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源氏物語

若紫(二)

僧都、源氏を訪れ、姉の尼君にそれを告げる。坊に源氏を請じ、尼と姫君(紫上)の様を語る。
 
源氏、尼君に対面するついでに姫君を乞う。
 
明くる日、僧都が源氏のもとに参り、北山のひじりは加持をする。
 
源氏、尼君のもとに消息を遣わす。
 
頭中将、左中弁以下、迎えに参る。
 
僧都が琴を持参し、源氏が弾ずる。
伝海北友雪『源氏物語絵巻』 メトロポリタン美術館コレクションより
源氏、帰京して葵上のもとに向かう。又の日、文を北山の尼君のもとに遣わす。二三日の後、また惟光を北山に遣わし、少納言の乳母を訪ねさせる。一方で、王命婦を頼んで藤壺と通じようとする。
 藤壺の宮は、御病気をなさることがあって退出しておいでになる。心もとなさに主上が嘆いておいでになる御様子を、本当に哀れには拝見しながら、この折にせめて、と子の源氏はひどく心も落ち着かず、どなたのところへもお越しにならずに、内裏にあっても私宅にあっても、昼は物を思い続け、暮れれば王命婦を責めてお過ごしになる。どう謀ったか、無理無理お目に掛かっているその間さえ、現実とは思われず悩ましいのである。
 宮も、思いの外であったあの時のことをお思い出しになってすら明け暮れの物思いなので、せめて、きっとあれだけで終わりにしようと、深く思っておいでになったのに、本当に悲しく、つらそうな御様子ではあったけれど、慕わしく、愛らしく、さりとて、打ち解けず、たしなみの深くておいでになるところなどが、なおも人には似ておらぬのを「なぜ、凡なところすら交じっておいでにならぬのであろう」と、むごくさえ思われたのである。
 何を言い尽すことがおありになろう、かの暗部くらぶの山に宿りを取りたいほどであったけれど、あいにくの短夜で、思いの外にかえって物足らなくなる。
 
  見ても またまれなる夢の内に
   やがて紛るる我が身ともがな
 
(見てもまたかなう時はまれな、あなたという夢の内に、そのまま混ざり合う、そんな我が身であってほしい)
 
とむせび泣いておいでになる様もさすがに悲しいので、
 
  世語りに人や伝へむ
   類ひなく憂き身を 覚めぬ夢になしても
 
(それでも世間には伝わるでしょう。類いなくつらいこの身を、夢となして目覚めなかったとしても)
 
思い乱れておいでになるのもそのはずで、源氏は面目なく思う。直衣のうしなどは、王命婦の君がかき集め、持ってくる。二条の御殿にいらして源氏は泣き寝入りに暮らしておいでになる。文なども、いつものように、中身を御覧にならない由ばかりなので、常のことながらも、むごいこと、と茫然自失して、内裏へも参上せずに二、三日籠もっておいでになったので、またどうしたことであろうと主上がお心を動かしておいでになるらしいのも、恐ろしくのみ思われる。宮も、本当になお情けない私であったと悲しまれるのに御気分の悪さまでも増さって、早く参上すべしという使いが度重なるけれども、思い立つことすらおありにならない。誠にお心地がいつものようでもないのは、どうしたことであろうと、人知れずお考えになるところもあったので情けなく、どうなろうかとばかり思い乱れておいでになる。暑い折はますます、起き上がることもおありにならない。三箇月になる折には、それと明らかに知れて人々が見とがめ奉るので、思いの外の宿世のことが情けなくなる。人には、思いも寄らないことなので、この月まで奏されなかったのかと驚かれる。ただ御自身のお心一つには、明らかに理解することもおありになった。湯あみなどにも、親しく奉仕して、何事の気色をも明らかに見知り奉っている、宮にとっては乳母の子である弁や、王命婦などは、怪しいとは思うけれど、互いに相談できるはずのことでもないので、命婦はただ、宮がなお宿世を逃れ難かったことに驚いている。主上には、物の怪に紛れてとみにはその気配もなかったように奏したということである。見る人も、そうとばかり思っていた。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
 主上には宮のことがますますいとしくこの上なく思われて、使いなどが絶え間なくあるのも宮には空恐ろしく、物をお思いになることは絶え間がない。源氏の中将も、途方もない異様な夢を御覧になって、夢判断をする者を召して問わせれば、考えも及ばず思いも掛けぬ筋のことを判じた。
「ただし、その中に食い違いがございまして、お慎みにならねばならぬことが出てまいります」
と言うので、煩わしく思われて
「私の夢ではなくて人のことを語っているのだ。この夢の有り様は、かなうまではまた人に告げるなよ」
とおっしゃって、心の内には、どういうことだろうかとお思い続けになるけれども、かの女宮のお体のことをお聞きになって、あるいはそうなる訳もあろうかとお思い付きになったので、宮にはいよいよははなはだしく言葉をお尽くしになるけれども、王命婦にとっても、考えるにも至って恐ろしく、煩わしさが増さって、更に謀るべき手立てもなくなる。仮初めの一行の返書がたまさかにあったのも、絶え果ててしまった。
 文月になって宮が参上した。久々のことで感慨も深く、主上の思いのほどはいよいよこの上ない。少しお腹がふくよかにおなりになって、苦しそうに面痩せておいでになるのが、やはり誠に、似る者もないほど美しい。主上は以前のように明け暮れ藤壺にばかりおいでになって、遊びも次第に面白くなってくる頃なので、源氏の君を、いとまもないほどに召してそばにいさせては、琴、笛などを様々に奏でさせる。包み隠しておいでにはなるけれども、源氏の忍び難い胸の内が漏れ出る折々は、宮も、呵責かしゃくとばかりも言えないことを多くお思い続けになった。
 かの山寺の尼君は、小康を得て寺を出られた。京でのお住まいを尋ねて時々源氏は消息などなさる。似通った返事ばかりなのもそのはずで、そうする内にも数箇月が、在りしに勝る物思いのほか何事もないままに過ぎてゆく。秋の末、源氏は本当に心細くて嘆いておいでになった。月の面白い夜、お忍びになるところへとようようお思い立ちになったけれども、時雨が降り注いでくるらしい。そのお方のおいでになるのは六条京極の辺りで、内裏からなので、少し道のりも遠い心地がしている間に、木立もいたく古くなっており、木暗く見える荒れた家があった。いつものように、お供をしてそばを離れない惟光が、
「これは亡くなった按察使あぜちの大納言の家でございまして、何かの便りに見舞いましたところ『あの尼上は、いたく弱っておしまいになって、何も考えられませんので』と、そう申しておりました」
と申し上げれば、
「はかないことだ。私も見舞わねばならなかったのに、なぜそうとも言わなかったのだ。這入はいって消息しなさい」
とおっしゃるので、人を入れて案内させる。わざわざこのためにお立ち寄りになったことにして言わせたところ、家の者が這入っていって
「ここへお見舞いにおいでです」
と言うので驚いて、
「本当に気が引けること。ここ数日で本当に心弱くなってしまって、御対面などもおできにならないでしょうに」
と言うけれども、帰し奉るのは恐れ多いということで、南のひさしを繕うてそこに源氏を入れ奉る。
「本当にむさくるしゅうございますけれども、せめてお礼だけでもということで。思い掛けないことで、取り散らした部屋ではございますが」
と申し上げる。誠にこんなところは、いつもとは違っているように思われる。
「お見舞い申そうと常に思い立ってはおりながら、全く御相談のかいもないお取扱いにはばかられまして。御病気のことは、重いとも承っておりませんでしたが、不安なことで」
などとおっしゃる。尼君が
「病気ならばいつものことでございましたが、もう臨終のようになってしまいまして。本当にかたじけなくもお立ち寄りくださいましたのに、自らお答えすることもできませんのです。御相談の件は、たまさかにもおぼし召しが変わらないようでございましたら、あの子がこんな無理な年齢を過ぎましてから必ず人数ひとかずにお入れください。はなはだ心細いままにあの子をしておきますのは、後生を願います道のほだしにも思われましょう」
などと伝言しておいでになる。
 あちらの部屋はすぐ近くなので、尼君の心細げなお声が絶え絶えに聞こえて、
「本当に面目ないことでございますね。せめてあの子が、お礼を申し上げられそうな年のほどでもありましたら」
とおっしゃるのを、物悲しくお聞きになって、
「どうして、浅い心ゆえに、このようなあらぬ思いをお見せしましょうか。いかなる契りでありましょう、初めて拝見した時からいとしくお思い申し上げておりますことも、怪しいまでに、この世だけのこととは思われないのです」
などとおっしゃって、
「かいない心地ばかりいたしますけれども、子供らしいあのお声を、一声でも何とか」
とおっしゃれば、
「さあ、よろずお悟りにならない御様子で寝入っておいでになりまして」
などと申し上げる折しも、あちらより来る音がして
「尼上、あの、お寺にいた源氏の君がおいでになっているようですが、どうしてお目に掛からないのです」
とおっしゃるのに、人々は、いたく気が引けて
「静かに」
と申し上げる。
「いいえ、源氏の君にお目に掛かったら、お心地の良くなかったのが慰んだと、そうおっしゃいましたので」
と、賢いことを申し上げたように思うておっしゃる。本当にかわいらしくお聞きになるけれども、人々は、聞き苦しくも思っているので、聞いていないようにして、まめやかなお見舞いの言葉を言い置いて帰っておしまいになる。「誠にたわいない御様子だな。そうはいっても、本当に必ずよく教えてあげよう」とお思いになる。
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作成者: com

内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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