源氏、十八歳。
三月の末、瘧 の加持のため北山の聖 の坊に向かう。遊山のついでに、某僧都の姉である尼たちの隠れているところを望む。供人、諸国の名所を物語るついでに明石 入道の娘の有り様を申す。
三月の末、
「さあ、そうはいっても田舎びておりましょう。幼い頃よりそんなところで育って、旧式な親にばかり従っているようなのは」
「母親は、故ある家の人のはずですがね。親類を尋ねて、都のやんごとない方々 から麗しく若い従者を取るなどして、まばゆいほどに娘を取り扱っておりますそうな」
「不人情な人が下って行ったら、そう心安くも置いておけまいに」
などと言う者もある。源氏の君は、
「どんなつもりで海の底まで、深く思い込んでいるのでしょう。底の海松 ではないが見る目もいとわしいですね」
などとおっしゃって、それでいて珍しく思っておいでになる。人々 は「こんな話も、並々 ならず偏ったことがお好きなお心であるからお耳に留まるのであろうか」と拝見する。
「暮れ掛かっているのに病は起こらなかったようですが、早くお帰りになってはいかがでしょう」
と言うけれども、大徳は
「物の怪 などが加わっている御様子でございましたので、こよいはなおも静かに加持などなさって、それからお帰りなさい」
と申す。
「誠にそうでしょうね」
と皆が申す。君も、こんな旅寝はさすがに慣れておらぬことでもあり面白くて
「それでは明日の暁に」
とおっしゃる。いい人もおらず寂しいので、夕暮れの深いかすみに紛れてあの小柴垣 の辺りにおいでになる。ほかの人々 はお帰しになってから惟光 の朝臣 とのぞいて御覧になれば、すぐこちらの西表に持仏を据え奉ってお勤めをしている人は尼であった。すだれを少し上げて花を奉るのが見える。真ん中の柱に寄って、脇息 の上に経を置いていたく苦しそうに坐 って読んでいるその尼君は、並の人と見えず、四十余ばかりで色は至って白く、品は良く、痩せてはいるけれども頬はふくよかで、目元も、綺麗 にそいである髪の末も、君は「かえって、長いよりも殊の外しゃれたものだな」と感心して御覧になる。姿の良い年配の女房が二人ばかり、そのほか童子が出入りして遊んでいる。中には、十ばかりであろうかと見えて、白いきぬ、山吹襲 などの慣れたのを着て走ってきた女の子は、あまた見えているほかの子供には似るべくもなく、生い先も素晴らしく見える愛らしい姿である。髪は、扇を広げてあるようにゆらゆらとして、顔は、擦って真っ 赤にして立っている。
「何事です。童と喧嘩をなさいましたか」
と言ってあの尼君が見上げたけれど、少し似ているところがあるので親子のようだと源氏は御覧になる。
「雀 の子を犬君 が逃がしてしまったのです。伏せ籠 の内に閉じ込めておいたのに」
と言って、いたく口惜しがっている。こちら側に坐っていた方の女房が
「例の考え無しがまたこんなことをして叱られる。嫌になっ てしまいますね。けれど、どちらへ逃げたのでしょう。本当にだんだんかわいらしくなってきたところですのに、烏 などが見付けるといけませんから」
と言って、立ってゆく。髪はゆったりとして非常に長く、人好きのする顔立ちに見える。少納言の乳母 と人がいうようであるが、この子の後見なのであろう。尼君が
「まあ幼いこと。ふがいなくていらっしゃるのね。私がこんなふうに今日明日にもと感じているこの命は何ともお思いにならないで、雀をお慕いになるほどとは。罪を得ることだと常に申し上げておりますのに、情けない」
と言って、こちらへと言えば、その子は膝を突いている。頬は至って愛らしくて眉の辺りは薄い煙のごとく見え、子供らしく前髪を払いのけた額の様子が、はなはだ愛らしい。年たけてどうなるのか知りたくなる人であるよとお目に留まる。「これも、この上なく心を尽くし申し上げるあの人に本当によく似ているので、それで見つめてしまうのだな」と思うにも、涙が落ちるのである。
「母親は、故ある家の人のはずですがね。親類を尋ねて、都のやんごとない
「不人情な人が下って行ったら、そう心安くも置いておけまいに」
などと言う者もある。源氏の君は、
「どんなつもりで海の底まで、深く思い込んでいるのでしょう。底の
などとおっしゃって、それでいて珍しく思っておいでになる。
「暮れ掛かっているのに病は起こらなかったようですが、早くお帰りになってはいかがでしょう」
と言うけれども、大徳は
「物の
と申す。
「誠にそうでしょうね」
と皆が申す。君も、こんな旅寝はさすがに慣れておらぬことでもあり面白くて
「それでは明日の暁に」
とおっしゃる。いい人もおらず寂しいので、夕暮れの深いかすみに紛れてあの
「何事です。童と喧嘩をなさいましたか」
と言ってあの尼君が見上げたけれど、少し似ているところがあるので親子のようだと源氏は御覧になる。
「
と言って、いたく口惜しがっている。こちら側に坐っていた方の女房が
「例の考え無しがまたこんなことをして叱られる。嫌に
と言って、立ってゆく。髪はゆったりとして非常に長く、人好きのする顔立ちに見える。少納言の
「まあ幼いこと。ふがいなくていらっしゃるのね。私がこんなふうに今日明日にもと感じているこの命は何ともお思いにならないで、雀をお慕いになるほどとは。罪を得ることだと常に申し上げておりますのに、情けない」
と言って、こちらへと言えば、その子は膝を突いている。頬は至って愛らしくて眉の辺りは薄い煙のごとく見え、子供らしく前髪を払いのけた額の様子が、はなはだ愛らしい。年たけてどうなるのか知りたくなる人であるよとお目に留まる。「これも、この上なく心を尽くし申し上げるあの人に本当によく似ているので、それで見つめてしまうのだな」と思うにも、涙が落ちるのである。