでになる。ようよう、暮れゆく折には少し癒えてきたのである。あんなところに源氏が籠もっておいでになろうとは藤壺は思いも掛けず人々も、またお心を惑わすまいということで、こんなことがございましたとも申さないのであろう、ひのおましにいざり出てゆかれる。小康を得られたらしいというので兵部卿の宮も御退出になるなどしてお前は人少なになってしまう。いつも、近く慣れさせておいでになる人は少ないので、今日もここかしこの物の後ろなどに伺候しているのであった。王命婦の君などは、
「いかに謀ってここから出し奉りましょう。こよいも宮が上気なさったらふびんでございます」
などと持て余してひそひそ話している。源氏の君は、塗りごめの戸が細目に開いているのをやおら押し開けて屏風のはざ間に伝って這入っておしまいになる。珍しくうれしくて、涙も落ちるままに御覧になる。藤壺がそれと知らずに
「まだ本当に苦しいわ。命も尽きてしまうのでしょうか」
と言って外の方を見ておいでになる横顔は、言い知れぬほど艶に美しく見える。せめて果物だけでもと御用意して据えてあった。箱の蓋などに、ゆかしくよそってあるけれど中を御覧にもならない。この仲のことにいたく思い悩んでいらっしゃるようで静かに深く物を思うておいでになるのが、はなはだ可憐である。額から頭、背へとおぐしの掛かった様子や、この上ない匂やかさなど、ただ、あの西の対の姫君にたがうところがない。年来、少し忘れておいでになったのだけれど、驚くまで二人は似ておいでになるなと御覧になるままに、少し物思いの晴れるような心地もなさる。「気高く立派な様などは、全くあの姫君と別人だとは判断し難いほどだけれど、それも、この上なく昔より引かれてまいったこの心の思いなしであろうか。年たけて格別立派におなりになった」と、類いなく思われるので心惑いがして、やおら帳台に絡まり這入って服の端を引き、音をお立てになる。気配も明らかにさっと匂うたので、驚き恐れるままにひれ伏しておしまいになる。せめて見向きだけでもしてほしいと、いら立たしくて恨めしくてお引き寄せになると、女は服を滑らせて脱ぎ置き、いざってそこからのこうとなさるのに、思わず知らずおぐしさえ男の手に取られていたので、本当に情けなく宿世の程が思い知られて、悲しんでおいでになる。男も、あまたの時を鎮めておいでになったお心が、皆乱れて、正気もなくなりよろずのことを泣く泣くお恨みになるけれど、女は誠に穏やかでないとお思いになって、返事もおっしゃらずにただ
「病気で本当に気分が悪うございますので、こんな折でもなければ何か申し上げられましょうが」
とおっしゃるけれど、尽きることのないお心の程を言い続けられてはさすがに、うれしくお聞きになる節も交じっていたことであろう。前にもなかったことではないが改めて、本当に口惜しく思われるので、ゆかしい返事はなさるけれどいともよく逃れられてこよいも明けてゆく。強いて従い申し上げぬのも面目ないような女の立派な御様子に、男は
「せめてこんなふうに時々でも、私のひどい憂いを晴らすことができましたなら、どんな、分に過ぎた心も持ちますまい」
などとお心を緩ませ申し上げるのであろう。凡なことですら、こうした仲らいには、美しいことも添うというのに、こんな折にはなおさら類いもありそうにない。
 すっかり明けると命婦と弁の二人して源氏に、大層なことを申し上げ、宮は、半ば亡き者のような有り様が気の毒なほどで、源氏が
「私がまだ世に在ると聞こし召されるのもいたく恥ずかしいのですが、だからといってそのまま死んでしまいますこともまた、あの世までの罪となるはずのことで」
などとおっしゃるのも、恐ろしいまでに思い込んでいらっしゃる。
 
「 会ふことの難きを今日に限らずは
   今幾世をか 嘆きつつ経む
 
(敵のように会い難いことが今日に限らないのであれば、あと幾つの来世を、嘆きつつ経ることになるでしょうか)
 
ほだしになるといけませんから」
とおっしゃるので藤壺はさすがにお嘆きになって
 
  長き世の恨みを人に残しても
   かつは心をと知らなむ
 
(長く来世まで恨みを人に残しても、その一方ではあなたのお心をあだのように不実であると知ってほしいのです)
 
あっけなくこう言いなされた様子には、言いようもない心地がするけれど、相手も自分も苦しむことであろうから、人心地もせず出ておしまいになる。
「何の面目があって、またもお目に掛かれよう。私の哀れさを理解ばかりでもしてくだされば」とお思いになって、文もお送りにならない。絶えて内裏や東宮にも参上せずにお籠もりになっていて起き伏し「あの人のお心の悲しかったこと」と、人目に悪いほど恋しく悲しくなるのに、魂もうせてしまったのか、御気分さえ悪く思われる。心細く、何ゆえか
 
  世に経れば憂さこそ増され
 
(俗事に日を経ているから憂さが増さるのだ)
 
とお思い立ちになるには、こちらの紫の女君が本当に可憐で自分をいとしい人と頼んでいらっしゃるのを振り捨てることは至って難い。
 藤壺中宮もあの日の名残で、御気分も悪くていらっしゃる。源氏がこう殊更めいて籠もっていて、音信をなさらないので、王命婦などは哀れみ申し上げる。中宮も、こうして隔てを置かれることは、東宮のためをお思いになるとふびんで、源氏の君が俗事を無益なことに思うようにおなりになれば一筋にお思い立ちになることもあろうかと、さすがに苦しく思われるのであろう、「こんなことが絶えなければ、たださえひどいこの世の中にうわささえきっと漏れ出るだろう。皇太后からは、あるまじきことと言われているらしいこの位をも去ってしまおう」と思うように次第におなりになる。故院の仰せられたことが一通りのお考えでなかったことをお思い出しになるにも「よろずのことが、以前と変わりゆく世の中らしい。せき夫人のようにではなくとも、必ずや、人笑わせな目を見るはずの我が身のようだ」などと、疎ましく過ごし難く思われる世を背いてしまおうとお思い定めになるけれども、東宮に会わずに面変わりするのは悲しく思われるので忍びやかに参上した。大将の君は、さほどでもないことにすら、考えの及ばぬこともなく御奉仕なさるお方であるのに、病気で御気分のお悪いのにかこつけて、お送りにもいらっしゃらない。一通りの贈り物は同じようになさるけれども、すっかり塞ぎ込んでおしまいになってと、訳を知っている者どうしは哀れみ申し上げる。
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源氏物語

賢木(一)

 斎宮がお下りになる日も近付くので御息所は、心細くお思いになる。特別な人のように思われて気が置かれたあの左大臣家の女君もお亡くなりになって後、よもやあのお苦しみは続くまいと世人もうわさを申し上げ、野宮の内の人の心もときめいていたのに、その後も連絡は絶えたまま、この思いの外のお取扱いを御覧になるに、誠に私のことをいとわしくお思いになることがあったのであろうとすっかりお分かりになったので、感慨も様々なところを思い切って一筋に都を出てゆくことになさる。親が添うてお下りになる例も別にないけれど、本当に見放し難い娘の有り様にかこつけて、このいとわしい世を離れてゆこうとお思いになるのに、大将の君はさすがに、もはやこれまでと疎遠になっておしまいになるのも、口惜しく思われて、消息ばかりは、優しく度々通わされる。対面なさるようなことは、今更あるまじきことと女君もお思いになる。「あの人は、私のことを憎むべき者と思い定めておいでになるのだろう。私は、これ以上、心を乱してどうするというのか」と、情にも引かされぬのであろう。元の御殿へも、ちょっとお帰りになる折々はあるのだけれど、いたくお忍びになるので、大将殿は御存じなく、野宮はまた、たやすく、心に任せておいでになれるお住まいでもないので、心もとないままに月日も隔たってしまうのに、父上の桐壺院が、深刻な御病気ではないが、御気分が悪くて時々お苦しみになるので、ますますお心の休まる時がないのだけれど、「すっかり情けの薄い者と思わせてしまうのも、哀れであるし、不人情と世のうわさにもなろうか」と思い起こされて野宮においでになる。長月も七日ばかりで、女君のところでは、御出発もまさに今日明日のことと思っておいでになるので、お心も落ち着かないのだけれど、立ちながらでも、と度々消息があったので、さてもまあとは思い煩われながら、物越しばかりにも対面しないのはあまりに控え目なので人知れず、お待ち申し上げておりますと連絡なさった。はるかな野辺を分け入っておいでになるとすぐに非常に悲しくなる。秋の花も茅萱ちがやも虫のも皆かれて衰えつつあるところへ、松風は恐ろしく吹いて混ざり合い、いずれの音とも聞き分けられないでいる内に、途切れ途切れに琴のが聞こえてくるのが、至って優美である。むつまじくしているお先乗りが十余人ばかりに、随身にも、事々しい姿はさせず、いたくお忍びになってはいるのだけれど殊に繕うておいでになる源氏の御用意が、本当に美しくお見えになると、お供の好き者たちは、所柄も添うて身に染みるように思っている。源氏のお心にも、どうして今までここをなじみにしなかったろうと、過ぎた頃が悔やまれる。大垣といってもはかなげな小柴垣で、板屋がここかしこにあり本当に仮初めらしい。黒木の鳥居は、さすがに神々しく見渡されて息も詰まるようなところに、神司かんづかさの者どもが、ここかしこでせき払いをして仲間どうし物を言っている気配なども、よそとは勝手が違って見える。火たき屋がかすかに光り、人気も少なくしめやかで、ここであの物思わしい人が月日を隔てておいでになる間のことを思いやられると、本当に悲しく心苦しい。北の対の適当なところに隠れて、案内を乞うと、中では遊びを皆やめて、物音があまた聞こえるのにお心が引かれる。何々とかいう人づての消息ばかりで、当人は、対面なさりそうな様子もないので、本当にいとわしくお思いになって、
「こんなふうに出歩くことも今は似合わしくないような位にあると理解してくださっていれば、こんなしめ縄の外のお取扱いはなさらないはずですよ。気掛かりなことも晴れやかにしたいものですから」
とまめやかに源氏がおっしゃると、人々は
「誠にお気の毒で」
「立ったまま思い煩うておいでになるのにふびんですよ」
などと言って持て余すので、「さあ、こちらの人目にも見苦しく、あちらからも子供じみたように思われようし、出ていってお前に坐るのが今更に恥ずかしい」とお思いになり、いたく物憂いけれども、無情に取り扱うことのできるほど強くもないので、とかくに嘆息し、ためらっていざり出ておいでになる素振りは、至って心憎い。
「こちらでは、すのこまでなら許されましょうね」
と言って上ってお坐りになった。際やかに差し始めた夕月夜に殊更に繕うておいでになる装いやつやに似るものはなく美しい。無音ぶいんが積もって数箇月ともなれば言い訳も恥ずかしくて、さかきをいささか折ってお持ちになったのを差し入れて
「この枝の変わらぬ色を導きとして、みず垣をも越えてまいりました。それを情けもなくこんな」
とおっしゃれば、
 
  神垣は印の杉もなきものを
   いかにまがへて折れる榊ぞ
 
(この神垣には印の杉もありませんものを、いかに思い違えて折った榊でしょうか)
 
とおっしゃるので、
 
  乙女子が辺りと思へば
   榊葉の香を懐かしみ とめてこそ折れ
 
(あなたという乙女のいる辺りと思えばこそ、榊葉の香が慕わしい故に、尋ねて折りもしたのです)
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 息詰まるような神域で、頭ばかりはすだれをくぐり、体はなげしに寄り掛かって源氏は坐っておいでになる。この人に心に任せてお目に掛かれ、慕われてもいたような年月には、のんきなおごったお心で、さほどにも思われなかった。また、心の内に、どうしてかこの人に傷があるように思っておしまいになった後は、いとしさも冷め、こう仲も隔たってしまったのに、この珍しい御対面に、昔のことが思い出されるにも、いとしく思い乱れられることは一通りでない。来し方、行く先のことが思い続けられて、心弱く泣いておしまいになる。女は、思いの程を見せまいと包んでいらっしゃるようだけれどもお忍びになれぬ有り様なので、男はいよいよ心苦しく、なおも御出発を思い止まられるようにおっしゃったらしいのだ。月も入ったのだろうか。物悲しい空を眺めつつ男君がお嘆きになるので、女にはむごく思われたあまたのことも消えてしまいそうである。こうなった以上はと、思いも次第に離れていたのに、案の定、お心はかえって揺らぎ乱れてくる。殿上の若い公達などは、打ち連れて来るとなかなか立つこともできないというこの庭のたたずまいも、誠に、艶なことなら引き受けたという有り様である。思い残すこともない仲らいに二人が語り合われた言葉は、しまいまで告げようもない。
 次第に明けてゆく空の塩梅は、殊更に作り出したかのようである。
 
  暁の別れはいつも露けきを
   こは 世に知らぬ 秋の空かな
 
(暁の別れはいつでも湿りがちなものですが、今日のこれはまた、喩えようがない、秋の空ですね)
 
出てゆき難くお手を捉えてためらっておいでになるのが、はなはだゆかしい。
 風がいたく冷ややかに吹いて、松虫の泣きからした声も折知り顔なので、さして思うこともなくてすら聞き過ごし難いほどであるのに、どうしようもない心惑いにはなおさらのこと、かえって歌も成らぬのであろうか。
 
  大方の 秋の別れも悲しきに
   く音な添へそ 野辺の松虫
 
(一通りの、秋の別れでも悲しいのに、鳴いて泣く音を添えるなよ。野辺の松虫よ)
 
悔やまれることは多いけれどそのかいもないので、空が明けてゆくのも間が悪くて出ておゆきになる道のりは、いたく湿りがちである。女も、情に引かれないではいられず名残にもいとしく物を思うておいでになる。ちょっと御覧になっただけの、月の光に映ったお姿や、なおもとどまっている匂いなどを、若い人々は、身に染ませて禁も犯しそうなほどにめで申し上げる。
「いずこへ参る道であっても、あれほどの御様子を見捨ててはお別れできましょうか」
と、むやみに涙ぐみ合っている。
 文が常よりも細やかなことは女君の思いもなびくばかりであるが、また御計画を翻せようはずもないのだから本当にかいのないことである。男君は、さほどにもお思いにならないことをすらお情けのためには麗しく言い続けられるらしいのであるから、ありきたりの仲と同列には思われなかったのにこうして世を背いておしまいになろうとするのをなおさら口惜しくも哀れにも思い悩んでいらっしゃるはずである。旅の御装束を始めとして、人々の分まで、あれやこれやの御調度など、素晴らしく珍しい装いの贈り物をなさるけれども、女君には何とも思われない。軽々しく情けない名をばかり流してあきれたこの身の有り様を、その折が近くなるままに、今始めたことのように起き伏し嘆いておいでになる。斎宮は、いとけないお考えに、不定であった御出立の日がこうして定まってゆくことをうれしくのみ思っておいでになる。世人は、例のないことと、批判もし悲しみもし様々に申し上げているであろう。何事にも、人から批判やうわさをされぬ身分には煩いもありそうにない。かえって、世に抜きん出た人の辺りには、窮屈なことも多いのである。
 十六日、桂川にてはらえをなさる。常の儀式に勝って、長奉送使ちょうぶそうしや、そうでない公卿にも、やんごとなく、声望の高い方をおえりになった。桐壺院の御ひいきもあればこそであろう。御出立の折には大将殿より斎宮へ、いつものように尽きることのないお言葉を申し上げた。
 
口に出すにも恐れ多いあなたのお前にて
 
と、木綿ゆうに付けて
 
鳴る雷ですら、思い合う仲を離したりはするものですか。
 八島もる国つ御神も
  心あらば 飽かぬ別れの仲をことわれ
(日本を見守る地の神も、心があるならば、物足りなくも別れますこの仲の理非を判じてください)
思ってみても物足りない心地がするのです。

 
とある。いたく取り込んでいる折だけれども、返書がある。斎宮のお歌は、女別当にょべっとうをして書かせたものである。
 
  国つ神 空にことわる仲ならば
   なほざりごとをまづやたださむ
 
(地の神が、空にて理非を判ずるような仲でしたら、あなたのなおざりなお言葉をまずはただされるでしょう)
 
大将は、斎宮の御様子を知りたくて、内裏にも参上したくお思いになるけれど、見捨てられてしまったままに見送ることも人目に悪いようにお考えになったので、思い止まられて物思いを続けておいでになる。斎宮の御返歌がいかにも大人びているのを、頬笑んで御覧になっている。お年の程にしては面白そうなお方でいらっしゃると、こんなふうにただごとでなく例にたがった煩わしさには必ずお心が掛かる癖で、「子供であった頃ならばよくよくお目に掛かれたはずなのに見ずにしまったのは残念だが、世の中は定めないから、対面することもきっとあるだろう」などとお思いになる。