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源氏物語

明石(二)

弥生十三日、明石入道、出船の支度をして源氏を迎える。
 
源氏、舟に乗って明石の浦に渡る。
文を書いて京の使いを帰らせる。
 
明石入道、源氏のところに参って昔の物語を申す。
 
卯月、衣替えの装束のこと。
 久しく手をお触れにならないきんを源氏が袋よりお取り出しになってつかの間かき鳴らしておいでになる御様子を、拝見する人も、穏やかでなく悲しく思い合っている。広陵散という曲を、さえ渡るように残るところなく弾いておいでになると、かの、丘辺の家でも、松の声、波の音に響き合うままに、心掛けのある若人は、身に染みるように思っているらしい。何と聞き分けられそうもない、かなたこなたの年寄りどもも、出てきて不覚にも浜風に風邪を引いている。入道も、こらえられず、供養法を怠って急いで参った。
「改めて、背いてしまったこの世のこともまた思い出してしまいそうです。後の世にはと願っておりますかのところの様子も想像されますような、この夜の様子ですね」
と泣く泣くめで申し上げる。源氏自身のお心にも、折々のお遊びのこと、その人の琴、かの人の笛、あるいは、声の出し方に、時々につけて世の中にめでられていた境遇、帝を始めとして大切にあがめ奉られておいでになったこと、恋人や我が身の様子についても思い出されて、夢のような心地がなさるままにかき鳴らしておいでになる声も、物寂しく聞こえる。老人は、涙をとどめることもできず丘辺に琵琶と箏を取りにやり、入道だったのが琵琶法師となって、本当に面白く珍しい曲を一つ二つ弾いている。箏を源氏に差し上げたところ少しお弾きになったが、様々に素晴らしく思われるばかりであった。本当はさほどでもない楽器の音すら良い折には勝って聞こえるものだけれども、はるばると滞るところのない海のほとりなのでかえって、春の花、秋の紅葉の盛りよりは、ただ何となく茂っている陰が風流であるところへ、どこかの門をたたくように水鶏くいなが鳴いているのも、
 
  たが門鎖して
 
(誰から締め出されているのだろうか)
 
と物悲しく思われた。本当に二つとないを出す箏を今度は入道が至ってゆかしく弾き鳴らしているのにもお心が留まって
「これは、女が、ゆかしい様子でしどけなく弾いているのが面白いのですよ」
と一般におっしゃったのに入道は、見当違いの笑いを含んで
「あなたが演奏なさるよりもゆかしい様子をした女が、どこにございましょうか。なにがしは、延喜の帝のお手より伝えて弾くこと四代となっておりますのに、こうつたない身で、この世のことは捨てて忘れておりますけれども、どうしても気が塞ぐ折々はかき鳴らしておりましたのを不思議なことに、まねる者がここにはございまして、自然にかの帝のお手に似通っておるのですが、そう思いますのも山伏のひが耳に松風を聞き続けたせいでございましょうか。とはいえ何とかしてその人の手も、忍んで聞いていただきたいものですよ」
と申し上げるままに、わなないて涙を落としそうである。源氏の君は、
「この辺りでは琴も琴とはお聞きになりそうにないのですね。残念ですよ」と言って前にあった箏を遠ざけられて「不思議なことに、昔より箏は女が弾き方を習得するものだったのですよ。嵯峨の御伝授で女五の宮がその時分の上手でいらしたのにそのお血筋で、取り立てて伝えている人もおりません。およそ、ただ今、世の中で評判を取っている人々でも、上辺をなでて思いを晴らしているばかりなのに、こんなところでこう包み隠して弾いておいでになるとは、本当に興のあることですね。どうしたら聞けましょうか」
とおっしゃる。
「お聞きになるには、何のはばかりがございましょうか。お前に召してもようございます。あきんどの家の中にすら、琵琶を聞かせて褒めたたえられ、故事になったような人もございますが、その琵琶というのも、誠の音を見事に弾きこなす人は、いにしえにもめったにおりませんでしたのに、先ほどの者の、おさおさ滞ることのないゆかしい手などは筋が格別でございます。これもどうやって習い覚えたものでしょう。その音が荒い波の声に交じるのは、悲しくも思われながら、かき集めた嘆かわしさの紛れる折々もございます」
などと好事家らしく言っているので、面白いとお思いになって例の箏をまた、琵琶と取り替えて賜った。本当に優れた弾きぶりである。今の世には聞こえぬ筋を弾きつけて、手遣いはいたく唐風に見え、押し手の音は、深く澄んでいる。ここは伊勢の海ではないけれども
 
  清きなぎさに貝や拾はむ
 
(清いなぎさに貝を拾おうか)
 
などと声の良い人に歌わせて、源氏御自身も、時々拍子をとって声をお添えになるのを、入道が箏を弾きさしてはめで申し上げる。
 お菓子などを、珍しい様子に御用意させ、しきりに酒を人々に強いたりして、おのずから現実を忘れもしそうな夜の様子である。いたく更けてゆくままに浜風が涼しくなって月も、入り方になるままにはなはだ澄み、一同が静かになった折に入道は物語を、残りなく申し上げて、この浦に住み始めた折の決心、後の世のためにお勤めをしている様子を、ぼつぼつ申し上げて、この娘の境遇を、問わず語りに申し上げる。面白いとばかりは言えず、物悲しくお聞きになる節もある。
「本当に申しにくいことですけれども、あなた様が、こう思い掛けない地方に一時いっときでも移っておいでになったのは、あるいは、年来この老い法師が祈り申しておりますのを、神仏がお哀れみになって、しばしのほど、あなたのお心を悩まし奉っているのではないかと思っておるのでございます。その故は、住吉の神を頼み奉り始めて今年で十八年になりました。我が娘にはいとけのうございました時より心積もりがございまして、年ごとの春秋ごとに必ずそのお社に参ることがあるのでございます。昼、夜の六時の勤めにも、後世ごせはちすの上という自らの願いはそれはそれとしてこの娘を貴人のところへという本意をかなえたまえとただ念じておるのです。前世の契りがつたないからこそ、こんな取るに足らない山がつとなったのでしょうが、これでも親は、大臣の位を保っておりました。自らこうして田舎の民となっておるのです。次々とそんなふうに劣ってまいるばかりならばどんな身になってゆくのであろうと、悲しく思っておりますけれども、この娘には、生まれた時より、頼むところがございましてね。いかにして都の貴い人に奉ろうと思う心の深うございますによって、身分につけてあまたの人のそねみを負い、自身のためにも、嫌な目を見る折々も多くございましたけれど、更に苦しみとは思わず、『命の限りはきっと、この小さな衣によっても庇護しましょう。このまま先立ってしまいましたら、波の中に交じってでも死んでおしまいなさい』と命じておるのでございます」
などと、総てそのまま告げるべくもないけれどこんなことを泣く泣く申し上げた。源氏の君も、様々に物を思い続けられる折から、涙ぐみつつ聞こし召す。
「非道にも罪人にされて、思い掛けない地方に頼りない生活を送っているのも、何の罪業だかはっきりしないと思っておりましたが、こよいの物語に聞き合わせれば、『これは誠に、浅くない前世の契りではないか』と感慨も深うございます。なぜ、こうも定かに悟っておいでになったことを今まで告げてくださらなかったのでしょう。都を離れた時より、この世の無常であることがつらくなり、お勤めよりほかのことはなくて月日を経ておりますので、すっかり気落ちしてしまいました。このような人がおいでになるとほのかには聞いておりながら、『私のような落魄した者は、忌むべき者と見捨てられていよう』と塞ぎ込んでおりましたのに。それでは、手引きをおできになるということですね。心細い独り寝の慰めにも」
などとおっしゃるのを、入道はこの上なくうれしく思っている。
「 独り寝は 君も知りぬや
   つれづれと思ひ明かし明石寂しさを
 
(独り寝と言えば、あなたも御存じですね。明石の浦でひたすら物を思い続けて夜を明かすことのうら寂しさを)
 
まして私は年月としつき物を思い続けて気も塞いでおりますことを推し量ってくださいませ」
と申し上げる様子は、わなないてはいるけれどもさすがに趣がなくはない。
国立国会図書館デジタルアーカイブより
「されど、この浦に慣れておいでになる人は」
と言って
 
  旅衣 悲しさに明かし兼ね
   草の枕は夢も結ばず
 
(私は旅衣での旅寝ですから、この浦のうら悲しさに夜を明かし兼ね、夢を結ぶこともありません)
 
とくつろいでおっしゃるお姿は至って、愛嬌があって言いようもない感じなのである。入道は数知れぬ言葉を言い尽くしていたのだけれども書けばうるさかろう。わざとひが事のように書いたのでますます、その心ばえもあほらしく意地っ張りに表されてしまったようだ。
 思っていることがかつかつかなった心地がして、入道が爽やかな思いでいたところ、又の日の昼頃、丘辺に源氏が文を遣わした。娘が立派な様子であるらしいのにも『かえってこんな片田舎に、思いの外のことも隠れているらしいから』と心遣いをなさって、高麗の胡桃色の紙に、見事に繕って
 
 をちこちも知らぬ雲居に眺めわび
  かすめし 宿のこずゑをぞとふ
(ここもかしこも知らぬ遠い空で思い煩いながら、お父上にほのめかされた、お宅のこずえを訪れるのです)
 思ふには
(思うことに、忍ぶことが負けてしまったのです)
 
とばかりあったとかいうことだ。
 入道も、そちらの家に行って人知れずお待ち申し上げようとしていたのがそのとおりになったので文の使いを、本当に目をそばめたくなるほどに酔わせる。返書には、非常に時間が掛かっている。内に這入って促すけれども娘は、更に言うことを聞かず、その文の立派な様子に、筆を構える手つきも恥ずかしそうだ。相手の御身分、自分の身の程は考えるにも懸け隔たっており、心地が良くないと言って物に寄って伏してしまう。それ以上は言い兼ねて、入道がこう書いたのである。
 
本当に恐れ多いお言葉で、田舎びておりますあの子のたもとには包むに余ってしまうのでしょうか。更に目に這入りもしません恐れ多さでございます。しかし、
 眺むらむ同じ雲居を眺むるは
  思ひも 同じ思ひなるらむ
(あなたが眺めているのと同じ空を娘も眺めておりますのは、その思いも、あなたと同じ思いなのでしょう)
と私は見ておるのです。本当に好き者ですね。
 
と申し上げた。
 陸奥紙でいたく老人臭いけれども、書き様は由ありげに見える。誠に好事家だなと、思いの外のことに御覧になる。
 入道が纏頭てんとうとして使いに与えた裳などは並々のものではなかった。又の日源氏は、代筆だなんて経験がございませんよと言っ
 
 いぶせくも心に物を悩むかな
  やよやいかにと問ふ人もなみ
(気が塞ぐばかりにも物を思い煩っておりますよ。やあ、どうだいと問うてくれる人もおりませんので)
 言ひ難み
(恋しいとも、まだ見ぬ恋人には言い難いですね)
 
とこの度は、いたくしなやかな薄様に本当に愛らしくお書きになってある。これを若い人がめでなかったら本当にあまり陰気であろう、美しいとは見るのだけれど、似つかわしくもない身の程がはなはだかいもないのでかえって、自分のことなどを世にあるものと知ってお尋ねになったにつけても涙ぐまれていつものように更に答える気配もなかったのに、強いて言われて、大いに香を染ませてある紫の紙に墨つきは濃く薄く紛らわして
 
  思ふらむ心の程ややよいかに
   まだ見ぬ人の聞きか悩まむ
 
(あなたが思っているという心は、さあ、どれほどでしょう。まだ私を見てもいない人が私のことを聞いて悩むものでしょうか)
 
筆致などは、貴人にもいたくは劣るまい。京のことが思い出されて面白く御覧になるけれども、しきりに文を遣わすのも人目がはばかられるので二三日隔てては、つれづれな夕暮れ、あるいは、物悲しいあけぼのなど、同じように見て機微を解していそうな折を推し量って、それに紛らして書き交わされたところ、その返事は源氏に似合わしくもあり、その慎重な自負心も見ずには終わるまいとお思いになることではあるけれども、良清が、この人を我が物のように言っていた様子につけても、それを思いの外に、年来心を寄せていたであろうにその目の前で思いを阻むのも、哀れなように思い巡らされて、相手が進んでこちらへ参ればそういうことだからと紛らしてしまおうとお思いになるけども、女はやはり、かえってやんごとない身分の人よりもいたく自負があって源氏のことを憎らしくお取り扱い申し上げたので、意地の張り合いで時が過ぎたのである。
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内容
・日本の(主に平安)古典の現代語訳

対象読者
・古文の授業で習った作品の全体像を知りたい中高生
・日本の古典にもう一度触れてみたくなった大人

翻訳の方針
・主語をなるべく補う。呼称もなるべく統一。
・一つの動詞に尊敬語と謙譲語が両方つく場合、尊敬語のみを訳出。
 (例)「見たてまつりたまふ」→「御覧になる(×拝見なさる)」
・今でも使われている単語は無理に言い換えない。
・説明的な文章を排し、簡潔に。

※これらは受験古文の方針とは異なるかもしれませんが、現代語としての完成度を優先しました。

作品
・完了 :更級日記(令和二年四月~七月)
・進行中:源氏物語(抄)(令和二年七月~)
・今後手がけたい:とはずがたり、紫式部日記、枕草子、蜻蛉日記、和泉式部日記、夜の寝覚め、堤中納言物語、伊勢物語、竹取物語、大鏡、増鏡、土佐日記

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