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源氏物語

葵(二)

源氏の北の方、懐妊。
 
弘徽殿女御の女三宮、賀茂の斎院に立つ。
 
四月、斎院の御禊ごけい。源氏、勅使として参議にて供奉。
 左大臣家の女君は、そんなふうに出歩かれることもおさおさなかった上に、お心地が苦しくさえあるので、御見物などは思い掛けないことであったのに、若い人々
「いえもう、自分らだけで、忍んで見ましてもえませんでしょう。ありきたりの人ですら、今日の見物では大将殿を、卑しい山がつでさえも拝見しようとするそうですから。遠い国々より、妻や子を引き連れて参ると言いますのに、御覧にならないのは本当にあまりのことでございます」
と言うのを母宮が聞こし召して
「あなたのお心地も今はまずまずという機会です。女房たちも物足りなそうにしていますよ」
と言うので、にわかに廻文かいぶんをして御見物になることをお知らせになる。日もたけてから、略式をもっておいでになった。車が一面に隙もなく止まっているので、装い麗しく連なったままになかなか止めることもできない。良い女房車も多いが、卑しい人のいない隙を思い定めて皆そこへのけさせる中に、少し古ぼけたあじろ車で、下すだれなどは由ありげなのに、いたく引っ込めてほのかな袖口、裳の裾、汗衫かざみなど、物の色が本当に清らかで、殊更やつしていると明らかに見えるのが、二つある。
「これは、そんなふうにのけたりできるお車では更にないぞ」
と抗弁して、手を触れさせない。いずれの方でも、若い者どもは酔い過ぎており、立ち騒いでいる間のことは、始末に負えない。年配の先乗りの人々が、そんなふうにするななどと言うけれど、とどめもあえない。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 それはあの斎宮の母御の御息所が、物を思い乱れておいでになる慰めにもなろうかと、お忍びでおいでになったのである。何事もないようにしているけれども、見ておのずから誰と分かってしまう。
「それくらいな車に、そんなことを言わせておくな」
「大将殿の威を借りているつもりなんだろう」
などと言うのを、大将方の人もそこには交じっているものだから、哀れには見ながら、意を用いるのも煩わしいので知らぬ顔を作っている。
 ついにはお車を連ねて止めてしまうのでこちらは従者の車の奥に押しやられ、見物もできない。ばかばかしいのはもちろんのこと、こんなふうに見すぼらしい姿にしているところをそれと知られてしまったのが憎らしいことこの上ない。しじなども皆へし折られて、ながえはよその車のこしきに打ち掛けてあるので、またとなく人目に悪く、悔やまれて、何をしに来たのであろうと思うてみてもかいがない。見物もせず帰ろうとなさるけれども、通って出る隙もないので、始まった、と人が言うと、さすがに、あの情けの薄い人が前を過ぎてゆくのが待たれてしまうのも心弱いことである。
 
  笹の隈
 
(駒を止めて水をやる、笹の陰)
 
ですらないというのか、ただ慌ただしく、誰もいないかのように通っておしまいになるにつけても、かえって気をもんでしまうのだ。
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源氏物語

葵(一)

源氏、二十二歳。
 
桐壺帝は位を朱雀帝に譲っている。
 
源氏は大将になっており、東宮の後見となる。
『御所車図』 メトロポリタン美術館コレクションより
 そうそう、あの六条の御息所と、先の東宮との間の姫君が、斎宮にお定まりになったので、「大将の思いやりにも本当に心強くはなれないし、幼い姫君の御境遇が心に掛かるのにかこつけて、伊勢へ下ってしまおうかしら」とかねてより思っておいでになった。桐壺院も、こんなことがあると聞こし召して、
「亡き東宮が、本当に並々ならずお思いになり、目を掛けておいでになったものを、粗末にして、平凡な人のように取り扱っていると聞くと哀れでね。私にしても、あの斎宮のことを我が子と同列に思っているのだから、どちらのためにも、おろそかにせぬがよかろう。こう気の向くに任せて遊んでいるのでは、本当に世の批判を負わねばならぬことになりますよ」
などと気色もよろしくなく、御自分のお考えにも、誠にそうだと思い知られるので、かしこまっておいでになる。
「人に恥を見せることなく、どなたのことをも平らかに取り扱って、女の恨みを負わないようになさい」
と仰せられるにも「私のあのけしからぬ、分に過ぎた心のことを聞き付けておしまいになったら」と恐ろしいので、かしこまって退出しておしまいになる。
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花宴(二)

翌日、後宴。
 
源氏、左大臣に対面するついでに先日の花宴のことを語る。
 あの朧月夜の君は、はかなかった夢のことをお思い出しになって、いたく嘆かわしくお思いになる。東宮へは卯月ばかりにと父上が思い定めておいでになることだから、どうしようもなく思い乱れておいでになり、男も、お訪ねになるのに手掛かりがなくはないけれど「何番目の君かも知らないし、殊に自分のことを許してくださらないあの辺りにかかずらうのも人目に悪くて」と思い煩うておいでになったところ弥生の二十余日、右大臣の御殿の賭弓のりゆみに公卿、親王たちを多くお集めになってそのまま藤の宴をなさることがあった。桜の花盛りは過ぎてしまっているけれども、
 
  ほかの散りなむ
 
(ほかのが散ってしまった後に)
 
と教えられていたのだろうか、遅れて咲いている二本の桜が、いたく面白いのである。新しくお造りになった御殿を宮たちの裳着の日のために磨きしつらえてあった。華やかにしようとなさる殿のようで、何事もにぎやかに取り扱っておいでになる。源氏の君にも先日、内裏で御対面のついでにお伝えになったのだけれどおいでにならないので、口惜しくえないことにお思いになって息子の四位の少将をお遣わしになる。
 
  我が宿の花しなべての色ならば
   何かは更に君を待たまし
 
(我が家の花が普通の色であるならば、どうしてあなたを改めて待ったりしましょうか)
 
源氏は内裏においでになる折でこれを主上に奏する。
「したり顔だな」
とお笑いになって、
「改めてということらしいから、早く行っておあげなさい。私の娘たちなどの育ったところでもあるから、お前のことも一通りの人とは思っておるまいよ」
などと仰せられる。装いなどをお繕いになってから、いたく暮れてゆく折に人に待たれつつおいでになるのである。薄い唐あやの桜襲さくらがさねの直衣、それに葡萄えび染めの下襲したがさねは、裾を、長々と引いている。皆は上のきぬであるのに、打ち解けた直衣姿は艶に美しく、かしずかれて這入っておいでになる様も格別である。花の麗しさもこれに気おされてかえって興冷めというほどである。遊びなど本当に楽しくなさって夜が少し更けてゆくと源氏の君は、いたく酔うて苦しんでいるように取り繕って、そこを立っておしまいになる。寝殿に女一宮、女三宮がおいでになるその東の戸口に寄ってお坐りになった。藤はこちらの軒端に当たっているので、あまねくしとみを上げて人々が出て坐っている。袖口などを、踏歌の折も思われるように殊更めいて表へ出しているその場違いさに、まず藤壺辺りを思い出してみずにはいらっしゃれない。
「気分が悪いというのに、杯をいたく強いられて煩うております。かたじけのうございますが、こちらの御前ならば陰にでも隠してくださるでしょうね」
と言って妻戸のすだれをおくぐりになるので、
「まあ全く。貧乏人のすることですよ。やんごとない縁者に便乗するなぞ」
と言う様子を御覧になると、重々しくはないけれども、ありきたりの若人ではなく、品が良くて美しい気配も明らかである。どこからともなくくゆらすたきものは至ってけぶたく、きぬの音も殊更に繕うて際やかであり、心憎く奥ゆかしい素振りは立ち後れ、わざとらしいことを好む辺りで、やんごとないお方々が御見物なさるということでこの戸口をば占めておいでになるのであろう。成就しそうもないことであったけれどさすがに愉快になってきて、あの人はどちらであろうと胸も潰れて
 
  扇を取られて からき目を見る
 
(扇を取られて、辛い目を見ております)
 
と、わざとおどけた声に言い寄ってお坐りになった。
「これは勝手の違った高麗人ですね」
と答えるのは訳を知らない者であろう。答えないでただ時々嘆息する気配がする方へ寄り掛かって几帳越しに手を捉えて
「 梓弓あづさゆみ入佐いるさの山に惑ふかな
   ほの見し月の影や見ゆると
 
(梓弓を射るならぬ、月の入る入佐の山に迷っているのです。ちょっと見ただけのあの月影はそこに見えるかと)
 
何故なにゆえでしょうか」
と推し当てにおっしゃるので、忍ばれなくなったのであろう、
 
  心入る方ならませば
   弓張りの月なき空に迷はましやは
 
(私の方へ心が引かれているのでしたら、弓張り月のこの空に、寄り付くすべもなく迷ったりしましょうか)
 
と言う声はただその人だ。本当にうれしいことであるが。(花宴終)
国立国会図書館デジタルアーカイブより

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花宴(一)

源氏、二十歳。二月二十余日、南殿の桜の宴にて春鶯囀しゅんおうてんを舞う。頭中将、柳花苑りゅうかえんを舞う。
 夜もいたく更けてから、行事は終わったのである。公卿も各々別れ、后、東宮も帰っておしまいになるので辺りものどかになったところへ、月が、至って明るく差し始めて面白いのを、源氏の君は酔い心地から、見過ごし難く思われた。「殿上の人々も休んでいるこんな思い掛けない折にあるいは、絶好の機会でもあるだろうか」と藤壺の辺りを、はなはだ忍んでうかがって回るけれども、相談のできそうな戸口もさしてあったので嘆息をして、このままでは終わるまいと弘徽殿の細殿にお立ち寄りになったところ三つ目の戸口が開いている。弘徽殿の女御は上つぼねにそのまま参上していたので、こちらは人少なな様子である。その奥のくるる戸も開いており、人音もしない。こんなことで世の中には過ちが起こるのだなと思ってそろそろと昇っておのぞきになる。人は皆、寝ているのだろう。と、そこへ至って若くかわいらしい、一通りの人とは聞こえぬ声が、
 
  おぼろ月夜に似るものぞなき
 
(春の夜の朧月夜にしくものはない)
 
と誦してこちらの方へ来るではないか。本当にうれしくてつと袖を捉えられる。女は
「ああ恐ろしい。どなたです」
とおっしゃるけれども、
「どうして疎ましいことがありましょう」
と言って
 
  深きのあはれを知るも
   入る月のおぼろけならぬ契りとぞ思ふ
 
(この夜更けの美しさをあなたが知り、深い仲になるいとしさを二人で知ることも、この入り方の朧月より並々ならぬ契りからだと思うのです)
 
と言ってやおら抱き下ろして戸はててしまう。驚きあきれている様子が、本当にゆかしくてかわいらしい。わななきながら
「ここに人が」
とおっしゃるけれども、
「私は皆に許されておりますから、人を召し寄せたとしてもどれほどのことになりましょう。どうか小声で」
とおっしゃる声を聞いて、源氏の君であったと気付いていささか心を慰めた。悩ましくは思っているけれども、無風流で強情に見えたりはしまいと思っている。酔い心地も一方ひとかたならなかったのであろうか、この女を自由にしてやるのでは飽き足りないし、女も、若くたおやかで、強い心も知らぬのであろう、源氏は可憐に御覧になるけれども、程なく明けてゆくので心も落ち着かない。女はなおさら、様々に思い乱れた様子である。
「それでも名乗りをしてください。どうしたら御連絡できましょうか。これで終わりにしてしまおうとはよもやお思いになりますまい」
とおっしゃれば
 
  憂き身 世にやがて消えなば
   尋ねても 草の原をば問はじとや思ふ
 
(この憂き身が、この世からこのまま消えてしまったら、あなたは尋ねても、草深い墓地までは問うてくれまいと思うのです)
 
と言う様が、艶に美しく見える。
「ごもっとも。申し上げた言葉は間違いでしたね」
と言って、
「 いづれぞと露の宿りを分かむ間に
   小笹が原に風もこそ吹け
 
(露の宿りがどこにあるかを見分けている間に、その笹原に風が吹いてはいけませんから)
 
煩わしくお思いになるのでなければどうしてはばかることがありましょう。あるいは私をおだましになるのですか」
と言いもあえず人々が起きてきて騒ぎ、上つぼねに行き来する気配がしきりにするのでどうしようもなくて、扇ばかりを印に取り替えてそこを出ておしまいになる。戻っていらした桐壺には、人々が多く伺候していて、目を覚ましている者もあるので、こんなことに
「誠にたゆみない忍び歩きですね」
とつつき合いながら空寝をしているのである。源氏はお這入りになって伏しておいでになるけれども、寝入られず「かわいらしい人のようだったな。女御の妹御のようだ。まだ男に慣れていないのは五の君か六の君なのであろう。帥宮そちのみやの北の方や、頭中将に愛されないあの四の君などは、麗しい人だと聞いたが、かえって、そういう人であったら今少し面白かったろうに。六の君は、東宮に奉ろうというお志なのだからその人であったら哀れなことだ。煩わしい。尋ねる道のりも紛らわしかろう。そのまま絶えてしまおうとは思っていない様子だったのに、どういうわけで、言葉を通わす方法を教えずにしまったのだろう」などとよろずに思うているのも心に留まったからであろう。こんなことにつけてもまず、藤壺辺りの様子はこよなく奥ゆかしかったことだと、まれなことのように思い比べられる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより

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紅葉賀(三)

源氏、消息を王命婦のもとに送る。
 卯月になって藤壺は内裏へ参上する。赤子は年のほどよりは大きく御成長になって次第に頭を起こしたりなさるまでになっている。驚くほどそれと紛れ所もないお顔つきを、主上には思いも寄らぬことであるから、またと並ぶ者がないどうしでは誠に似通ってくるものであると、そう思っておいでになった。はなはだ大切にお慈しみになることは一通りでない。源氏の君をこの上ない者におぼしめしながら、世の人が許し申し上げそうもなかったによって東宮にも据え奉らずなってしまったのを、物足りなく口惜しく、源氏が年たけて、臣下にしておくのはかたじけないような御様子でいらっしゃるのを御覧になるままに、心苦しくおぼしめしていたのに、こうもやんごとないお方の子から、同じ光が差し始めたので、傷のない玉のように大切にお慈しみになるけれども、藤壺の宮は、いかなることにつけても、胸は絶え間なく穏やかならぬまま、物をお思いになる。
 いつものように、中将の君が藤壺にて遊びなどしておいでになるところへ主上が赤子を抱いておいでになって
「我が子はあまたあるけれども、これほどの年より明け暮れ見ていたのはあなたばかりです。それで思い起こされるのでしょうか、本当によく似ていますね。幼い間は、皆こうしたものでしょうか」
と言ってはなはだ愛らしく思っておいでになる。中将の君は、面の色も変わる心地がして、恐ろしくもかたじけなくもうれしくもいとしくもあちこちへ移ろうような心地がして涙が落ちそうになる。赤子が声を出して笑ったりしておいでになるのが本当に不吉なほど愛らしいので、これに似ているとは素晴らしくいとおしいこの身であると、我ながら思われたのは分に過ぎたことであろう。藤壺の宮は、どうしようもなく気が引けるので汗も流れておいでになった。源氏中将は、かえって心地が乱れてくるようなので御退出になってしまう。自室で床にお伏しになって、この胸のやる方なさを晴らしてから左大臣家へ、とお思いになる。お前の前栽が一面に青々としているその中に撫子なでしこが華やかに咲き出しているのを折らせて、王命婦の君のもとへお書きになった言葉の数は多かったであろう。
 
 よそへつつ見るに 心は慰まで
  露けさ増さる 撫子の花
(あの子によそえつつ見ておりますのに、この心は慰まないでますます湿ってゆくこの撫子の花)
  花に咲かなむ

(花と咲いてほしい)
と、思っておりましたそのかいもなかった二人の仲でございますから。
 
とある。適当な機会があったらしく王命婦はこれを藤壺にお見せして
「ただこの花びらにちりを据えるばかりにでも」
と申し上げるので、御自身のお心にもその人のことが本当にいとしく思い知られる折ではあり
 
 袖ぬるる露のゆかりと思ふにも
  なほ疎まれぬ大和撫子
(この袖をぬらす露のゆかりと思いますにも、なお疎むことができぬこの大和撫子です)

 
とばかりほのかに書きさしてあるようなのを、王命婦が喜びながら奉ったのには、源氏は「いつものことで、しるしもあるまい」と悄然として伏しておいでになるところであったのに、胸も騒ぎ、はなはだうれしくて涙が落ちてしまう。ぼんやりと床に伏していても、まだやる方ない心地がするので、いつものように、慰めのためには西の対にお越しになるのである。繕わずそそけたびんの毛筋に、打ち解けたうちき姿で、笛を気の向くままゆかしく吹きつつ、のぞいて御覧になったところ、こちらの姫君は、先ほどの花が、露にぬれているという風情で物に寄り掛かって伏しておいでになる様が、愛らしく可憐である。愛敬はこぼれるようで、二条院にいながら早くこちらへお越しにならなかったことが少し恨めしく、そのためいつもと違って後ろを向いていらっしゃるのであろう、端の方に坐って男君が
「どうぞこちらへ」
とおっしゃるけれども、気が付かないようにして
 
  入りぬるいそ
 
(磯に生えている草のように、潮が満ちれば隠れてしまう私なのでしょうか)
 
と口ずさんで口を覆うておいでになる様は、はなはだしゃれていて愛らしい。
「ああかわいくない。そんなことに口慣れておしまいになったのだな。
 
  見る目海松布に飽く
 
海松みるではないが私を見る目にも飽きてしまう)
 
のはよろしくないからですよ」
と言って人を召して琴を取り寄せ、姫君に弾かせる。
そうは、が長持ちしにくいのが億劫おっくうで」
と言って平調ひょうぢょうに下げてお合わせになる。御自分は試し弾きをしただけで姫君の方へ押しやられたところ、ずっと怨じておいでにもなるわけにもゆかず至って愛らしくお弾きになる。まだ小さいほどに左手を差し伸べて押し手をなさる手付きが至って愛らしいので、可憐にお思いになって、笛を吹き鳴らしつつお教えになる。姫君は本当にさとくて、難しい調子をただ一渡りで御習得なさる。大方巧者で立派なお心ばえを、思っていたことがかなったとお思いになる。保曾呂惧世利ほそろぐせりというものは、名はかわいくもないが、それを男君が興に任せて面白くお吹きになって合奏し、姫君はまだいとけないけれど、拍子も外れず上手めいている。
 あかしの御用意をして絵など見ておいでになると、出発していただかなければということで人々がせき払いをして
「雨が降ってきてしまいます」
などと言うので、姫君は、いつものように心細くて気が塞いでおいでになる。絵も見さしてうつむいておいでになるのが至って可憐で、おぐしが本当に美しく掛かっているのをかきなでて
「私がよそにいる間は恋しいかい」
とおっしゃればうなずかれる。
「私も、一日でもお目に掛からないのは本当に苦しいのだけれど、幼くていらっしゃる間は、心安くお思い申し上げていて、まずはねじけていて私のことを恨んでいるような人の心を傷付けまいと思って、難しい人なのでしばしはこうして出歩きもするのですよ。あなたが大人になりましたら、更によそへも行きますまい。人の恨みを負うまいなどと思うのも『この世に長く在って、思うようにあなたにお目に掛かろう』と思うからですよ」
などと細々こまごまとお語らいになれば、さすがに恥ずかしくて、ともかくもお答えにならずそのまま男君のお膝に寄り掛かって寝入っておしまいになるので、いたく心苦しくて
「こよいは出ないことにした」
とおっしゃれば、皆立って御膳などをこちらに用意させた。姫君をお起こしになって
「出ないことにしましたよ」
とおっしゃれば、心も慰んでお起きになった。もろともに食事などを召し上がる。それもほんのつかの間で手を止めて
「それでは、きっとここでお休みになってね」
と心もとなげに思っておいでになるので、こんな人を見捨てては、うれしい道であろうとも、赴き難く思われる。
 こんなふうに二条院にとどめられる折々なども多いのをおのずから漏れ聞いた人が、左大臣家に申し上げたところ、
「誰でしょう。本当に思いの外のことですねえ。今までどの人とも聞こえてきませんし、そんなふうにそばにいさせて戯れたりするということは、品が良くて心憎い人ではないのでしょう」
「内裏辺りなぞで仮初めに御覧になったとかいう人を物々しくお取り扱いになって、人がとがめようかと隠しておいでになるのだそうですよ。考え無しで子供らしいのだと聞こえていますけれど」
などと、伺候する人々も申し合っている。
 主上も、そういう人があると聞こし召して
「哀れなことに大臣が悲しんでおられるそうだが、全く、お前が半人前だった間からひたすらここまでにしてくれた心であるぞ。それくらいのことを考えられない年のほどでもあるまいに、なぜ、不人情な扱いをするだろう」
と仰せられるけれども、かしこまった様子で、お答えにもならないので、北の方に心行くことがないらしいと、源氏のことを哀れにおぼし召す。
「しかし、好き者でみだりがわしいとか、ここで見付かるような女房であれ、また、あちこちの女たちなぞと並々ならぬ仲であるなどとは、見えも聞こえもしないようなのに、どんな物陰へ隠れて出歩いてこうも人に恨まれるのだろう」
と仰せになる。
 帝が、年たけておいでになるけれども、そちらの方も打ち捨てることがおできにならず、采女うねべ女蔵人にょくろうどなどをも、姿に優れ、心ある者をば殊にもてはやしてお心に掛けておいでになるので、由ある宮仕え人が多いこの頃である。
「仮初めに言葉をお掛けになるにも、向こうから離れてゆくのはまれだから、目が慣れてしまったのでしょうか、誠に、怪しいほど色をお好みにならないようですね」
というので戯れて言葉を試みに掛けたりする折はあるけれども、無風流にならぬほどに答えて、誠にみだりがわしいことはおありにならないのを、まめやかで物寂しいことにお思い申し上げる人もある。
 そんな頃のこと、いたく年老いた典侍ないしのすけで、身分はやんごとなく、考えも深く、品も良く、声望も高くはありながら、はなはだあだめいた性分で、そちらにはお堅くない人があるのを、こう盛りを過ぎるまでなぜそうもみだりがわしいのであろうかと、源氏は知りたく思われたので、戯れに言葉を掛けて試みられたところ、女の方ではそれを似合わしくないとも思っていないのが、驚きながらもさすがに面白くて物を言ったりしていらしたけれども、人が漏れ聞こうにも古めかしいほどなので、つれなく取り扱っておいでになるのを、女は、本当にむごいことに思っている。その女が主上のおぐしを結うことがあった。終わって主上は、お召し替えのために人を召して出ておしまいになる。すると、二人のほかにまた人もなく、この典侍は、常よりも小ざっぱりとして、髪は艶に、装束は至って華やかで遊び好きらしく見えるのを、そんなに年はとり兼ねるものだろうかと、つまらなく御覧になることではあるけれども、向こうはどう思っているのだろうと、さすがに打ち捨て難くての裾を引いて驚かされたところ、見事に描いた扇を差し、顔を隠して見返ったその流し目は目蓋が真っ黒にくぼんでいて、髪はほつれてそそけている。似つかわしくもない扇だと御覧になって、自分が持っておいでになるのと差し替えて御覧になれば、顔も映るばかりに深い赤色をした紙に、こずえも高い森の絵を金泥で厚く塗ってある。片隅に、手はいたく盛りを過ぎているけれど、風情がなくはなく
 
  森の下草老いぬれば
 
(森の下草は老いているので)
 
などと興に任せて書いてあるのを、「ほかに言葉もあろうに、怪しい趣だな」と笑いを含みながら、
「 森こそ夏の
 
(その森こそ時鳥ほととぎすたちの夏の宿りであろう)
 
と見えるようですがね」
などとあれこれおっしゃるのも源氏に似合わしくなく、人が見付けるであろうかと苦しそうだけれども、女は、そうも思っていなくて
 
  君し来ばなれの駒に刈り飼はむ
   盛り過ぎたる下葉なりとも
 
(あなたが来たら、その手なれの駒に刈ってあげましょう。盛りを過ぎた下葉ですけれども)
 
と言う様はこよなく色めいている。
「 ささ分けば人やとがめむ
   いつとなく駒懐くめる森の木隠れ
 
(私が笹を分けてゆけば人がとがめるでしょう。いつまでも駒が懐いていると見えますその森の木隠れですから)
 
気が置かれまして」
と言ってお立ちになるのを引き止めて
「今まで、こんなに物を思ったことはございません。この私の初めての恥でございます」
と言って泣く様も、本当にはなはだしい。
「今に御連絡しましょう。あなたを思いながら」
と言うままに女を遠ざけて出ようとなさるのを強いて追い付いて
 
  橋柱
 
長柄ながらの橋柱よ。思いながらに二人の仲は絶えてしまうのでしょう)
 
と言い掛けて恨むのを、主上はお召し替えが終って障子よりのぞいておいでになったのである。似つかわしくもない仲だなと非常におかしく思われて、
「お前には好き心がないと女房たちが常に悩んでいるようだけれど、そうはいっても打ち捨ててはいなかったのだな」
と言ってお笑いになると、典侍は、少し恥ずかしく思ったが、憎からぬ人のゆえにはぬれぎぬをすら着たがる類いもあるとかいうほどで、いたくも争い申し上げない。人々も、思いの外のこととうわさするようだが、頭中将も聞き付けて、至らぬくまのないその心にも、あれに語らおうとは思いも寄らなかったと思うけれど、その女の尽きせぬ好き心を見たくもなって、ついにはむつまじい仲になってしまったのである。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 この君も人よりは至って立派なので、あの人のつれなさの慰めにと女は思ったのだけれど、添いたいのはその人だけであったとか。余りな好みである。源氏の君の目をいたく忍んでのことなので、知られてはいない。そうして、源氏をお見付け申し上げてはまずお恨み申し上げるので、年のほどが哀れだから慰めてやろうとはお思いになるのに物憂くてそれもかなわないまま本当に久しくなってしまったのだけれど、夕立がした名残の涼しい宵に紛れて温明うんめい殿の辺りをたたずみながらお回りになると、この典侍が琵琶びわを至って面白く弾いて坐っている。御前などでも男たちのお遊びに交じりなどして、それで殊に勝る人がないほどの上手なので、恨めしく男の思われる折からその音は至って美しく聞こえる。
 
  瓜作りになりやしなまし
 
(瓜作りの妻にでもなってしまおうか)
 
と、至って上手に歌うのが、少し穏やかでもないのである。「鄂州がくしゅうにいたとかいう、昔の人も、こんな上手だったのだろうか」とそれを聞いてお耳に留まる。弾きやんで、本当に思い乱れている素振りである。源氏の君が、『東屋あずまや』を忍びやかに歌ってお寄りになったところ、
 
  押し開いて来ませ
 
(戸を押し開いておいでなさい)
 
と添えたのも、例にたがった心地がするのである。
 
  立ちぬるる人しもあらじ
   東屋にうたても掛かる雨注きかな
 
(立ちながらぬれてしまうので開けてくださいと言うけれど、本当は来てくれないのでしょう。この東屋に情けなくも掛かる雨のしずくです)
 
と嘆くのを「聞かされたのは私一人でもあるまいけれど、疎ましいことよ。何をこうまでは」と思われる。
 
  人妻はあな煩はし
   東屋の 真屋の余りもなれじとぞ思ふ
 
(人妻は、ああ気が置けます。寄せ棟、切妻、屋根の余りではないけれど、あまりあなたとは親しむまいと思うのです)
 
と言って過ぎてしまいたいところだけれど、あまり情けがなかろうかと思い返してその人に従えば、はやるように戯れ言など少し言い交わす。それにも珍しい心地がなさるのである。
 頭中将は、この君のお振る舞いがまめやかに過ぎ、しかも自分のことを常に御批判になるのが憎らしいので、この君が何事もないようにして内々お忍びになる方々は多いと見て、いかにそれをあらわにしてやろうとばかり思い続けているので、これを見付けて本当にうれしい心地である。「こんな折に少し驚かし申し上げ、うろたえさせて、どうだ懲りたかと言ってやろう」と思って油断させておく。風が冷ややかに吹いていよいよ更けてゆく折、しばし眠っているのであろうと見える気配なので、そろそろと入っていったけれども、君は、心置きなくお休みになれないところだったのでたやすく聞き付けて、しかし頭中将とは思いも寄らず、この女をなおも忘れ難い者にしていると聞く修理すり大夫かみであろうとお思いになるので、そんな老紳士に、自分には似つかわしくないこんな振る舞いを見付けられるのが恥ずかしいので、
「ああ、煩わしい。もう出ていきましょう。蜘蛛くもの振る舞いで明らかだったでしょうに、情けなくもおだましになったのですね」
と言って直衣ばかりを取って屏風の後ろへ這入っておしまいになる。頭中将は、おかしいのをこらえ、引き立ててある屏風のもとへ寄り、ごぼごぼ畳んでおどろおどろしく騒がすのに、典侍は、年たけてはいてもいたく由ありなよやかに見える人ではあるが、先々も、こんなふうに心を揺るがす折々はあったので慣れていて、はなはだ心は落ち着かないけれど、源氏の君をどうしてくれるのだろうかとそれが悩ましさに、わななくわななく男の袖をぐっと控えている。誰とも知られぬ内に出てしまおうと源氏はお思いになるけれども、繕わない姿で冠などゆがめて走る後ろ姿を思うと至ってあほらしかろうと思ってためらわれる。
 頭中将は、何とかして自分と知られまいと思い、物も言わず、ただ取り繕って憤慨したように太刀を引き抜くと、旦那様、旦那様と、女が向かって手をするので、ほとんど笑ってしまいそうになる。男好きらしく取り繕って若やいだ上辺はそれなりだったが、五十七、八の人が、今は油断して騒ぎ立て、見事な十代の若人の中で物おじしているのは、至って似合わしくない。こうして違う人のように見せて、恐ろしげな様子をしているけれど、それがかえって明らかにその人らしく、自分と知って殊更にしているのだとあほらしくなってしまう。本当におかしいので、太刀を抜いた方のかいなを捉えて、ぎゅっとつねっておしまいになれば、憎らしいことではあるけれど、耐えられなくて頭中将は笑ってしまう。
「誠に、正気だろうか。戯れにくい人だ。さて、この直衣を着るとしよう」
と源氏はおっしゃるけれども、ぐっと袖を捉えて更にお緩め申し上げないので、
「ならばもろともに」
と言って頭中将の帯を引いて解こうとなされば、脱がされまいと争うけれど、とかく引っ張り合う内に、頭中将の直衣は袖の縫い合わせてないところからほろほろと絶えてしまう。
「 包むめる名や漏りいでむ
   引き交はし かく綻ぶるの衣に
 
(包み隠していると見えますあなたの名も漏れて出てゆくでしょうか。引き合って、こんなに綻びた中の衣のような私たちの仲のために)
 
こんなものを上に着ていれば明らかでしょう」
と言う。源氏の君は、
 
  隠れなきものと知る知る
   夏衣たるを薄き心とぞ見る
 
(この秘密が隠れもなくなると知りながら、夏衣を着てここへ来たのを薄情な心と見るのです)
 
と言い交わして、うらやむところのない乱れ姿にされて二人とも出ておしまいになる。源氏の君は、本当に口惜しくも見付けられてしまったことだと思って伏しておいでになる。典侍は、興も冷めて、後に残された指貫さしぬき、帯などを翌朝早く源氏に奉った。
 
 恨み浦見ても言ふかひぞなき
  立ち太刀重ね 引きて返りし波の余波なごり
(浦を見ても貝がないように恨んでみてもかいがないのです。あなた方が太刀を重ね、波のように重なって立ち、引き返していったその余波には)
  底もあらはに
(涙の川がかれて底もあらわになるほど悲しいのです)

 
とある。遠慮もなく、と御覧になるにもかわいくないが、そうはいっても、あまりのことに思っていたのが心配で
 
 荒立ちし波に心は騒がねど
  寄せけむ磯をいかが恨みぬ
 
(荒立っていた波の方には心も騒ぎませんけれど、波が寄せていたという磯の方はどうして恨まぬことがありましょう)
 
とばかり言っておいたのである。「帯は中将のだな。この直衣より色が深いぞ」と御覧になるが「直衣も端袖はたそでがないではないか。見苦しいことだ。乱れたことに熱中する人は、馬鹿らしいことも誠に多くするものであろう」とますますお心をお治めになる。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 頭中将が、宿直所とのいどころより、まあこれをとじ付けてくださいということで直衣の袖を押し包んでよこしたので、いつの間に取っていったのだろうかとばかばかしくなる。自分はこの帯を受け取っていてよかったとお思いになる。帯と同じ色の紙に包んで
 
  絶えば託言鉸具とや負ふと危ふさに
   はなだの帯を取りてだに見ず
 
(はなだ色のこの帯が中から絶えるようにあなた方の仲が絶えてしまえば、鉸具かこではなしにかこち言を負うであろうという危うさのために、取って見ることすら私はしておりません)
 
と言っておやりになる。すぐに、
 
 君にかく引き取られぬる帯なれば
  かくて絶えぬるとかこたむ
(こんなふうにあなたに帯を引いて取られてしまったので、女との仲もこうして中から絶えてしまったと私はかこつでしょう)
かこち言からはお逃れになれますまい。

 
とある。
 日がたけて各々殿上においでになった。源氏は至って静かによそよそしい様子をしておいでになり、頭の君も、本当におかしいけれど、公事くじを、多く奏したり申し渡したりする日で、至って折り目正しく生真面目なのを見るにも、互いに頬笑まれる。人の見ていない間に進み寄ってきて
「隠し事は懲りたでしょうね」
と頭中将が言い、いたく憎らしげな尻目をする。
「どうして懲りましょう。立ったまま帰ったとかいう人のことなら哀れですがね。誠に
 
  憂しや世の中
 
(つらいのは男女の仲)
 
ですね」
と互いに話して
 
  鳥籠とこの山なる
 
(鳥籠の山にある不知哉いさや川ではないけれど、さあね、とでも答えておきなさい。私の名を漏らすなよ)
 
と互いに口止めをする。さてその後は、ともすれば事のついでごとに、このことが言い争いの種になるので、ますます、あのむさくるしい人ゆえ、と思い知られたことであろう。この女はなお、いとも艶に言い掛けて恨むので、難儀に思って源氏はお過ごしになる。
 頭中将はこのことを、妹君、源氏にとっては北の方にも申し上げず、ただ適当な折の脅しの種にしようと思っていたのである。
七月、藤壺、中宮に。
 
源氏、宰相に任ぜられ中将も兼ねる。藤壺の中宮の入内に供奉。(紅葉賀終)
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源氏物語

紅葉賀(二)

朱雀院への行幸。その夜、舞の賞に源氏を正三位に、頭中将を正四位下に叙す。
 
源氏、藤壺のいる三条宮において兵部卿宮に対面。
 
十二月末、紫上、尼君の忌明け。
 
源氏、十九歳。正月一日、朝拝に参る。
 
紫上、雛遊び。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 年始の礼といっても、あちこちへもお回りにならず、内裏、東宮、一院へばかり、そのほかは、藤壺の御実家の三条の宮に源氏は参上したのである。
「今日はまた格別にお見えになりますね」
「年のたけるままに、はばかられるほどにまでおなりになりましたこと」
と人々がめで申し上げるのを藤壺の宮は、几帳の隙よりちょっと御覧になるにつけても、物をお思いになることしきりであった。お産が、師走を過ぎてしまったのも心もとないけれど、それでも今月にはと三条の宮の人もお待ち申し上げ、内裏でもその御用意をなさる。何事もないまま時がたってしまう。物の怪のためかと世の人が申し上げ騒ぐのも宮には、至って悩ましく、このことにより我が身はむなしくなってしまおうことよとお悲しみになって、いたくお苦しみになる。中将の君は、ますますそれと思い当たるままに、修法などをそれとなくところどころでおさせになる。世の中の定めなさにつけても、こうはかない仲のまま終わってしまうのであろうかと、取り集めてお嘆きになるけれども、如月十余日という折に男の子がお生まれになったので、主上も三条の宮の人も漏れなくお喜びになる。
 命長くも生き延びたものよとお思いになるのは情けないけれど、「弘徽殿などが呪わしげに言っておいでになると聞いたが、もし私がむなしくなったと聞いて、それ見たことかと思われることになったら人笑わせであろう」とお思いになり、奮い立って少しずつ快くおなりになったのである。
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紅葉賀(一)

 朱雀院への行幸ぎょうこうは、神無月の十余日にある。この度は世の常ならず面白い行事となるはずであったから、お后方は御見物になれないのを口惜しがられる。主上も、藤壺が御覧になれないのを物足りなく思われるのでその試楽を御前でおせさになる。源氏の中将は、青海波を舞われたのである。片手には、左大臣家の頭中将。姿、用意も人には異なるけれども、なお源氏に立ち並んでは花の傍らの深山みやま木である。入り方の日影がさやかに差しているところへ、楽の声が大きくなり、面白くなってくるその折、同じ舞でも、この足踏みと面持ちとは、この世で見付けられぬようなものである。源氏のなさる詠などは、これが仏の迦陵頻伽かりょうびんがの声であろうかと聞こえる。面白く美しくて、帝は涙をお拭いになり、公卿や親王たちも皆泣いておしまいになる。詠が果てて袖をお直しになったところへ、待ち受けていた楽がにぎやかになるので、顔の色は、それと相増さって常よりも光るようにお見えになる。東宮の母、弘徽殿の女御は、こうお美しいのにつけてもただならぬことにお思いになって
「神に空からめでられでもしそうな姿ですこと。いよいよ忌ま忌ましい」
とおっしゃるのを聞いて、若い女房などは、面白からず心に留めた。藤壺は、「あの分に過ぎた心さえなければ、なおさら美しく見えたろうに」とお思いになるにも夢のような心地がなさったのである。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
 藤壺の宮は、そのまま主上の添い寝をなさった。
「今日の試楽は、あの青海波に皆尽きていましたね。どう御覧になりましたか」
とおっしゃれば、どうにもお答え申し上げにくくて、
「格別でございました」
とばかりおっしゃる。
「片手の方も、悪くはないと見えました。舞の様、手遣いが良家の子弟は格別なのです。この世に名を得ている、舞の男どもも、誠に優れてはいるけれど、おっとりして艶なたちは見せられないのです。試楽の日にこうまで仕尽くしてしまえば、朱雀院の紅葉の陰が、物寂しくもなろうかと思うけれど、あなたに見せ奉ろうという心で用意させたのです」
などとおっしゃる。
 翌朝早く中将の君から
 
どう御覧になったでしょうか。喩えようもなく心地は病んだままでしたが。
 物思ふに 立ち舞ふべくもあらぬ身の
  袖打ち振りし心知りきや
(物を思うので、立って舞うべくもない私が、どんな心で袖を打ち振っていたか分かりましたか)
あなかしこ

 
とあったその返書は、目もあやであったそのお姿を御覧になって忍ばれなくなったのであろうか、
 
 唐人の 振ること古事は遠けれど
  立ち居につけてあはれとは見き
(唐の人が、袖を振る故事には興味がありませんけれども、立ち居につけて美しいとは見ました)
一通りには。

 
とあるのを、「この上なく珍しいことだ。こんなところさえたどたどしくなく、異朝のことまで思いやっておいでになるのは、お后の言葉がかねてから出たのであろう」と頬笑まれて、持経のように広げて見ておいでになった。
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若紫(四)

紫上、手習のついでに源氏に返歌を書く。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 女君は、男君がおいでにならないなどして物寂しい夕暮れなどばかりは、尼君を恋うてお泣きになったりもするけれど、父宮のことは殊にお思い出しになることもない。元より極まれにお会いになるだけであったから、今はただこの継親ままおやのそばにいて、はなはだむつんでおいでになる。お帰りになれば、まず出迎えて優しく語らい、懐に這入って坐っていても、煩わしく恥ずかしいとはいささかも思っていない。そんなふうではなはだ愛らしいものであった。「さかしらな心があり、あれやこれやと難しいたちになってしまえば、自分の心地としても、少し案にたがう節も出てこようかと気が置かれ、恋人の方にも、恨みがちになったり思いの外のことがおのずから出てくるというのに、本当にかわいらしい遊び相手だ。娘などでも、やはりこれほどになれば、心安く振る舞ったり、隔てのない様子で起き伏ししたりはできまいに、これは、本当に勝手の違ったまな娘である」と思っておいでになるらしい。(若紫終)
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源氏物語

若紫(三)

十月、朱雀院行幸。
 
北山の尼君、死去。
 
源氏、京極の家に宿り、少納言乳母に会う。翌朝帰路、随身にいもが門の歌を歌わせる。惟光を京極の家に遣わして姫君を問う。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 源氏の君は、「どうしたものか。醜聞も立とうことだ。せめて年のほどだけでも、わきまえもあり、女も心を交わしたことであろうと推し測られるようならば、世間並みのことだが、それでも父宮に尋ね出されたら、間の悪いことであろう」と思い乱れておいでになるけれども、そのままに時を逃してしまうのはいたく口惜しいはずであるから、未明の内に出てゆこうとなさる。北の方は、いつものように、愛想もなく、わだかまりも解けないでいらっしゃる。
「二条の方に、本当に、どうしても見なければならぬことがあるのを思い出しまして。きっとすぐに帰って参りましょう」
と言って出られて、伺候する人々にも知らせなかったのである。その前に自室で、直衣などはお召しになる。そうして、惟光ばかりを馬に乗せて、行っておしまいになる。門をたたかせると、訳を知らぬ者が開けたので、そのままお車をそろそろと引き入れさせて惟光の大夫たいふが、妻戸を鳴らしてせき払いをすれば、少納言の乳母が聞いてそれと心得て出てきた。
「こちらまでおいでになりましたよ」
と大夫が言えば、
「幼い人ならお休みになっております。どうして、こんな夜更けにおいでになりました」
と、何のついでだろうと思って言う。
「父宮のところへお移りになるはずだと聞きますので、その先に申し上げておこうと思いまして」
と源氏がおっしゃれば、
「何事でございましょう。さぞかししっかりとお答え申し上げられますでしょうね」
と言って笑っている。源氏の君が這入ろうとなさるのでいたく気が引けて、
「見苦しい年寄りどもがくつろいでおりますから」
と申し上げる。
「まだお目覚めではあるまいな。さて、お起こし申そう。この朝霧を知らずに寝ておられるものか」
と言うままにお這入りになるので、「もし」とも申し上げられない。姫君は、何心もなくお休みになっているのに、源氏がいだいて目を覚まさせるので『お父様が、お迎えにいらしたのだ』と、寝ぼけて思っておいでになる。その髪を繕いなどなさるままに源氏は、
「さあ共にいらっしゃい。私はお父様の使いで来ているのです」
とおっしゃるけれども、違う人だ、とあきれて、恐ろしく思っているらしいので、
「ああ情けない。私も同じ身分ですよ」
と言うままに、かき抱いて出ようとなさる。それで大夫、少納言などは
「これはどういうことです」
と申し上げる。
「ここへは常に来られるわけでもなく心もとないので、心安いところにと申し上げていたのに、情けなくもお移りになるということで、なおさら申し上げにくくなりましょうから。誰かもう一人おいでなさいな」
とおっしゃるので、少納言は心も落ち着かぬまま
「今日では本当に具合が悪うございましょう。宮がおいでになったら、何と言いやればよいのです。おのずから程経て相応な時においでになればどうとでもなることでしょうに、本当に想像もいたしませんほどのことですから、伺候する人々も苦しがりましょう」
と申し上げれば、
「ままよ、人が来るのは後でもよかろう」
と言ってお車を寄せさせるので、驚いて、どうしたものかと思い合っている。姫君も、いぶかしく思ってお泣きになる。少納言は、とどめ申す手立てもないので、ゆうべ縫っておいた姫君の服を引っ提げて、自らも、まずまずのきぬに着替えて乗ってしまう。二条院は近いので、まだ明るくもならない間においでになって、西の対にお車を寄せてお降りになる。そうして姫君をば、軽々とかき抱いてお降ろしになる。少納言が
「本当になおも夢の心地でございますけれど、私はどうしたものでしょうか」
とためらっているので、
「ここへいらしたのはあなたの心と聞こえますがね。御当人は移し奉ってしまいましたから、帰ってしまおうということならば送ってもよいのですよ」
とおっしゃるので、はにかんで、降りてしまう。と、にわかに興も冷め、胸も静まらず「宮はどうお思いになって、何とおっしゃることであろう。姫君も、果てはどうなるはずの御境遇であろう。とにもかくにも、頼もしい人々に先立たれておいでになるのが悲しいこと」と思うにも、涙は止まらないけれど、さすがにはばかられてこらえている。
 こちらは、お住まいになっていない対なので、帳台などもないのであった。惟光を召してここかしこに帳台、屏風などの支度をさせる。几帳はかたびらを引き下ろすばかり、敷物などはただ繕うばかりになっているので、東の対に、夜具を取り寄せに人をお遣わしになって、お休みになってしまう。姫君は、「本当に恐ろしい。どんなふうにされるのだろう」とわななかれたけれども、さすがに、声を立ててもお泣きになれず、
「少納言のところで寝ます」
とおっしゃる声は本当にいとけない。
「今はもう、そうやってお休みにはなれないのですよ」
と源氏がお教えになると、姫君は本当に悩ましくて泣き伏しておいでになる。乳母は、床に伏すこともできず、物を考えることもできないで起きていた。
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源氏物語

若紫(二)

僧都、源氏を訪れ、姉の尼君にそれを告げる。坊に源氏を請じ、尼と姫君(紫上)の様を語る。
 
源氏、尼君に対面するついでに姫君を乞う。
 
明くる日、僧都が源氏のもとに参り、北山のひじりは加持をする。
 
源氏、尼君のもとに消息を遣わす。
 
頭中将、左中弁以下、迎えに参る。
 
僧都が琴を持参し、源氏が弾ずる。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
源氏、帰京して葵上のもとに向かう。又の日、文を北山の尼君のもとに遣わす。二三日の後、また惟光を北山に遣わし、少納言の乳母を訪ねさせる。一方で、王命婦を頼んで藤壺と通じようとする。
 藤壺の宮は、御病気をなさることがあって退出しておいでになる。心もとなさに主上が嘆いておいでになる御様子を、本当に哀れには拝見しながら、この折にせめて、と子の源氏はひどく心も落ち着かず、どなたのところへもお越しにならずに、内裏にあっても私宅にあっても、昼は物を思い続け、暮れれば王命婦を責めてお過ごしになる。どう謀ったか、無理無理お目に掛かっているその間さえ、現実とは思われず悩ましいのである。
 宮も、思いの外であったあの時のことをお思い出しになってすら明け暮れの物思いなので、せめて、きっとあれだけで終わりにしようと、深く思っておいでになったのに、本当に悲しく、つらそうな御様子ではあったけれど、慕わしく、愛らしく、さりとて、打ち解けず、たしなみの深くておいでになるところなどが、なおも人には似ておらぬのを「なぜ、凡なところすら交じっておいでにならぬのであろう」と、むごくさえ思われたのである。
 何を言い尽すことがおありになろう、かの暗部くらぶの山に宿りを取りたいほどであったけれど、あいにくの短夜で、思いの外にかえって物足らなくなる。
 
  見ても またまれなる夢の内に
   やがて紛るる我が身ともがな
 
(見てもまたかなう時はまれな、あなたという夢の内に、そのまま混ざり合う、そんな我が身であってほしい)
 
とむせび泣いておいでになる様もさすがに悲しいので、
 
  世語りに人や伝へむ
   類ひなく憂き身を 覚めぬ夢になしても
 
(それでも世間には伝わるでしょう。類いなくつらいこの身を、夢となして目覚めなかったとしても)
 
思い乱れておいでになるのもそのはずで、源氏は面目なく思う。直衣のうしなどは、王命婦の君がかき集め、持ってくる。二条の御殿にいらして源氏は泣き寝入りに暮らしておいでになる。文なども、いつものように、中身を御覧にならない由ばかりなので、常のことながらも、むごいこと、と茫然自失して、内裏へも参上せずに二、三日籠もっておいでになったので、またどうしたことであろうと主上がお心を動かしておいでになるらしいのも、恐ろしくのみ思われる。宮も、本当になお情けない私であったと悲しまれるのに御気分の悪さまでも増さって、早く参上すべしという使いが度重なるけれども、思い立つことすらおありにならない。誠にお心地がいつものようでもないのは、どうしたことであろうと、人知れずお考えになるところもあったので情けなく、どうなろうかとばかり思い乱れておいでになる。暑い折はますます、起き上がることもおありにならない。三箇月になる折には、それと明らかに知れて人々が見とがめ奉るので、思いの外の宿世のことが情けなくなる。人には、思いも寄らないことなので、この月まで奏されなかったのかと驚かれる。ただ御自身のお心一つには、明らかに理解することもおありになった。湯あみなどにも、親しく奉仕して、何事の気色をも明らかに見知り奉っている、宮にとっては乳母の子である弁や、王命婦などは、怪しいとは思うけれど、互いに相談できるはずのことでもないので、命婦はただ、宮がなお宿世を逃れ難かったことに驚いている。主上には、物の怪に紛れてとみにはその気配もなかったように奏したということである。見る人も、そうとばかり思っていた。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 主上には宮のことがますますいとしくこの上なく思われて、使いなどが絶え間なくあるのも宮には空恐ろしく、物をお思いになることは絶え間がない。源氏の中将も、途方もない異様な夢を御覧になって、夢判断をする者を召して問わせれば、考えも及ばず思いも掛けぬ筋のことを判じた。
「ただし、その中に食い違いがございまして、お慎みにならねばならぬことが出てまいります」
と言うので、煩わしく思われて
「私の夢ではなくて人のことを語っているのだ。この夢の有り様は、かなうまではまた人に告げるなよ」
とおっしゃって、心の内には、どういうことだろうかとお思い続けになるけれども、かの女宮のお体のことをお聞きになって、あるいはそうなる訳もあろうかとお思い付きになったので、宮にはいよいよははなはだしく言葉をお尽くしになるけれども、王命婦にとっても、考えるにも至って恐ろしく、煩わしさが増さって、更に謀るべき手立てもなくなる。仮初めの一行の返書がたまさかにあったのも、絶え果ててしまった。
 文月になって宮が参上した。久々のことで感慨も深く、主上の思いのほどはいよいよこの上ない。少しお腹がふくよかにおなりになって、苦しそうに面痩せておいでになるのが、やはり誠に、似る者もないほど美しい。主上は以前のように明け暮れ藤壺にばかりおいでになって、遊びも次第に面白くなってくる頃なので、源氏の君を、いとまもないほどに召してそばにいさせては、琴、笛などを様々に奏でさせる。包み隠しておいでにはなるけれども、源氏の忍び難い胸の内が漏れ出る折々は、宮も、呵責かしゃくとばかりも言えないことを多くお思い続けになった。
 かの山寺の尼君は、小康を得て寺を出られた。京でのお住まいを尋ねて時々源氏は消息などなさる。似通った返事ばかりなのもそのはずで、そうする内にも数箇月が、在りしに勝る物思いのほか何事もないままに過ぎてゆく。秋の末、源氏は本当に心細くて嘆いておいでになった。月の面白い夜、お忍びになるところへとようようお思い立ちになったけれども、時雨が降り注いでくるらしい。そのお方のおいでになるのは六条京極の辺りで、内裏からなので、少し道のりも遠い心地がしている間に、木立もいたく古くなっており、木暗く見える荒れた家があった。いつものように、お供をしてそばを離れない惟光が、
「これは亡くなった按察使あぜちの大納言の家でございまして、何かの便りに見舞いましたところ『あの尼上は、いたく弱っておしまいになって、何も考えられませんので』と、そう申しておりました」
と申し上げれば、
「はかないことだ。私も見舞わねばならなかったのに、なぜそうとも言わなかったのだ。這入はいって消息しなさい」
とおっしゃるので、人を入れて案内させる。わざわざこのためにお立ち寄りになったことにして言わせたところ、家の者が這入っていって
「ここへお見舞いにおいでです」
と言うので驚いて、
「本当に気が引けること。ここ数日で本当に心弱くなってしまって、御対面などもおできにならないでしょうに」
と言うけれども、帰し奉るのは恐れ多いということで、南のひさしを繕うてそこに源氏を入れ奉る。
「本当にむさくるしゅうございますけれども、せめてお礼だけでもということで。思い掛けないことで、取り散らした部屋ではございますが」
と申し上げる。誠にこんなところは、いつもとは違っているように思われる。
「お見舞い申そうと常に思い立ってはおりながら、全く御相談のかいもないお取扱いにはばかられまして。御病気のことは、重いとも承っておりませんでしたが、不安なことで」
などとおっしゃる。尼君が
「病気ならばいつものことでございましたが、もう臨終のようになってしまいまして。本当にかたじけなくもお立ち寄りくださいましたのに、自らお答えすることもできませんのです。御相談の件は、たまさかにもおぼし召しが変わらないようでございましたら、あの子がこんな無理な年齢を過ぎましてから必ず人数ひとかずにお入れください。はなはだ心細いままにあの子をしておきますのは、後生を願います道のほだしにも思われましょう」
などと伝言しておいでになる。
 あちらの部屋はすぐ近くなので、尼君の心細げなお声が絶え絶えに聞こえて、
「本当に面目ないことでございますね。せめてあの子が、お礼を申し上げられそうな年のほどでもありましたら」
とおっしゃるのを、物悲しくお聞きになって、
「どうして、浅い心ゆえに、このようなあらぬ思いをお見せしましょうか。いかなる契りでありましょう、初めて拝見した時からいとしくお思い申し上げておりますことも、怪しいまでに、この世だけのこととは思われないのです」
などとおっしゃって、
「かいない心地ばかりいたしますけれども、子供らしいあのお声を、一声でも何とか」
とおっしゃれば、
「さあ、よろずお悟りにならない御様子で寝入っておいでになりまして」
などと申し上げる折しも、あちらより来る音がして
「尼上、あの、お寺にいた源氏の君がおいでになっているようですが、どうしてお目に掛からないのです」
とおっしゃるのに、人々は、いたく気が引けて
「静かに」
と申し上げる。
「いいえ、源氏の君にお目に掛かったら、お心地の良くなかったのが慰んだと、そうおっしゃいましたので」
と、賢いことを申し上げたように思うておっしゃる。本当にかわいらしくお聞きになるけれども、人々は、聞き苦しくも思っているので、聞いていないようにして、まめやかなお見舞いの言葉を言い置いて帰っておしまいになる。「誠にたわいない御様子だな。そうはいっても、本当に必ずよく教えてあげよう」とお思いになる。