カテゴリー
源氏物語

△若菜上②


 お子としては皇太子を別にすると皇女が四人おいでになった。そのうちの一人の母で藤壺と申した方は先代の帝の皇女であり、源氏におなりになった人であった。上皇がまだ皇太子の時に御出仕になったのだから、高貴な身分に納まってもよさそうなものであるが、取り立てて言うほどの後ろ盾もおいでにならず、母親もどこの血筋ともない更衣であるから当てにはできず、御交際の折も心細そうで、かの皇太后が尚侍を出仕させて、類いのない人のようにお取り扱いになりなどした時分には圧倒されてしまい、朱雀帝も気の毒なものとおん胸の内を痛めてはいながら譲位しておしまいになったので、詮なく悔しくて、運命を恨むようにして亡くなっておしまいになったその人から生まれた三女をば皇女たちの中でも取り分けかわいらしい者として育てておいでになった。その頃はこの子の御年齢もまだ十三四であった。今は限りと自分が出家してしまい、山籠もりした後の浮世にとどまってこの子は誰の庇護を頼りになさろうというのだろうかとひたすらそのことを気に掛けて上皇は悲しんでいらっしゃる。西山のお寺を造り終わって転居する折の準備をしているのとは別にこの宮様のおん裳着も早く行ってしまおうとお思いになる。上皇がお心の内に特別に思っておいでになるおん宝物、道具類は言うまでもなくたわいないおもちゃのようなものまでいささか趣のあるものはそっくりこの方にお渡しになってそれ以下を別のお子たちへの遺産となさったのである。
カテゴリー
源氏物語

△若菜上①


 朱雀上皇はあの行幸の後の頃からずっと御病気に苦しんでいらっしゃる。以前から御病弱でいらっしゃる中にも今度は不安に思われて「長年、求道の願いが深うございますのに、母上のおいでになった頃は万事に遠慮を申しまして今まで決断が遅れておりましたが、やはりそちらへせき立てられると申しましょうか、俗世にも久しくはおられまいという気がするのです」などと仰せになってそれなりのお心構えをしておいでになる。
カテゴリー
源氏物語

梅枝

東宮の御元服、明石の姫君の裳着を如月に控える。
睦月下旬、源氏、たき物を合わせる。
 
如月十日、蛍兵部卿宮、六条院に参る。
 
朝顔の前斎院、たき物を源氏に送る。
お方々、たき物を合わせて源氏に奉る。蛍兵部卿宮、判じる。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
終夜、物の音を合わせて遊ぶ。
 
明石の姫君、裳着。
 
二十余日、東宮の元服。
 
明石の姫君の入内、四月に延引。
調度、草子等のこと。
蛍兵部卿宮、六条院に参る。
人々、手蹟について物語。
蛍兵部卿宮、嵯峨の帝の古万葉集、延喜の帝の古今集等を召し寄せる。
 
内大臣(かつての頭中将)雲居雁の姫君のことを思い煩う。
 源氏の太政大臣は、いぶかしくも落ち着かない様子をしているものだと若君のことでお思い悩みになって
「あの人のことを諦めてしまったのなら、右大臣や、中務の宮などが意中をほのめかしていらっしゃるようだから、どちらにでも思い定めなさい」
とおっしゃるけれど、物もおっしゃらず、かしこまった御様子で控えておいでになる。
「こういうことは、畏れ多い父君ちちぎみの教えにすら従うつもりにならなかった私など口を出すのもおかしいのだけれど、今思い合わせるとあの教えこそ永代えいたいの手本となるものでしたよ。あなたのように寂しそうにしていると、思うところでもあるのかと世人も推し量るものですが、宿世に引かれて、世の常の人に結局なびいたりしては、竜頭蛇尾で人目に悪いことですよ。望みを高く持っても、心のままにはならず、限りがあることですし、好き者めいた心を保っていてはなりません。私も子供の頃より宮中で育って『この身を思いどおりにできずなんと窮屈な。いささかでも罪があれば、軽々しいとのそしりを負うだろう』とはばかっていてすらなお、好き者のとがを負うて世の中からたしなめられました。位も低くこれということもない身の程だからと油断して、心のままの振る舞いなどをなさいますな。心がおのずからおごってきても落ち着かせる理由になる人がない時には、女のことで、優れた人が、昔も、みだりがわしいことになったためしがあるのです。不相応なことに心を寄せて、人の浮き名をも立て、自らも恨みを負うたことが、ついのほだしとなったのですね。思い違いをしていて連れ添うた人で、自分の心にかなわず、忍ぶことの難しい節があったとしても、なお思い返すよう自分の心を修練して、あるいは相手の親の心のために譲り、あるいは、親がいなくて困窮していたとしても、人柄の気遣わしい人ならばその小さな美点に寄せて連れ添いなさい。ついには自分のため、人のためになるはずのそうした心こそ深いものであるはずです」
などと、のどかでつれづれな折にはこうした心遣いをのみお教えになる。こうした御諫言についても、戯れにもほかの人の心を慕うのは哀れなことだと、人に言われるまでもなくそう思われる。
 女も、父の内大臣の常より殊に悲しんでいらっしゃる御様子に、恥ずかしくいとわしい我が身よと物思いに沈んでいらっしゃるけれど、表面は何事もないように鷹揚に外を眺めて過ごしておいでになる。文は、男君が思い余るような折々、心からいとしいというふうにお書きになる。
 
 たが誠をか
 
(今更ほかに誰の誠を頼めようか)
 
と思いながらも、慣れた人なら強いて男の心を疑うところだが、この人はいとしく御覧になる折が多い。
「中務の宮が、太政大臣の御内意を承って、そういうことでまとまったそうですよ」
とある人が申したので、内大臣は、打って変わって胸も塞がったのであろう、忍んで
「こんなことを聞いたのですが、あの人のお心も不人情なものですね。あの父上が、口を入れてもこちらが毅然としていたもので方針を変えられたのでしょう。ここでもし心弱くなびいたら人笑わせなことでしょうね」
などと、涙を浮かべておっしゃると、姫君は、本当に恥ずかしくて、何とはなしに涙がこぼれるので、間が悪くて後ろを向いておいでになるのが、可憐なことこの上ない。「どうしようか。それでも、進んで意向を探ってみようか」などと内大臣が思い乱れつつお立ちになった余韻もそのままに、姫君は端近く物を思うておいでになる。「不思議なことに、心より先に涙の方が表れ出てしまったことだ。お父様にはどう思われたことだろう」などと様々に思うて坐っておいでになると文があり、さすがに御覧になるのである。細やかに
 
 つれなさは憂き世の常になりゆくを
 ・・忘れぬ人や人に異なる
 
(つれなさが二人の仲の常になってもあなたを忘れぬ私という人は世の人とは異なるのでしょうか)
 
とある。あのことについては僅かばかりもほのめかさないつれなさよとお思い続けになるにもつらいけれど
 
 限りとて忘れ難きを忘るるも
 ・・こや世になびく心なるらむ
 
(これを限りと、忘れ難いはずの私のことを忘れてしまうのも、これもまた、時の勢いになびく心なのでしょう)
 
とあるのを、不思議なことだと、放ってもおかれず、疑いながら見ておいでになる。(梅枝終)
カテゴリー
源氏物語

少女(三)

五節の舞のこと。
葵上の息子の君、直衣を許されて参内。
源氏、文を筑紫の五節に遣わす。
 そのまま五節の舞姫を皆めて宮仕えをさせようという御内意も主上にはあったのだけれどこの度は退出させて、近江守良清の娘は唐崎の、摂津守惟光のは難波のはらえをするというので、競うように退出してしまう。按察使大納言は、娘を格別な扱いで参上させるつもりでいる由を奏する。左衛門督は、不相応な人を奉ってとがめがあったのだけれど、主上はその人もおとどめになる。摂津守は、典侍ないしのすけの空いているところに私の娘をと申したので、そうなるように努めてやろうかと源氏の大臣も思っておいでになるのを、若君はお聞きになって、いたく口惜しく思う。
「もし年の程、位などがこう半人前でなかったらこの私がその娘を請うてみただろうに。思う心があるとさえ知られずにしまいそうなことだ」
と、取り分けてのことではないけれども、例の人のことに加えて涙ぐまれる折々もある。わらわ殿上をしていて、以前から常に自分のところへも参って奉仕しているこの娘の弟と、若君はいつもより親しくお語らいになって、五節はいつ内裏へ参るのかと問われる。今年中と聞いておりますがと弟は申し上げる。
「本当に麗しい人だったので、端たないまでに恋しいのです。そのお顔もお前は常に見ているのだろうと羨ましいけれど、また私に見せてくれないか」
とおっしゃれば、
「どうしてそんなことがございましょう。思いどおりに見ることなどとてもできません。はらからでも男だからと近くにも寄せてくれないのですから、まして公達の御覧に入れることなどどうしてございましょう」
と申し上げる。それならせめて文だけでもとおっしゃってよこした。先々もこんなことはしてはいけないと言われてきたのにと苦しがるけれど、強いて持たせるのでふびんになって持ってゆく。姉は年の割に気が利いていたのであろう、面白くそれを見た。その文というのは緑の薄様に好ましく重なった色の上にまだいとけない筆致ではあったが生い先も見えるように非常に面白く、
 
 日影にもしるかりけめや
 ・・乙女子が天の羽袖はそでに掛けし心は
 
(日陰のかずらではありませんが日の影にも明らかだったでしょうか。舞姫の天の羽衣のその袖を私が思っていたことは)
 
 姉弟二人してこれを見ている内に、父上がつと寄ってきた。恐ろしくてあきれてしまって、隠すこともできぬ。何の文だと言って取り上げると、娘は面を赤らめている。さては善からぬことをしたなと弟をなじると、逃げていくので、呼び寄せて誰からのだと問えば、大臣のところの六位の君がしかじかおっしゃって持たせられましたと言うので、怒りの名残もなくにっこりと笑って
「いかにも愛すべき、あの君の風流心よ。お前たちは、同じような年だけれど、ふがいなくたわいない者と見えるな」
などと褒めて母君にも見せる。
「もし少しでもこの子を人数ひとかずに思ってくださりそうなら、宮仕えをさせるよりは公達に奉ってしまおうかしら。大臣の御性格から見ると、その息子も見初めておしまいになった人のことはお心にお忘れにならぬことであろうと、本当に頼もしいのだがね。明石の入道のためしもあるけれど私もあれになろうかしら」
などと言うけれども、皆は宮仕えの準備を始めてしまっている。
花散里、若君の後見となる。
 
正月、源氏、白馬あおうまの節会を見る。
 
如月、朱雀院への行幸。
御前で学生がくしょうの試み。
帰るさに主上、源氏、弘徽殿の大后に対面。
 
若君、進士しんじに補せられる。
秋、除目で侍従に任ぜられる。
 
六条院、造作。
 
春、式部卿の宮、五十賀。
 
葉月、六条院を造り終わってお方々、転居。
 
長月、秋好中宮、紅葉を紫上に奉る。
土佐派『源氏物語画帖』 メトロポリタン美術館コレクションより
神無月、明石君、六条院に渡る。(少女終)
カテゴリー
源氏物語

少女(二)

葵上の息子の若君、あざなを付けられる。
入学。
寮試。
 
前斎宮の女御、立后。
 
源氏、太政大臣に任ぜられる。
 
葵上の息子の若君、内大臣(かつての頭中将)の娘の姫君とひいな遊び。 
内大臣、姫君のことで大宮を恨む。
石山師香『源氏物語八景絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
 大宮が文で
 
内大臣のことを恨んでいらっしゃるかもしれませんね。あなたはそれでも、私の志のほどは御存じでしょう。こちらへいらしてお顔を見せていってくださいませ。
 
と連絡なさるので、あの雲居の雁の姫君は本当にかわいらしく引き繕っておいでになった。十四でいらしたのである。幼くお見えになるけれど、その至って子供らしいのが、しとやかで愛らしい様でもおありになる。
「傍らから離すことなく、明け暮れの遊び相手と思ってまいりましたのに、本当に寂しくなります。年のほども残り少のうて、あなたの御境遇も最後までは見られまいと寿命のことならそう思うてまいりましたが、今更に私を見捨ててどちらへお移りになるのであろうと思えば、本当に悲しゅうございます」
と言ってお泣きになる。姫君は、それを恥ずかしくお思いになるので、顔ももたげずにただお泣きになるばかりである。男君の乳母めのと、宰相の君が出てきて
「あなた様のことは我が君と同じように頼んでまいりましたのに、こうして口惜しくもお移りになるということで。殿は、ほかの人へという気におなりになりますとも、それになびいてはなりませんよ」
などとささやき申し上げれば、いよいよ恥ずかしくお思いになって、物もおっしゃらない。大宮は
「何とまあ、煩わしいことを申し上げるものではありません。人の宿世はそれぞれで、本当に定め難いのです」
とおっしゃる。
「いえもう、我が君を半人前と侮っておいでになるようですから。誠によもや我が君に、人に劣るところなどおありになるでしょうか。誰にでも聞き合わせてみなさい」
と、少しいら立ったままで言う。若君は、物の後ろに這入って坐ってこれを見ておいでになると、人にとがめられることも、もっとましな時ならば苦しがりもするが、今は本当に心細くてしきりに涙を押し拭っておいでになるその有り様を、乳母は、本当に心苦しいものと見て、とかく諮り申し上げるままに、大宮は夕まぐれの人の紛れに二人を対面させた。互いに恥ずかしく、胸も潰れて、物も言わず泣いておいでになる。
「大臣のお心も本当につらいことですし、とにかく考えるのをやめてしまおうと思うのですけれど、恋しさに耐え切れそうもありません。どうして、少し機会がありそうだった頃に、あなたをよそに隔てていたのだろう」
とおっしゃる様も本当に若々しく切ないので、
「私も、あなたと同じでしょう」
と姫君はおっしゃる。
「きっと恋しいと思ってくださいますか」
とおっしゃると、少しうなずかれる様も幼げである。